第22話 ミイラの妄執

 2月。学園内では雪が降って………いや吹雪いていた。

 ちょっと前まで学園外でもこうだったな。


 俺はまた、「禁断の書庫」に行ってきた。

 正気度が結構減ったけど「グラーキの黙示録」第Ⅰ巻を手に入れてきたのだ。

 ちなみにその足で異空間病院に入院していたが、帰る際は自分以外の時間を巻き戻したので(自分を含めるとまた発症するから)、外での時間の経過は1秒ほどだ。

 俺は満足して、颯爽と寮に帰った。


 そして今日、2月13日に何度目かの読書会を開いている。

 ジークと如月ちゃんも、今回は魔導書を読むことになった。

 ミランダと一緒に如月ちゃんが「ネスター書簡」を。

 『教え:観測:翻訳』を駆使して読んでいる。なにせ古代ペルシア語だからな。


 そしてモーリッツとジークが「ティンダロスに住まう猟犬」を解読している。

 だがギリシャ語なので、解読は難航。

 でも2人共頭が良いので、辞書を駆使して少しづつだが進んでいる。

 モーリッツはこの際ギリシャ語を覚えたいみたいだな。向上心があってよろしい。


 俺は、グラーキの黙示録(英語)を読んでいる。

 内容は、グラーキとグラーキ関連の魔女カルト、といったところか。

 これは第Ⅰ巻なので、まずはグラーキの事からなのだろう。

 余裕があるので、他の4人の先生役をしている状態だ。


 夜が更け、皆眠たい様子。

「ここまでにしようぜ、徹夜するような切羽詰まった状況じゃないんだしよ」

 ジークの一言に他のみんなが顔を上げて、時間を見て驚く。

「もう0時じゃん、明日の授業に響くから寝ようよ」

「泊まりますか?その場合僕のベッドを如月先輩に提供しますが」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えますね」


 如月ちゃんがそう言うと同時に、彼女の携帯が鳴る。

「はい、皆崎です………お父さん?何の用?」

 遠慮だろう。寮から出て、かなり長い通話をしていた。

 他3名はもう寝てしまっている。


 如月ちゃんが帰って来た頃には、2時になっていた。

 さっきまで持っていなかったトートバッグを持っている。

 許可を取って、学外から転移させられてきたものだろう。


「あの、雷鳴先輩。お願いがあるんですが………明日聞いてくれますか?」

「今でもいいけど?」

「いえ、資料の整理がついてないので、明日でお願いします」

「徹夜しちゃダメだよ?」

「大丈夫です、ありがとうございます」


 そう言って微笑む如月ちゃん。

 笑顔を見たのって報道関係以外では初めてかも。

 笑うと知的なタイプが崩れて可愛いんだなあ。

「そっか、分かったよ。お休み」

「おやすみなさい、先輩」


 そして次の日。今が寝る時だという本能を『教え:疑似人間:徹夜』で蹴り出す。

 多分ミランダも今頃、同じことをしていると思う。

 寝ぼけ眼で、モーニングティー(血。レモン味)をマグカップに淹れ、リビングへ。

 まだクッションに埋まって寝ているジークにつまづきかける。

 遅刻するぞ、起きろという代わりに、蹴り飛ばす。


「いててて、何すんだ雷鳴」

「耳元で囁いた方が良かったか?」

「気味の悪いこと言うなよ!」

 怒るジーク。まぁまぁと言って、いい血を彼のマグカップに入れてやる。

「ここで過ごすと、血の味がわかるようになるよなぁ」

 マグカップを受け取り、あぐらをかくジーク。


 ジークとじゃれてると、その他の面々も起きてきたので全員に血を淹れてやる。

 全員の頭が冴えた状態になったのを見計らって、如月ちゃんが発言する。

「雷鳴先輩というか、邪神研究会に依頼です」

「へえ、依頼なんて初めてだな。どんなのだ?」


「私の父の弟、父と同じく賢魔の、龍之助りょうのすけ=皆崎は、魔帝歴4代期 に失踪したのですが、その経営する病院兼自宅が今頃見つかったそうなんです。

 相続するかしないか、書類上で問題になりまして。

 一度訪れたのですが、邪気がしたので即戻って来たそうなんですが。

 相続するなら邪気のない物件がいいのですが、父は邪神には素人です。

 でも売るにしても、後でクレームは困る………というわけで、できたら邪気を祓ってほしいそうなんです。勿論お礼はします。

 邪神の研究を大っぴらにやってるのはここぐらいですから、依頼が来たのです。

 私としては、探索について行って記事を書きたいのですが」


「なるほどね………図面とかある?」

「はい、ここに」

 俺は1枚の紙に描かれている家がそんなに大きくない事に注目した。

「………これなら、俺とジークで何とかなるな。ミランダとモーリッツは授業にちゃんと出る事。幼等部、中等部で欠席は為にならないからな」

 俺はジークの方を見た。異論はないらしく、手のひらに拳を打ちつけている。

「それでいいかな、如月ちゃん?」

「はい、受けてくれて感謝です」

 如月ちゃんがペコリと頭を下げる。


 さて、年少組は授業に送り出した。

「で、如月ちゃん。他に情報は?」

「そうですね………叔父と父は4代初期生まれの悪魔です。

 裕福な大きな家であったので、酔狂で医師になったと父が言っていました。

 でも知識を買われて、人界への調査団などに同行する事もあったようです。

 不便な場所に病院を作ったのも、基本趣味でやっていたからだとか。

 ただ、そんな龍之助りょうのすけおじさんは、第2回天魔戦争の最中、突然失踪してしまいました。失踪の理由は皆目見当がつかないという事です。

 そして戦後の混乱もあって、ずっと忘れ去られていたのが―――」

「今回調査する邪気のする病院兼自宅だね」

「はい、そうです」


「親父さんと叔父さんの仲は良かったのかい、如月ちゃん」

 ジークの質問に如月ちゃんは―――

「父は現在大きな総合病院の院長なんですが、真面目に苦労して来ました。叔父さんの実家頼みの不真面目さに対して怒っていたので、仲はあまり良くなかったかと」


「そうそう、それと、あそこに入ったら帰ってこれないと噂が立っています」

「はっきり言って、行ってみないと分からない事ばっかりなのな」

「そういうことになりますね」


「俺の『勘』に従って巡る部屋を決めるがいいか?」

「それには俺も助けられてるからな、いいと思うぞ」

「異論はありません」

「なら、車を正門前につけるよ」


 正門を(外出許可を取って)抜けると、1台の車が止まっていた。

 フォード・モデルA。ギャング映画の雰囲気を纏った1台。

 鮮やかなコバルトブルーのボディとホワイトウォールタイヤが特徴的だ。

 愛称はマダム・コバルト。知性があり、俺の命令で動く。


「さあ、乗って」

 2人共珍しそうにしながら、車に乗り込む。

 魔界では、馬(馬でない事も多々)車が主流なので、車が珍しいのだ。

 もちろん、人界の技術に手は加えているが、外見は人界のものだ。


 運転席につき、出発。市街地では馬車よりやや早い程度の速度。

 荒野に出たら、エンジン全開!音速に近い速度でカッ飛んでいく!

 そして、病院兼自宅の近くまで来たら馬車並みにスピードを落とした。

 周辺が目に入るが、これは―――


 この山は魔界樹まかいじゅの人工林だが、手入れがされておらず、荒れた印象を受ける。

 月も遮られているようで、下草はまばらだった。

 ガタガタと未舗装の林道を20分も走ったろうか?やがて開けた場所に出た。


 広さは、人間の学校の校庭ぐらい。小石と砂の混ざった乾燥した地面である。

 薄暗かった林道とは打って変わって明るい場所だ。

 乾いた砂が風に舞っており、広場の奥に見える建物も黄色みがかっている。

 アレが今回の調査の場所なのだろう、確かに邪気がする。


 皆崎医院の建物は2階建ての母屋、1階建ての診療所が渡り廊下で繫がっている。

 モダン、というのだろうか、そんな雰囲気の洋風の外観。

 壁には、淡いグリーンが塗られていたようだが、すっかり落ちてしまっている。

 扉はガタが来ており、開けられなかった。

 なので、ガラスがすっかりなくなっている窓から入る事にした。

 今すぐどうこうはならないだろうが、とても人は住めないな。


 診療所の窓から入ったら、事務室だった。ここは調べる。

 木製の書類棚と、しっかりした作りの事務机。隅の方に古い中型の金庫がある。

 3人で捜索したが、なにもなし。

 ただ、俺の鍵開けの技術をもってしても、金庫が破れない。

 『勘』だが、鍵を探す必要がありそうだ。


 事務室から、渡り廊下は近い。廊下を渡って母屋の方に行く。

 渡り廊下の先はホールだった。

 診療所もそうだったのだが、砂が積もっており、カラカラに乾燥している。

 ここには何もないと思うので、移動しよう。


 ………なんだか、建物がギシギシ言ってる気がする。

 嫌な予感がする………やがて床や壁までミシミシいいだした。

 何か平衡感覚がおかしいような気がする。

 窓の外を見ると、マダム・コバルトが自分の判断だろう、林道に避難している。

 それも当たり前で、車を止めた辺りは流砂の様になっていたのだ。

 ………今外に出るのは危険だが、窓から身を乗り出す事は出来そうだ。

 確認したいことがあるので、俺は窓から建物の土台を見る。

 土台は砂にうずもれていた。ゆっくりだが家が沈んでいるのだ!


「今外に出るのは危険だ。多分のみこまれる。中から何とかするしかなさそうだ」

「うへえ、またそんなのかよ」

「怪奇現象ですね、記事の一部に載せられそうです」

「如月ちゃんって、本当、ブレないよな」

 そんなところが魅力的だと思う自分がいる。クール系の美人は好みなのだ。


 キッチンに行きたいので、食堂を通る。

 食堂は荒れている、ぐらいしか語るべきものがないため、キッチンへ。

 キッチンはさらに荒れていた。

 流しの蛇口はキッチンにあるありあわせの道具で破壊されている。

 トドメに力任せに引っ張られたように、完全に壊されている。


 ビールのものと思しき缶があるが、キッチンのナイフを使ったのだろう、切り裂かれて裏返しにされている。

「多分、極端な渇きのせいで錯乱した奴がいるんだと思う」

 言った瞬間だった。急に、やけにのどが渇きだしたのだ。

「けほっ。2人共、口と喉は―――?」

「「カラカラです!(だ!)」」


 急がなきゃいけないな。そう考えて冷蔵庫を開けると、カラカラに干からびて干物どころかミイラになっている死体を発見した。窮屈にうずくまるように入っている。

 服からして若い男だろう、ビール缶は多分こいつのものだ。

 一応、身元が分かるものを探ってみたが、何もなかった。


 脳内の危険信号に従い、さっさと探索する事にする。

「2人とも、急ぎで行くぞ」

 2人は頷く。彼らも焦燥感がにじみ出ている。


 母屋の2階に上がる。2階でも、砂が積もっていない場所はなさそうだった。

 今のところ、階段は抜けそうにない。ギシギシいうけどな。

 「まずはここだ」

 

 扉を開いてみると、そこは書斎だった。

 本棚の本は何故か処分されていた。もしくはそろえる前だった?という有様だ。

 本がないのでデスクを調べると、日記が見つかった。定番だな。

 

 〇月〇日「ミイラの取り寄せ成功」

 念願の、レアなミイラを手に入れた。もうすぐ家に到着するだろう。

 しかし、このご時世だ、あまりはしゃぎ過ぎないようにしよう。

 △月△日「包帯を取り払う」

 我慢できず、私はミイラを覆い隠す包帯を取り払った。

 その姿は驚くべきものだった。

 これは決して安易な好奇心ではない、医師としての役目なのだ。

 もちろん、包帯も貴重な資料だ。取り合えず事務所の金庫で保管しよう。

 □月□日(前記の日記の次の日)

 何かおかしい。この砂は何処から舞い込んでくるのだ?

 ああ、喉が渇く、渇いて渇いて仕方がない。


「コイツが元凶か………ミイラの呪いぐらい知っとけよ!」

「この叔父さんの日記は、資料として頂きますね」

「呑気にしてるなよ。今の俺は水が飲めるなら大抵の事はできるぞ」

「そうだな、早く探索してしまおう」


 窓からのぞいたら、砂はすでに1階に入りつつある。

 急がねばならない………のだが。

 体から水分が失われていくのだ。肌や唇はカサカサに乾いてきて、ちょっと痛い。

 できるだけ如月ちゃんから目をそらすようにした。女の子だからな。


 次に開いた扉は、サロンのものだった。

 目を引くのは、梱包用の木箱のような粗雑な作りの木箱だ。

 開けようとしたらあっさり開いた。

 中には緩衝用のかんなクズが敷き詰められていた。

 その上に黄ばんだ帆布で包まれたミイラが丁重に安置されている。

 

 帆布を剥がしてまず分かったのは、このミイラが人間や悪魔ではないという事だ。

 おかしい箇所が多数ある。人間の姿になり切れない悪魔のような感じだ。

 決定的なのは邪気。俺以外の2人も顔をしかめるほどだ。

 ジークがミイラを踏みつけようと試みた。

 一言言ってくれればやめとけと言えたのに。


 踏みつけは自在に動く砂でブロックされた。

 しかもエナジードレイン(生気吸収)まで受けるというおまけつき。

「多分包帯とやらがないと、どうしようもないんだと思うぞ。やめとけ」

「先に言ってくれよ………体が重い」

「言う前に行動したのはお前だ『教え:癒し:回復』」

「サンキュー」


俺たちが金庫のカギを求めて、最後に入った部屋は寝室だった。

この部屋のカーテンはいまだに原型を保っており、部屋はとても暗い。

部屋の奥には、ナイスミドルというのか?中年男性の幽霊がいた。

如月ちゃんの叔父さんであろう幽霊はこちらを向いて語り出す。


「アレ(多分包帯)は封印であり護符だったんだ………

 私が取り払ってしまった………

 奴は渇いている

 1億年の渇きを癒すため、何人でも、何人でも殺していくだろう!

 この私を、砂にのみ込んだように!」


 そう叫ぶと、その顔はみるみるうちに萎びて、干からび、やがて崩れ落ちた。

 残ったのは、いなくなったかわりに残していった灰のみ。

 灰の中で、金色に光っている物がある。

 拾い上げると「事務室」というネームプレートのついたカギだった。

 3人でハイタッチして、誰からともなく速足で事務室に向かっていた。


 金庫を開けて要らない物をどけていくと、膨らんだ大きい封筒が出てきた。

 中をあらためると、茶色に変色したリネンの包帯が出てきた。

 脆そうなので注意が必要だ………が、3分割しても効果はありそうである。

 『勘』だが全員が持つか?と聞いたら承諾の返事が返ってきた。

 ヒエログリフが包帯に書かれているが、これは確か邪悪を封じ込める呪文だ。

 

 納得して、事務室を出ようとしたら、大きな揺れがあった。

 建物の半分が砂に沈もうとしている!

「ヤバい!『フライト』で2階に上がるぞ!絶対に砂に足を取られるな!」

「ああ、そうだな」「分かりました!」

 砂がこれ以上増えないうちに、サロンで元凶を倒さなければ!


 サロンでは、大量の砂が木箱の中に流れ込んでいた。

 そして、まるで砂に掲げられるようにして、ミイラが立ち上がる。

 いや、そこにあらわれたのは、干からびた無力なミイラではなかった。

 砂の筋肉をまとった異形の巨人である。

 そいつは血の一滴まで乾ききっていて、代わりに体に詰め込んだのは憎悪と呪い。

 ただ、それだけなんだと全員が理解した。


 そいつは巨体を盾に、暴れまわり攻撃をしかけてくる。

 だが、封印の包帯を近付けると、ミイラの体が露出するようだ。

 と、なれば―――


「如月ちゃん!俺とジークが隙間を作るから、『ファイアボルト』よろしく!」

 ジークと目が合ったので、頷いて意思疎通した。

 挟み撃ちの形で近づく!足元の砂は妨害にならない(フライトが切れてない)が、攻撃は当たるので、怪我は覚悟の上だ。

 果たして、俺とジークが近寄ると、ミイラの部分が露出する!

「『低級火属性魔法:ファイアボルト:ツイン』!」


 如月ちゃんは器用にも、炎の矢を2つ制御し、別々の場所に当てた。

 観想したミイラはよく燃える。断末魔の様に手足を振り回しだしたので退避だ。

 距離を取って3人で伺っていると、奴はゆっくりと動きを止めていった。

 体からは大量の砂が流れ落ちて、ミイラの姿に戻った。

 もそもそと床をかいて逃げようとする半分燃えたミイラ。

 その体に、3人分の包帯を巻きつけると―――ミイラは沈黙した。


 如月ちゃんには、このミイラは家(寮ではなく本邸の方)で封印すると請け合った。

 残念ながら、敷地は砂ではなくなったが、この家は地中に半分埋まったままだ。

「いいんです、そんな怪奇な物証があった方が報道も盛り上がりますし。

 父も、当分何かに使うとは思えませんし」

「ブレないねえ。俺は好きだよ、如月ちゃんのそういうところ」

「えっ………ありがとうございます」

「あっ、雷鳴。抜け駆けしやがったな」

「早い者勝ちですよーだ」

「やっぱ抜け駆けじゃねえか!」

 

 やかましい事この上ない言い合いだが、どうせ誰も聞いてない。

 無事だった―――林道の奥に避難していた―――マダム・コバルトに乗り込む。

 ジークは後部座席で如月ちゃんを口説いているが、相手にしてもらえてない。

 たまに俺が口を挟んで―――車の中は騒々しかったのだが。

 最終的に原稿をまとめたい如月ちゃんに怒られて沈黙が落ちた。


 さあ、ちびっ子どもに、今回の話を聞かせてやろう―――

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