第35話 不可思議なヴァールハイト

「おや、あんたもドラゴン族なんだな」

「あぁ。店主が話しているのは騎士選抜の時の事だろう?」


ヴァールハイトは淡々と店主と会話を続けた。


「お、あんたは知ってるんだね。そうだよ。あの時の事件は未だに覚えてるよ」

「俺も当日は広場にいたから、鮮明に思い出せるよ」

 

まるで旧友かのように会話を繰り広げる2人。

 

「ねぇ、アモル。ヴァールハイトってこんなにも社交的だった?」


それを横目に見ながら、リューゲが耳打ちして来た。


「ううん。どちらかと言えば内向的だと思っていたのだけれど……」


普段無口で、必要なこと以外は話さないヴァールハイトがこんなにも饒舌に

今日出会ったばかりの誰かと話す姿など想像もしなかった。


驚く私たちを置き去りにしたまま、ヴァールハイトは店主との話に花を咲かせていた。


 そうしてその話が終わる頃には丁度太陽が空の真上に上がっていた。


「ヴァールハイト、あの店主さんは初めて会った人?」


私は漁港からの帰り道に少しだけ前を歩く彼にそう問いかけた。

あのヴァールハイトの饒舌振りが、とても不思議に思えて仕方なかったのだ。


「うん?初めてだよ。」


少しだけ首を傾けながら私に歩調を合わせて横に並んでくれた。


けれども、先程までの饒舌な姿はそこにはなく

普段通りの……いや、少し表情に影が落ちているような気がしてならなかった。


「ヴァールハイトは『騎士選抜』とやらを知っているの?」


この『騎士選抜』というものは、輝かしいものではないのかもしれない。

店主もヴァールハイトもこれを『事件』と呼んだ。


これをきっかけに民への『証』としてドラゴン族の鱗を提供するようになったとも話していた。


「……知っている。でも、流石に大通りで言える話では無いんだ」

「じゃあ一旦街から離れますか?」


ここまで口を挟まずに私の隣にいたロバールがそう問い掛けた。


「……そう、だな。その方がいいと思う」


微かに、それでも確かにヴァールハイトは息を漏らした。


きっとこれは彼にとってもとても話し難い事で、出来れば街の住人の前で蒸し返したい物でもないのだろう。


ヴァールハイトが指定したのは、街道沿いに南下して三十分程歩いた場所にあった静かな花畑だった。


「ここなら、あの事件を知っている人しか来ないし……誰かに不快な思いをさせる事もないだろうから」


そう言って彼は『騎士選抜』について語り始めた。

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