第27話 クトゥルフの星の落とし子 後

 帰る訳にもいかず、オープンデッキにとどまっていると、懐中電灯を持った船員の兄ちゃん(名札には「金井」とある)が、乗客の安否確認をしにやってきた。

 フリウが消えた船員の事を話す。

 すると、携帯で連絡を取ろうとしてくれたが、何故か圏外だという。

 (フリウ、多分今ここは異空間だと思う)

 フリウは前回の任務の時のような冷静な表情で、分かりました、と言った。

 仕事モードだ。


 その時、オープンデッキに出ていた客から、悲鳴が上がった。

 船の上空から乗客目がけ、数十センチぐらいの黒い影が舞い降りてきたのだ。

 蝙蝠の翼をつけたタコの様な怪物である。

 フリウが吐き気をこらえているような表情になる。

 邪神の眷属を見たのは初めてなのだろう。


 その時、タコ怪物が俺達の方へやってきた。俺たちは武器を取り出した。

 俺は帯剣していたので、迎え撃つ。

 フリウは『超能力:念動力:念動 』で、相手の動きを止めてくれる。

 おかげで余裕で勝つことができた。

 死体を調べてみると、タコというよりはクラゲに近いと分かった。


 金井さんは最初はパニくっていたが、次第に落ち着き、乗客を船内へと非難させる。フリウと俺が手伝うと、凄く感謝された。

 金井さんは自分の身で客を守ったのだ、見上げたプロ根性である。


 俺達も船室へ戻る。金井に勧められたからだ。

 部屋で休んで―――と言っても2人共神経を張っている―――ので油断はない。

 ………何だか、ずるっべたっ、べたっぺたっという足音がする。

 1等客室の窓を開けてみた。海草の腐ったようなにおいがする。

 船員らしき男が甲板の上を歩いている。


 高級船員が斬る腕章や襟章の付いた制服や帽子を身につけている。

 大男なのだが猫背であり、歩行は危なっかしい。

 男はずぶぬれで服があちこち咲けている上、顔を包帯で覆っている。

 俺としては、こいつは「なりかけ」の「深きもの」だという気がする。


 「大丈夫ですか?」とフリウが聞くと、男は喉の奥で水が溜まっている様なゴボゴボという声を上げ、身振りで助けは要らないと断った。

 悪臭のする男は、そのままブリッジに向かって歩いて行った。


「外で騒ぎが聞こえる。金井の事は気に入ったから、援護に行ってやろう」

「ありがとうございます、気になっていたんですよ」

「ついでにさっきの男の事も聞いてみよう」


 悪魔の集団なので混乱は少ない。

 だが混乱している乗客は金井に食って掛かっている。

 フリウは金井と乗客の間に入り「大丈夫ですから船内にいて下さい」と宥める。

 俺が他の乗客も宥めると、金井が感謝してくれた。


 ついでにさっきの船員について聞いてみたが、そんな男はいないと断言された。

 ブリッジに行ったので、見に行きたいと言うとダメだと言われたが、金井を説得して同行を条件に、入れてもらえることになった。


 ブリッジに続く通路には、水浸しの足跡が続いている。

 階段を上がった先(途中で船員室を通ったが無人だった)はブリッジで、入り口のド アには窓がついているのだが、中が見えない。血で真っ赤だったのである。

 青くなるフリウと金井だが、内側からカギがかかっている。

 俺が「鍵開け」を成功させると、2人はドアを開け放った。


 ブリッジの中は、全てが真っ赤だった。窓は割られている。

 タコ怪物がおり、そいつが何人かの上半身を持って行ってっしまう。

 フリウが止めようとしたが、間に合わない。

 飛んで追いかけようとしたが、危険なので俺が説得して下ろした。


 赤い惨劇の場になったブリッジには、あの包帯姿の男があった。

 男の傍らには船員が数人倒れ、完全にこと切れている。

 男は古い帆船模型を両手に抱えており、それに向かってぶつぶつ言っている。

 フリウは怒りの形相だが、相手も人間と認識しているからか動かない。

 男は顔を上げ、俺たちに向かって呪いの言葉を吐いた。


 曰く―――

「もう手遅れだ、接触の儀式は執り行われ………ゴボッ………生贄を受け取られる。

 2つの像がお互いを引き寄せる。

 2つの像がある限りお前たち生贄は決して逃げられない。

 像がもう片方をゴボゴボッ………とき、それが像に囚われたお前たちの最期だ」


 男の言葉と同時に、古びた帆船模型がひとりでに震えだす。

 次の瞬間、破裂音と共に男の腹部から灰色の触手が無数に飛び出し、男の体はバラバラに引きちぎられる。

 こっちにも触手が来る!身構えたが衝撃は来なかった。

 何故なら金井が俺達をかばったのだ。人間にかばわれた!

 これは「借り」にあたるな、悪魔は借りは必ず返すものだ。

 今回の場合、怪異の解決が恩返しになるだろうか。


 触手はブリッジのいたるところを襲い、鈍い金属音や残っていた窓のガラスを割る音がこだまする。破壊音はすぐにやみ、触手は無かったかのように消え失せた。

 窓や計器は多大な損傷を受けた。これじゃ操作できそうにないな………。


 フリウは金井の傷を見ている、彼は立ち上がれないようだ。

 俺たち二人の見立てでは、肋骨と右足の骨が折れている。

 金井を安静にさせた上で、俺たちはブリッジを捜索することにした。

 フリウは思い詰めた表情になっている、まあ天使はそうだろうな。


 ブリッジの正面の窓は粉砕されているのだが、霧の向こうに突如として1隻の木造帆船が姿を現した。包帯男の持っていた模型とそっくりだ。

船の形状からして、かなり古い船なのがわかった。

朱印船に似ているので、以後はそう呼ぶことにする。


フリウに計器類の確認を任せ、俺は船の模型を調べる。

すると、床の片隅で帆船模型が横倒しになって震えており、それは朱印船の方角だ。

模型を持ち上げると中からクトゥルフを模したらしき小像が出てきた。


朱印船は近づくばかりだ。このままでは衝突しそうである。

「フリウ、奴の言っていた像は多分これだ。壊せば多分、衝突は当面回避できる」

「わかりました、私が割ります」

フリウは肉切り包丁で小像を真っ二つに叩き割った。


朱印船は、戸惑うような挙動を見せて、減速した。

「多分一時しのぎにしかならない。たぶんあっちにも像があるんだ。包帯男が2つの像だと言っていただろう?」


その時、複数の足音が聞こえ、悪魔達が部屋に入って来た。

ブリッジの惨状を見て、制限空間なので不安になったのだろう、口々に横たわった金井に詰め寄っている。そいつはダメだぞ、借りがあるんだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、言い放つ。

「弱い者いじめをしている場合じゃないだろう」

「教え:威厳10」「特殊能力:威圧」「特殊能力:覇王のオーラ」を使う。

 シンとなった群衆に向かって

「ここは、このシュトルム大公が預かった。お前たちを無事に目的地に運んでやるから、2等客室で待って居ろ」

 恐る恐るという感じで1人が、今どうなっているのか聞いてくる。

「船員が死んだ。ここは邪神に狙われている。

 だが安心しろ、俺が邪神研究者なのは みな知ってるだろう?

 何とかしてやる。邪神も、操縦もな。分かったら行け」

 おれがそういうと、悪魔達はぞろぞろと船室の方に歩いて行った。


 俺は振り返り、彼を自分たちの部屋に運ぶことを提案した。

「はい、私も賛成です。治療を施しましょう」

 俺は金井を抱き上げ、部屋に運ぶ。金井は苦しそうに礼を言った。

 部屋に辿り着き、フリウに枕を出して貰い、金井を寝かせる。

 そしてフリウが『超能力:ヒール』を施す。

 金井は目をパチクリして起き上がった「治った………あなた方は一体?」

「ただの異能者だよ、他の人には黙っててくれ」


 1等客室の窓から見えるのだが―――

 フェリーは朱印船の周囲で円を描くように揺れ動き、その距離を縮めている。

 このままでは遠からず激突するだろう。

 そして2体目の像は多分あっちだと『勘』が囁く。


「金井さん、衝突を避けるために、向こうに行きたい。良い方法があるか?普通に救命ボートを使ったら、逃げたとかいう奴が出かねないんだ」

「それなら、船員が使う小型救命ボートを使うといいと思います」

「使い方を教えてくれ、外は危険だから、あんたに出て貰う訳にはいかない」

「わたしも、あなたにはここで待機していてもらいたいです。必ず解決しますから」


2人から重ねて言われて、金井は戸惑いながらも操作方法を教えてくれた。

俺たちはデッキに出て、立ち入り禁止の立て看板をどかして、目的物を見つける。

救命ボートはガスで膨らませる(近くにガス栓がある)

長さ3m強、幅は1.5mで6人乗りだ。十分すぎるほどである。


それを脱出用シューターの真下に設置して、シューターで降下。

うん、転覆の恐れもなさそうだな。朱印船に向けて出発だ!

「フリウ、そっちのオールは頼む。俺はこっちを」


朱印船が近づくにつれ、細部が明らかになってくる。

船の大きさは、全長24m・幅8m・高さ20mぐらいだ。フェリーとどっこいだな。

嵐にでもあったのか?ひどく痛んでいる。マストはここから見てもボロボロだ。

船の側面には、網状になったロープが垂れ下がっているので、それを上って侵入だ。


2人とも危なげなく甲板に出た。まあ相棒がフリウだ、あまり心配はしていない。

甲板は何かが腐ったような匂いが漂っている。

だが、船内に入る入り口は健在のようで、梯子がかかっている。


穴だらけの船体にもかかわらず、中は真っ暗だ。

2人共暗視の効く種族なので問題ないが。

梯子を降り切ると、そこは船の後ろ半分を占める広さの板張りの部屋だ。

フリウは口にハンカチを当てている、腐敗臭が凄いからだ。

床のあちこちに水たまりがあり、ボロボロの袋や腐った木箱が目に入った。


一応部屋を探索すると、緑の鱗上の革でできた本(暗号だ)が手に入った。

それと、金のネックレスだ、まったく汚れていない。

これは黙って懐に入れて、出所を言わずにフリウにあげよう


奥の部屋に進むと、さっきの部屋と同じ構造のようだった。

違うのは、部屋の真ん中に置かれた畳が発光していて明るい事。

そして畳の上に、フェリーそっくりな模型が置いてあることだ。

模型に近づくと、急に床から何本もの腕が伸び、畳の縁に指をかける。

現れたのは持ち去られた船員の変わり果てた姿だった。下半身は触手なのだ。


 その姿を見せられたフリウがとうとう切れた。

「人の命を弄ぶなぁ―――!」

 どんっ!怪物たちが壁に叩きつけられる。怪物たちは壁にはりつけになった。

「雷鳴!」「応!」

 俺は畳の上の船を壊し、やっぱりあった小像を握りつぶす。

 それと同時にフリウの「ごめんなさい!」の声と共に、怪物たちは首のねじ切れた死体となった。やっぱりフリウは強いな。


「フリウ、脱出するぞ!」「わかりました!」

2人で救命ボートに辿り着き、乗り込む。

その時、遠方で白い光が煌めくのに気付く。

フェリーの方の水平線から、白い光が差し込んできて、周囲の霧を駆逐していく。

夜空も元に戻った。

「急いで向かわないと、置いていかれるぞ!もう飛ぶか!?」

「はい、飛びましょう!」


飛び上がった途端、朱印船が正体を現した。

………その怪物は巨大な人型をしており、タコの様な顔の口部分には、フェリーの乗員を捕えた触手が蠢いている。

全身を覆う鱗は灰色の粘液にまみれて光り、背中には蝙蝠の翼がある。

怪物はゼラチン状の巨体を絶え間なく震わせている。

そして触手の生えた顔をこちらに向けてきた。


真っ青になったフリウが速度を上げる。多分1時的な狂気に陥ったのだ。

おれも速度を上げながら、怪物をかわす。

ゆっくりと噛異物は遠くなっていった。

フリウに横並びになり『教え:癒し:精神治癒』をかけるとフリウに血の気が戻って来た。後で強引にでも入院させてやらないとダメだな。


「雷鳴、あれは倒せないのですか?」

「できると思うけど、残念ながらその間に異界から帰る事ができなくなるだろうな。そうなったら、いくら俺たちでも対処の仕様がなくなっちゃうよ」

「仇は、いつか必ず取ります!」

「そういうこと!さあ、フェリーに戻ろう。ブリッジは『物体修復』で治すから」

「能力解放空間に着いたら、血も『クリーン』しましょう」


 帰還すると、乗客全員が俺達を歓迎してくれた。

 あとは機器類を治しサバトに遅れる事を携帯で伝えるだけだ。


 無事サバトに着く。俺の身分は正直凄く高いので、最優先で挨拶をしてもらう。

 フリウは精霊です、で通した。カミラが気配を濃厚にしたのもあって通用する。

 あ、言うまでもなく俺たちは着替えている。


 挨拶が終わったら自由時間。

 天使が生贄をかっさらって行ったんで、大騒ぎになったけど興味ない。

 俺はちょっと見張りを眠らせておいただけです。


 俺は木々と茂みの奥にフリウを引っ張っていく。

 このためにフェリーで帰らずに、わざわざサバトに来たんだから。

「フリウー、その下草の柔らかいところに両足伸ばして楽ーに座って」

「?はい。あ、生贄の件ありがとうございます。」

「それはどうでもいい。おれはこうしたかっただけ!」

 俺はフリウの膝にダイブする。

「いやー、前の冒険でも思ったんだけどさ、俺フリウの匂い、好きなんだよね」

「え?こんなことでいいんですか?」

「セックスとか、奥さんたちがいるから興味ないよ。ねえ、胸の谷間に顔をうずめたいんだけど、いい?」

フリウが黙って胸のボタンを外したので、遠慮なく顔をうずめる。

小ぶりだけど、フカフカの胸である、満足だ。


俺たちはこんな感じでいちゃつきながらサバトを終えるのであった。


そして、多少手間だったがフリウを天界に帰して、この件は本当に終わった。

ちなみにフリウには、ファンタシリーズとコーラを土産に持たせて帰した。

大喜びだったので、きっと他の天使たちにも好評だろうと思う。


さあ、家(寮)に帰ろうか。

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