危険信号

佐藤柊

第1話 母と姑の確執

平成11年1月


何でこうなるのよ...!


重い空気が辺りを包み、私の鼓動が早くなる。

いつも母親が来る時は

「何事もありませんように」

と祈ってきた。

しかし、この日は駄目だった。

二人の顔を交互に見ながら、母親を憎らしく思った。


 私の母親と義母は仲が悪い。


 私の母親は専業主婦だ。

夫を立て、家庭を守り、子供を育て、家事を何でもこなしてこそ"女"である、という古い考えの持ち主だ。

また、昔からのしきたりや儀礼的なものにこだわり、和装好きで自分の容姿に自信を持っておりプライドが高い。


 一方、義母はというとバツイチで化粧品販売の卸売り、セールスレディの元締めという仕事をしている。

新しいもの好きなうえに見た目が派手で家事が得意ではない。

義母の実家は地主の金持ちだが、それでも自分の一人の力で家を持ち、子供二人を養ってきた。


 正に対照的である。


その二人が今、しかめっ面で互いにそっぽを向いている。


 この日は私の嫁ぎ先に実家の母親が年始の挨拶に来たのだった。

母親が来る前から張り詰める嫌な緊張感と、気になる義母の機嫌。

それを知ってか知らずか、母親の家の中をぐるっと見渡し一つ一つチェックするような視線。

毎回、母親が来るとなると気が重くなる。


 鉄骨二階建。広い庭には芝生に池や植木。敷地内に義母の仕事の店舗件事務所が建っている。

この全てを義母は自分一人で守ってきた。

外は青空も見える良い天気。

日本庭園風の庭もよく映える。


「明けましておめでとうございます」


 お互い当たり障りのない会話をしていたはずだった。

しかし母親は午前10時に現れ、1時間、2時間が経過しても腰を上げる素振りもない。義母は上寿司の出前を手配し、もてなし続けた。

話題も底を尽きかけた頃、ふとした事から義母と私の二人の会話が生まれた。

途端に母親は不機嫌な顔つきになった。

すると、突然母親は得意気に

「私は毎年自分で梅干しを漬けるんですよ」

と言い出した。

(あ、家事の苦手な義母にわざとこんな話題を振ってきたな...)

母親は"わざわざ来ている客である自分"を何時でも会話の中心にしてもらえないのが面白くないのだ。

義母が話を合わせようと、梅干の作り方の自分の知りうる情報を何とか言葉にすると

「...違いますよ」

フッと、見下したように笑いながら母親が答えた。


義母からカチンという音が聞こえた。

 

それでも母親は重ねて言った。

「この座布団、ここで使うのもったいないわ」

今まで座っていた自分の尻の下にある座布団を見ながら言い出した。

「えっ?あ、お母さんがお出でになるからと思って用意して...」

そう言いながら義母が同意を求めるように私に目線を送ると、

「これは、私が、私の娘にお客様が来たときのためにと思って持たせた物なのに」


明らかに義母の顔色が変わった。


その言葉の裏にある

「娘の嫁入り道具を姑が我が物顔で使ってる!」

という真意が手に取るようにわかったのだ。


怒りと屈辱で義母は顔を背け口をつぐんだ。

母親もまた、苦々しい顔で私に視線を送る。

私の心臓の音がうるさくなる。

その場の空気が冷たく重くのしかかり、テーブルの上の3つのお茶を一気に冷ます。

私は背中にじんわり汗を感じた。


嫌だ!お母さん早く帰って!


そんな言葉も口から出せないまま、重々しい時間がゆっくりと過ぎるのを耐えるしかなかった。













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