第18話 嘘か真か
実家を出た帰りの車中、私は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
息子は最後までグズる事なくスヤスヤ寝ていた。
夫は息子を撫でながら
「お母さん守るつもりで思いっきり泣いてくれても良かったのになぁ」
と笑った。
夫に申し訳ない思いで押し黙っていた私は、夫のこの言葉に癒された。
帰宅してからは心配していた姑に、一通り事の成り行きを話した。何の解決にもならなかった事を受けて、ショックを受けたようだった。
翌日、不安を抱えながら会社へ向かった夫であったが、幸い何事もなく仕事を終えることができた。
夫が帰宅し、子供も寝静まり久しぶりに静かな夜を過ごしていた。勿論、何も解決はしていないが、各々の不安は心に留めながらでも、私達には家族の安らぎが必要だった。
何もないまま数日が過ぎたが、やはりこのまま終わりではなかった。
ある夜、私の携帯が鳴り響いた。
夫と顔を見合わせた。
「...実家」
私は出ようか出るまいか迷った。
電話に出なければ、
『旦那に電話に出るなって言われたのか!』
と、また面倒なことになる。私は意を決して電話に出た。
「お母さんが倒れてしまった!」
電話の向こうで父親が叫んだ。
私は行くべきか迷った。
本来なら一目散に駆けつける案件だろう。が、"緊急だ" と言えば何時でも駆けつける、と相手に学習させてしまうのではないかと思い躊躇した。
もう、こういうことを思うこと自体、私の中で親に対する愛情は消えているのだ。
迷っている私に、夫は行ってくるよう促した。
そこで、あの夜の繰り返しになってしまうことを避けるため、夫と一緒ではなく、私一人で向かうことにした。
着いたところでどんなことになるのか考えると不安だった。
もし、夫の元へ返してもらえなかったらどうしよう...
こういうときほど、あっという間に到着してしまう。
私は実家の玄関の前で深呼吸してからドアを開けた。
弟が私の到着を察し、叫んでいるのが聞こえる。
「大丈夫だからな!今お姉ちゃん来たから!」
弟の声と共に聞こえるのは呻き声?それとも泣き声?
私は警戒しながら声のする居間の方へ向かった。
戸が開け放されたままの居間。入り口で立ち止まると、始めに目に写ったのは弟の後ろ姿。そして、その周りをウロウロと動き回る父親の姿だった。
そぉっと近づき覗いてみると、異様な母親の姿にゾッとした。
弟に寄り添われ横たわっている母親は、両手の拳を胸の上で震わせている。いや、全身がブルブル震えてる。
殆どが白髪になった髪はボサボサで、
顔は涙でぐちゃぐちゃで、
目は開けているが、焦点が合っていないようで、
口は開いたままガクガク震えている。
「娘...苦しめてるの....お母さん..だって言われた....死ぬ....し..ぬぅ...う...うぅ...」
母親が泣きながらうわ言のように繰り返し言っている。
普通ならすぐさま寄り添い手を握り、優しい言葉でも掛けるのが家族であり娘だろう。
そう、今の弟の姿がきっと正解だ。
たが私は、母親の姿と母親の口から出す言葉に嫌悪感を覚えた。
すると、母親が「死ぬ」と言いながら何やら両手をバタつかせた。そして何故かそこにあるフォークを掴み取り自分の首元へ突き刺そうとする動作をした。
「止めろっ!」
弟は咄嗟に振り払ってフォークを弾き飛ばした。
私は凄く冷静だった。
(そんなフォークじゃ死ねないだろう)
飛ばされ絨毯の上へ落ちたケーキ用の小さなフォークを見て思った。
「う...う...」
"これ程までに自分は心を病んで苦しんでいる"
私は、そういう皆の心配を引き付けるための母親の必死のアピールにしか見えなかった。
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