3.コイツの名前は、ギガントアーム・スズカゼだ

「ク」


 トーリスは笑った。視界に映るのは、四機のフェアリーユニットに囲まれてようやく足を止めた二人の反逆者。先程仕留めた男の本体も、十中八九どちらかが持っていると見た。本国からの接続無しであれ程の出力と速度を出すには、それ以外に在り得ない。


「しかしまあ、恐るべき使い手だったな。改めて称賛してやりたいものだ」


 そうトーリスが評するのは、無論先程撃破したミスカの事である。

 今し方、ミスカはフラッシュブーストを行った。即ちそれは、己の身を構成する魔力をも攻撃へと転じた捨て身の手段である。

 ひとたび行えば解除は不可能、本体を残して行動不能状態となる突撃形態。生身でギガントアームへ抗するには、なるほど確かに有効ではある。

 だがそれは、相手が対抗手段を持っていなければの話だ。そしてトーリスのグラウカには、対人攻撃を想定した速射バルカン砲が装備されていた。

 加えて決定打となったのは、そもそもトーリスがグラウカの外へ身体を出していなかった事だ。先程外に出たトーリスどころか、彼が足をかけたコクピットハッチ類が、そもそも幻影魔法による偽装だったのだ。

 起死回生を狙い、トーリスを目掛けたジャンプパンチ。それが何の手ごたえもなくすり抜けたミスカの驚愕顔は、トーリスの瞼にありありと張り付いている。


「さて。さてさてだ」


 コンソールを操作し、トーリスは倒れた二機の無人機をダメージコントロール。再起させ、包囲を狭めていく。

 慎重に。されど手早く。

 中々にそつの無い戦法。ミスカは舌を巻いた。


「参ったな、お手上げだ」

「お前いま無いじゃん手」

「そうだな。なら代わりに挙げといて貰えるか」

「そんな事言ってる場合じゃないですよ」


 ジットが溜息をつくと同時、左右から近づいて来る無人グラウカの右腕が、音立てて展開。先に撃破された機体と同じガトリングガンが顔を出す。十字砲火の布陣。もはや逃れる術はない。ジットは歯噛みする。


「くぅ」


 何たる事か。アクンドラの内憂どころか、エルガディアへの対策すらままならぬうちに捕縛されてしまうのか、と。

 このまま交渉のカードとしてラッピングされる事、それだけは絶対に避けねばならない。

 こうなれば。


「いや、手ぇ上げる前にさ」


 切り札を、ジットが切ろうとした矢先。


「ダメ元の悪あがき、しても良いかな」


 頬をかきながら、一郎はそう言った。


「何を言い出すかと思えば。僕以上に手も足も出ない立場のお前が、一体どんな手段を取れると言うんだ」

「まぁーそうだよな。普通に考えりゃな。けどさあ」


 一郎は見た。

 遠方、未だ堂々と地面に突き立っている、巨大な一振りの日本刀を。


「いける、と思うんだよな」

「お前何を言って――」


 ミスカの言っている何かが、一郎の耳をすり抜ける。

 トーリス機の作り出した光の檻が三人を閉じ込めても、一郎は気にも留めない。

 彼は、ただひたすらに刀を見た。

 多少離れた事で、改めて巨大な事が良く分かる日本刀。

 けれどもそれは、間違いなく加藤一郎の半身なのだ。理屈でなく、それが分かる。

 だから。


「こう、やってさ」


 一郎が日本刀の柄を握るのと。

 トーリス機のセンサーが突然現れた大規模魔力反応にアラートを鳴らしたのは、まったくの同時だった。


「む」


 片眉を上げるトーリス。これ程周到な隠蔽をしていた連中だ、やはり隠し玉を用意していたか。だがどんなものだろうとこの状態で


「な」


 などという余裕は、魔力方向へ振り向いた途端に吹き飛んだ。

 そこに居たのは――もとい、あったのは。

 巨大日本刀ことギガントアーム・ランバの柄をしっかと握る、これまた巨大な光の手だったのだ。


「な、んだ」


  良く見ればその手は魔力光の線によって立体的に形作られてる。さながら針金細工のように。

 加えてその針金は、尚も伸張と拡張を止める気配がなかった。

 手か腕が。

 腕から肩が。

 肩から胴体が。

 胴体からは頭を含めた全ての四肢が。

 それぞれ一秒も見たぬ間に生成されていく。

 かくて完成するのは、ギガントアーム並の巨躯を見せる、光の針金細工巨人。

 表情はない。だがそのシルエットと佇まいに、ジットは覚えがあった。


「加藤、一郎、さん?」


 反射的に杖の先、自分が浮かせている一郎を見上げるジット。

 その肝心の一郎は、しかし目を閉じてぐったりと身体を投げ出していた。


「加藤さん? 加藤さん!?」

「お前、一体なんだ!?」


 丁度その時、完全に向きを変えたトーリスが、謎の人型へ指を差した。

 人型は、それが聞こえているのかいないのか。

 巨大な――人型の身体を以てしてもまだ大きいその刃を、ゆるりと引き抜く。

 そこでトーリスは気付いた。この人型を構成している魔力は、ギガントアーム・ランバから供給されている事に。


「誰が……誰だ! ギガントアーム・ランバを動かしているのは!」

「ランバ、ね」


 刀を担ぐようにしながら、人型は答えた。距離があるため多少ハウリングしていたが、間違いない。


「何度聞いても、刀につける名前じゃないよな」


 それは間違いなく、加藤一郎の声だった。


「ふむ。ならキミはどう名付ける? 地球人のセンスを聞いてみたいものだ」


 どこからか聞こえるミスカの問い。一郎の答えは、決まっていた。


「そりゃあ勿論。この状況の発端になったヤツにかこつけるかな」

「つまり?」

涼風スズカゼ。コイツの名前は、ギガントアーム・スズカゼだ」


 一郎がそう宣言した直後。

 ギガントアーム・ランバ――もとい、スズカゼの刀身が、呼応するように光った。

 そして、爆散した。


「なっ」


 言葉を失うジットだが、それは違うとすぐ理解する。スズカゼを構成していた巨大な刀身や鍔が、複数のパーツに分かれて四方へと展開したのだ。

 パーツは三つ。刀身の上半分、同じく下半分、そして鍔から下である。三部位は青い人型を中心とし、衛星のように浮遊しながら回転。変形を開始する。

 まず刀身の上部分。刃というには相当に肉厚だった鋼が展開し、形を変え、現れるのは巨大な上半身。

 次いで刀身の下半分。刃というには相当に肉厚だった鋼が展開し、形を変え、現れるのは巨大な上半身。

 最後に鍔から下の部位。柄部分が縦二つに分かれ、形を変え、現れるのは巨大な頭部とバックパック。

 かくて形を変えた三つのパーツは、再び一つになるべく寄り集まる。その集合点には、当然のように青い人型があり。


「う!」


 瞬間、トーリスは目をひそめた。グラウカのカメラの遮光機能によって軽減され、なお強烈にモニタを焼くこの光量。その光の彼方から、響き渡るは鋼の産声。

 まず青い人型の腰から下に、スズカゼの巨大な下半身が重なる。一体化。魔力が通い、脚部スラスターから光が噴出。

 次に青い人型の腰から上に、スズカゼの巨大な上半身が重なる。一体化。魔力が通い、五指が拳を握りしめる。

 最後に青い人型の頭部に、スズカゼの巨大な頭部が重なる。一体化。甲冑でいう面頬に当たるマスクが遮蔽し、額のアンテナが展開。赤いツインアイがぎらと光る。光が収まるまでの数秒間に、これらの変形合体が行われたのだ。

 かくて光と入れ替わるように、現れたそのギガントアームの姿を、ジットとトーリスは見た。

 敢えて一言で表すならば。

 それは、鎧武者に似ていた。

 一帯を覆う氷よりも、なお冷たい輝きを帯びる青い装甲。全体のシルエットは戦闘機のように鋭角的で、いかにも兵器然としたグラウカとは別系統の機体であると一目で分かる。だが何より目を引くのは、両手足に装着されている銀色の部位だろう。

 変形前に日本刀の刃を構成していたと思しきその銀色の部位は、現在ギガントアーム・ランバ――もとい、スズカゼの両腕と両足へ、それぞれ配置されている。

 波打つ波紋のような表面の紋様は、驚く事に流動していた。この銀色の部位自体が独立した魔法行使のためのデバイスであり、スズカゼ本体から供給される魔力と連動しているのである。


「あの銀色……よもや、ハイブリッド・ミスリル……!?」


 目を丸めるジット。この時一郎もまた驚愕していた。ただし別の理由で。


「あれっ」


 一郎は見た。遠方、グラウカの足元近く。自動補正でズームする視界に映るジットと、ぐったりしている自分自身の姿を。


「どうした」

「俺がいる! なんで!? てかどうしていきなりこんな離れてんの!?」

「……呆れた男だな。本当に何となくで動かしてしまったのか」

「何を」

「目で見た方が早そうだな。足元を見ろ」

「足元?」


 上体を傾けるスズカゼは、そのツインアイで捉えた。

 鏡のような氷面に映った、己の巨体を。


「え、なにこれ」


 まじまじと見る。

 それから試しに右腕を上げてみる。

 鏡面に映る機械巨人は、一郎とまったく同じ動きをした。


「何これVRってヤツ?」

「アバターと言う意味でなら近しいな。もっともV抜きではあるが」

「そうなのか」


 一郎は頬をかく。

 機械巨人が己のマスク部分をゴリゴリした。


「VRのVってなんだっけ」

「バーチャル《Virtual》のVだ。その辺は地球人のキミの方が知ってて然るべきだと思うんだがね」

「ごめんなさいね疎くて」


 などと一郎とミスカが問答する間、トーリスは察していた。経緯はまったく分からないが、ギガントアーム・ランバを操縦しているのは、どうやら素人であるらしい

、と。

 ランバの性能は機密扱いのため、正確な戦力差は不明だ。だが両手足にあれだけ巨大なハイブリッド・ミスリルを装備しているというだけで、性能の差は明らか。翻ってトーリス側の戦力はグラウカ三機。まともにぶつかって勝てる望みは薄いだろう。

 だが。

 パイロットが素人であれば、まして異世界人となれば、ランバの魔法性能を引き出す事なぞ出来まい。

 勝算は十分にある――!


「行けッ!」


 ジット達へ完全に背を向けたトーリスは、僚機である二機の無人グラウカへ指令を飛ばす。内容は白兵戦による無力化、ないし破壊である。数と質量差を絡めた先制攻撃に出たのだ。

 スラスター噴射で高速移動しながら、二機のグラウカは拳を握る。その両鉄拳へ光が燈ると、現れたのはスパイクが生えたナックルガードだ。魔法によって編み上げられた打撃武装である。


「まずい、来るぞ!」

「えっ」


 顔を上げたスズカゼの眼前、迫るは高速突撃をかける二機のグラウカ。この時、ミスカはダメージを覚悟した。

 だが。


「しゅッ」


 強く、短い、一郎の呼気。

 それが響くと同時に、先頭のグラウカは顔面をひしゃげさせていた。

 スズカゼの右拳が、そこに突き刺さっていたからだ。

 スウェー回避と同時に打ち込まれた、完璧なタイミングのカウンターであった。


「な」


 ミスカ、ジット、トーリス。三者が言葉を失う間に、スズカゼは更なる追撃を放った。狙いすました回し蹴りである。


「しゃッ」


 軸足が地を抉り、蹴り足が風を切る。直撃する大質量。風圧だけで近くの氷樹を何本か砕いた一撃は、グラウカを当然のように吹き飛ばした。


「うーわッ、何だよコレ」


 一郎の動揺声とは裏腹に、スズカゼは素早く体勢を直す。直後、間合いに入るもう一機のグラウカ。僚機の二の舞を避けるためか、拳が届くギリギリの距離からの連続打撃で攻撃開始。


「身体が軽過ぎる!」


 一郎の言葉通り、スズカゼは鋭いステップと腕捌きでグラウカの連打を捌く。捌く。捌く。間合いを詰める。そして。


「そのくせ、一撃が――」


 スズカゼの左拳が、グラウカの胸へと突き刺さった。


「――びっくりする程、重い!」


 ひしゃげ、吹っ飛び、叩きつけられるグラウカ。氷を粉砕しながら墜落した巨体は、なすすべなく四肢を投げ出すばかりだ。


「驚いたのはこちらも同様だ。加藤、キミは何か武術を学んでいたのか?」

「ん? ああ、空手を少しな……てかお前、フォーセルだよな? どっから喋ってんだよ」

「それは……いや、その前に」

「何だよ」

「次が来るぞ」


 ミスカの指摘と同時、スズカゼを衝撃が打ち据えた。それも一発ではない。五発。十発。まだまだ来る。


「いてっ! いや熱、熱っつ! 何だ、何なんだ!?」

「上、遠距離攻撃だ」


 見上げるスズカゼ。そのカメラアイが捉えたのは、銃口を備える角ばった浮遊物体。即ち、先程まで自分達を取り囲んでいたフェアリーユニットであった。


「飛び道具!?」

「そうだ。しかもそれ自体が空を飛ぶ。それが四機ある上に――来るぞ!」


 ミスカが叫ぶよりも早く、スズカゼは構えを取っていた。トーリスの操縦するグラウカが突っ込んで来たのは、その直後だった。


「そこだろぉがぁ!!」


 スラスター推力を乗せ、機体ごと突っ込んで来る直線的な刺突。その手には今までのグラウカと違い、光の剣が握られている。レイ・ブレード。それまでグラウカが見せた光の拳――レイ・ナックルの類型に当たる武装。一郎にはそれが分かった。


「なんで」


 加えて、仮にその刺突が直撃しようとも。

 スズカゼへは、大したダメージにならないだろうという事も。


「分かっちまうかなあ!?」


 口を突いて出る驚愕よりも先に、反射が先んじた。

 滑るように突き出されるスズカゼの左手刀。絶妙な角度で繰り出されたそれは、トーリスが繰り出した刺突の切っ先を、精妙に外へと逸らした。

 結果、曝け出される格好となるトーリス機の胴体。スズカゼは迷う事無く、右正拳を打ち出し。


「う、っお!」


 しかし直撃寸前で、トーリスは危うく回避した。真後ろからワイヤーで思い切り引っ張られるような、酷く不自然な動きで。


「なんだ」


 呟いて、一郎は気付く。トーリス機の脚部と背部が光を放っている。スラスターの推力を用い、強引に機体軌道を変えたのだ。


「あんな位置のスラスターで、そんな動きが出来るもんなのか!?」

「そりゃそうだろう、魔法の代物だぞ。そうでなければ、ほら右」

「右ぃ?」


 ミスカの言葉通り右を向くスズカゼ。そこに浮遊していたのは、先程とは別のフェアリーユニット。よくよく見れば下部が発光している。グラウカと同じシステムで浮力を得ているは明白だった。

 そして、先程同様の射撃がスズカゼを襲う。しかも今度は数発を顔面に食らう。


「いでっ! 熱いあっつい!」


 怯むスズカゼ。更に一機、新たなフェアリーユニットが別角度から射撃開始。十字砲火にたまらず一郎は叫んだ。


「ああもう! こっちにもないのか何か飛び道具!」

「あるにはあるが、装弾されていない」

「弾無いの!? 何で!?」

「さあな。積む暇が無かったのか、積む気が無かったのか。どちらにせよ、あまり重要ではない」

「熱っつ、痛って! なんでだよ!?」


 常に二方向から浴びせられるフェアリーユニットの射撃。それを避け、防御し、時に直撃を貰いながらも、スズカゼは移動する。移動し続ける――いや。


「移動、させられている」


 呟くジット。これではまるで追い込み猟だ。果たして二人は気付いているのだろうか。

 注意深く、ジットは視線をトーリス機へ向ける。さりげなく、杖を掲げる。こちらの動きに気付いた様子はない。ランバ、もといスズカゼへ全力を向けているという事か。

 だが何故? 幾らフェアリーユニットがあるとはいえ、決定打に欠けている事はトーリス自身が分かっている筈。仮に今、自機を含めたグラウカ部隊の全機一斉射撃を浴びたとて、スズカゼを撃墜するには至らない。フェアリーユニットの攻撃が通じない時点で分かった筈だ。

 それでも交戦を続ければ、素人の一郎だろうとあろう程度性能を把握する。しかも彼には格闘術の心得があるようだ。そんな状況で攻勢に転じられてしまえば、そこで終わり――。


「――いや、そうか。奴の狙いは」


 ジットが察したと同時、一郎は違和感を覚えた。異様に軽かった手足の動きが、鈍り始めたのだ。


「な、んだ? いきなり、身体が鉄みたいに重く……いや鉄なんだけどさ」

「ああ、成程。向こうも考えてるな」

「どういうこったよ」

「魔力の枯渇が近い」

「……燃料切れって事か?」

「有り体に言えば、そうだ」

「最初から有り体に言ってくんな、いっ!?」


 素早く身体を逸らすスズカゼ。その肩のすぐ上を、フェアリーユニットの火線が掠めていく。


「ク、ッソ! ホントに何か手は無いのか!?」

「無い訳ではないが」


 更に別角度からの火線。防御するスズカゼ。動きが止まる。その隙をトーリスは見逃さない。グラウカの手を腰へと回し、マウントされていた武器を手に取る。陽光下に現れたのは、フェアリーユニットのものより一回り巨大な銃身を備える武器。

 対ギガントアーム仕様のアサルトライフルであった。


「さてさて、無力化出来りゃあ御の字……」


 そもそもスズカゼへダメージが通らないのは、機体表面に常時張り巡らされている防御魔法「プロテクション・シールド」がためだ。だがろくな魔力供給がない今、それが裏目に出ている。フェアリーユニット波状攻撃にこのライフルを加えれば、少なくとも魔力切れへ追い込める。

 あわよくば、破壊命令の遂行まで狙える。


「どの道私の勝ちは決まったかなァ!」


 などと、トーリスが笑った矢先。

 斜め後方。それまで倒れ伏していた自動制御のグラウカの一体が、不意に上体をもたげたのだ。


「うん?」


 サブモニタ越しに、トーリスはそれを見た。

 無人機への再起動コマンドなんてしていない。どの道片腕くらいしかまともに機能しない以上、魔力リソースはフェアリーユニットへ回した方が効率が良いからだ。

 だが動いている。

 それが意味するのは、つまり。


「ちィ! クラックされたか!」


 スラスター推力で即座に機体回転、トーリスは迷わずアサルトライフルの引金を引く。標的は、今起き上がろうとしたグラウカ。

 照星に導かれる弾丸は、迷う事無く機体胸部へ着弾。爆発。今まさに放たれようとしていた腕部ガトリングガンは、空転すらせず地面を舐めた。

 かくて爆煙吹き上げる無人グラウカ。その後方では光る杖を構えたジットが、苦虫を嚙み潰した顔をしていた。あの少年が半壊の無人グラウカを遠隔操作していたのだ。

 しかし半壊状態だったとはいえ、これ程の短時間で無人機の制御を乗っ取るとは。舌を巻くオーリス。それ程の腕利きでなければ、こんな所で単身調査なぞ出来ないのだろうが――そもそも、なぜ単独で居たのだろうか。


「まあいい、これで!」

「そう、終わりだ」


 割り込む無線。トーリスの駆るグラウカは、弾かれたように振り向く。

 果たして、そこにあったのは。右腕から光の刃を展開した、ギガントアーム・スズカゼであった。


◆ ◆ ◆


 その、少し前。


「ク、ッソ! 何か手は無いのか!?」

「無い訳ではないが」


 一郎へぞんざいに返事する傍ら、ミスカはスズカゼのシステムを調査する。

 ――そもそもミスカ・フォーセルは、どうやってスズカゼに乗り込んでいるのか?  

 答えは単純だ。一郎がスズカゼへ己の意識を投射した時、生じた魔力の流れに相乗りしたからだ。

 無論、相当に強引な手段である。セキュリティが機能していれば弾かれただろう。だがスズカゼは二カ月前から魔力を放出し続けていた上、それを浴びた加藤一郎が動かせてしまっていた。何らかの理由で制御系に隙間があるのでは、と最初に見た時から薄々睨んではいた。本当に相乗りが成功するとは、ミスカ自身も驚きだったが。

 どうあれ一郎が立ち回る間、ミスカはギガントアーム・スズカゼの駆動システムをざっと調べた。機体そのものの特殊性。搭載された武装の数々。何より厳重なプロテクトのかけられた巨大データ。分からない事だらけだ。だが、今必要なデータは一つだけ。

 それを、ミスカは見つけ出し。


「今すぐ、かつ加藤でも扱いやすそうなものは、コレだな」


 一郎に、それを理解させた。


「なる、ほどッ!」


 手刀を構えるスズカゼ。上腕部、変形前は刃を構成していた部分が、魔力の光を帯びる。

 折りしもこの時、トーリスはジットが制御するグラウカへの対処に意識を割かれていて。

 スズカゼの右腕。手甲部分から光の刃が生じる一部始終を、見事に見逃した。


「まあいい、これで!」


 丁度この時、トーリスの声が無線越しに聞こえて。

 即座に、ミスカは一計を案じた。


「そう、終わりだ」


 断言による横紙破り。狙い通り、グラウカのカメラアイがスズカゼを捉える。認識する。新たな武装。光の刃。近接兵器。

 即座にスラスター噴射し、斜め後方へ距離を取るトーリス機。入れ替わるように全てのフェアリーユニットが集結し、銃口を向ける。見事な引き撃ち。

 しかし。それこそがミスカの狙いだったのだ。


「加藤!」

「応!」


 一郎が応じると同時、スズカゼが光の刃を振るう。放たれたのは斬撃、だけではない。

 弧を描く、指向性を帯びた稲妻だ。

 斬撃の軌跡から飛び立った幾筋もの光芒は、狙い過たず全てのフェアリーユニットへと着弾。事ここに至り、トーリスは理解する。

 アレは、ただの剣ではない。

 魔法を行使する能力を持った、複合攻撃装備なのだと。

 そしてその読みは、確かに正解であり。

 ミスカによって発動された身体強化魔法が、スズカゼのスラスター推力を瞬間増幅。吶喊する鋼の巨躯は、暴風を伴ってトーリス機と交錯。一閃。玉散る光の刃。

 然る後着地。ばきばきと、氷を盛大に抉りながらスズカゼは停止。背中合わせに静止する二機。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 不意にトーリス機が、胴体から火花を散らした。


「ここまで、か!」


 緊急レバーを引くトーリス。爆裂。振動。炸薬によってコクピットブロックが強制分離したのだ。頭部を含む胴体の一部が宙に浮き、一拍置いた後凄まじい速度で空の彼方へと飛んでいった。

 その一部始終を、一郎は見ているしかなかった。スズカゼの魔力容量は既に限界だったからだ。


「なんだ、ありゃあ」

「脱出装置だ。あの様子なら、パイロットは無傷だろうな」

「パイロット……?」


 ほとんど無我夢中でスズカゼを操っていた一郎は、ここでようやく思い至る。

 向こうにも人が乗っていたと言う、ごく単純で、動かしがたい事実に。


「そりゃ、そう、だよな」


 呆然とする時間は、しかし一郎には無かった。


「えっ」


 と一郎が驚く頃には、スズカゼは三つのパーツへ分離していた。ギガントアーム形態を維持する魔力が無くなったため、待機状態である日本刀形態への強制変形が始まったのだ。


「いや、ちょっと? 待って?」


 一郎の抗議も空しく、スズカゼの変形が逆回しに再現される。具体的には頭部、上半身、下半身の三部位に分かれた。


「うわーっ!! 人体切断マジックショォー!?」

「落ち着け加藤、種も仕掛けもある。意識のリンクを外せばいいだけの話だ」

「そ、んな事言われてもその外し方が分からうわーっ!! ニンゲン手も足もそんな角度には曲がらないと思ってたんだけど曲がっちゃったァーッ!!」

「……しばらくかかりそうだなあ」


 呟くジット。パイロットの抗議を完全に無視したスズカゼが日本刀形態への変形を終えたのは、その少し後の事だった。


 氷を割り、まっすぐに突き立つ鋼の刃。陽光を弾く巨大な刀身は、いっそ荘厳ですらあった。


「今ね。どんなヨガの達人よりもすごいポーズできてる自信あるよ」

「捨ててしまえそんな自信」


 未だ狼狽えているパイロットの声さえなければ、の話だが。

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