第21話 ミランダの冒険Ⅱ(イゴーロナク)

 この寒いのにめんどくさいなぁー。

 それがあたしの本音だった。

 ちなみに今学校内は2月だ。

 学園外の気温は3月ぐらいのもの。結局寒い。

 

 幼等部2年Aクラスの中から死人が出た。

 学内じゃないよ、セキュリティーがいるもん。

 休みを取って実家に帰っていた娘なの。

 かなり幼い感じの子で、クラスではお味噌だった。


 何か頭が変になったバカが家に押し込んできて殺されたんだって。

 仮にもA クラスなら撃退して欲しいところ。

 きっとあたしのモーリッツなら無事だったろうに。

 ………一緒にしたら怒られるかな?


 まあ、それで、彼女が学校に置いていったものを届ける役目が回ってきた。

 モーリッツは他の用事で忙しかったから、1人で行くしかないのよね。

 そう、彼女―――ジェニファーの家(マーロウ家)は全滅したわけじゃなかった。

 父親のステファンが、用事で出かけていたから助かった。

 もしくは彼が在宅していたなら、惨事が防げていた可能性は多分にある。 

 

 ちなみに凶器は台所にあった出刃包丁だった。そんなものでよくもまあ。

 しかも、何故か母親とジェニファーを殺した後、犯人は自分をも殺した。

 わけのわからない血文字を残していったらしい………と報道サロンが言っていた。


 まあ、その辺の事情はわたしにとっては知ったこっちゃない。

 娘の荷物を要求してくるあたり、愛はあった家庭なのだろう。

 場所は郊外の一軒家。確かどこかの大きなお家の分家のはずだ。

 見えてきた家は、それにしては小ぢんまりした家だった―――。


 ぴんぽーん「こんにちはー。ジェニファーちゃんのクラスメイトですー」

 すぐに扉が開いて、やつれてはいるが元気そうという矛盾した人が出てくる。

「やあ、ありがとうございます。どうぞ温まって行って下さい」

 主人のステファンだった。

「ありがとうございます、お邪魔します」

 言ってから嫌な予感に襲われる。


 まずい、やっぱりいいですって言わないと。

「あっ、あのっ、やっぱり私―――」

 言いかけた時だ、背中で玄関の扉がキイッと閉まった。

 閉じ込められた。

 なぜかそう感じたので玄関扉を開けようとしてみたが、びくともしない。

 これはもう、お招きにあずかるしかないのかな………。


 ステファンさんは、応接間の扉で待っていた。

 応接間のソファに座った私に、ステファン………さんが話しかけてくる。

「あなたが来て下さって、本当に嬉しく思っています。できるだけ、長く生きて下さいね。昔、こんな問いをした人がいます。『誰もいない森で木が倒れても音がするのか?』答えは、聞く者がいなければ音はしないも同じ、です。つまり、客であるあなたがいなければ私の家族はいないも同じ。少なくとも、この家ではそういう事になっています」


 は?何の冗談?と思っていると、2階からバタバタという足音や女の子の笑い声が聞こえる。あれ、ジェニファーの幽霊?

「すみません、娘のジェニファーが騒いでいるようで」

 訳の分からないことを言う。

「ジェニファーはもういないよ?」


「いえ、事件はありましたがもう終わったので、ジェニファーは居るのです」

 理屈になってない………。

 すると、今度は女性の悲鳴が聞こえてきた。

「すみません、妻は時々事件の事を思い出すのです。過ぎた事なのに困った物です」

 いや、死んだよね?


「ああ、すみません、お茶も出さないで。少しお待ちを………」

 そういってステファンは応接間から出て行った。

 ………いつまでたっても帰ってこないんだけど?

 一応、1時間は待ってみる。帰ってくる気配はない。


 これはあれか、探索してみろって事かな?

 しかたないなあ、怖い目に会いそうで嫌だけど、じっとしてるのも性に合わない。

 あたしは重い腰を上げた。


 応接間から出ると、右手に玄関左手には階段がある。

 玄関かあ。逃げたいところだけど、無理そうなんだよなぁ。

 一応開けてみる、がちゃっ、開いた!ばたん―――閉めた!

  

 目の前に圧迫感のあるレンガの壁があり、そこからなんか見覚えのある首のない肥満体が出てこようとしてたから、本能で閉めたのだ。

 

 あれは………バラバラ死体の調査をしてた時のアレだね、うん。

 もしや「縁」ができてる!?嫌すぎる。

 とにかく別の場所を探してみよう。


 ちなみに窓を開けても、レンガの壁だった。さっさと閉める。

 次はキッチン&リビング。リビングとつながった対面式キッチンだ。

「んー、何か臭い。冷蔵庫は………食材が腐ってる」

 一目でここ最近まともな食事が作られてないのが分かるね。


 リビングには大きな窓があって、開放的な感じ。

 ソファもテーブルもデザインに凝っている。

 テーブルの上を見てみると、今時珍しいラジカセが置いてある。

 その周りにはテープが数本、こんな古いの使ってたのか。


 カセットテープを聞いてみるが、ささやかな足音や、声。心霊現象だね。

 そして1番新しいテープには、ステファンの肉声が入っていた。


「(ガサガサというノイズ)………家族の声は、古いカセットテープでしか録音できないみたいだ。やり方は少しづつ分かってきた。

 もう一度、試してみる。成功すれば、2人の声が録音されるはずだ。

 早く助けてあげないと。

 ああ………どうか2人を返してください」


 そしてステファンが階段を上っていく音が録音されている。

 つけっぱななしなのは、気付いてないのかな?

 しばらく無言が続くが突然ステファンの「いぃぃっごぉぉろぉなぁぁくぅぅっ!!」という絶叫が遠くで聞こえた。ああ、縋ってしまったのかな?


 その後「キャハハハハ」という女の子の笑い声が大音量で響く。

 そしてカセットテープが終了した。


 あたしは仕方なく、1階の他の箇所を巡る。

 収穫は無かったけど洗面所と風呂は乾燥している。

 ここしばらく使われてないと分かった。


 狭い家だね、まぁジェニファーの家は裕福ではないと聞いていたけど。

 さほど大きくない家の分家だからこうなるのかな。

 もう階段を上がるしかない。

 階段を上ると、1階からは見えなかっんだけど。

 2階の天井の梁にロープがかけられているのに気付いた。


 ロープは2階に近い壇の真上にあり、先端は輪になっている。首吊り用だ。

 誰か私より先にここに入って、諦めて死んだのだろうか。

 近づいて観察すると、ロープの輪の部分に、皮膚がこびりついてるのが分かった。

 やっぱり使用後だ………やだなあ。


 階段を上がっていると、私は絶対立てないので他人の確定の足音が聞こえる。

 階段を上り切るまで、それは追随してきた。


 階段を上り切ると4つの扉が見えた。

 ひとつは納戸らしい。そこから腐敗臭がする………

 あたしは、取り合えず納戸の中を捜索してみることにした。

 やっぱり死体があった………首には黒々と縄のあとがついている。


 ジャケットを着た中年男性の死体である。

 悪いけど、ジャケットの中を探らせてもらおう………手帳と名刺発見。

 え?臭くないのか?アンデッドになって以来、麻痺し気味なんだよね。

 

 名刺には………○○さんという名前と、フリーライターだと書いてあるね。

 手帳は最後のページだけ意味ありげな事を書いてある。

「この上に来た客は呪われてしまう。

呪いは、呪われるものがいなければ存在しない。

つまり呪われるものさえいなくなれば、呪いは消えるはず

そうだ、私が居なくなればいいのだ!」


 それで自殺しちゃったと、はあ。

 あたしは踵を返そうとして、頭が動かない事に気が付いた。

 背後から何者かが、バスケットボールの様に頭を掴んでいるのだ。

 とてつもない力で、まるで頭がもぎ取られそう。

 直後「ダメです!それはこの家の客です!」というステファンの声が聞こえた。

 ええい『教え:剛力3』『教え:頑健3』で無理やり手から抜け出す。

 それ以上は何もなかった。ほっ。


 でも今は後ろを守ってくれる人も、守るべき人もいないんだな。

 寂しいよ、モーリッツ、雷鳴………。


 次に「ジェニファーの部屋」とプレートのかかっている部屋に入る。

 女の子らしいが高級な家具が揃っており、この家の幸せな時間を象徴するみたい。

 ベッドの布団は小さく膨らんでおり、もぞもぞと動いている。

 そのふくらみから、手紙を朗読する声が聞こえる


 「お父さん、ありがとう。

ジェニファーといっしょにいてくれてありがとう。

ジェニファーをいつも見ていてくれてありがとう。

ジェニファーを大好きでいてくれてありがとう」


布団をめくる。

そこに居たのは肉で出来たハニワの様な異形の怪物だった。

それが女の子の服を着ているのである。

女の子?はジェニファーそっくりな声で話しかけてくる。


「あのね、お客さん。

ずっとウチに居てね。

お客さんが居てくれるとジェニファーもここに居られるの。

前のお客さんは、すぐに居なくなっちゃった。

だから、お客さんは………ここで長く生きてね」


そう言うとパジャマを着た女の子の様なモノは、「キャハハハ」と甲高い声をあげて部屋から出て、階段を駆け下りていった。

あたしは、彼女の読んでいた手紙を懐に入れる。


次は………半開きになっててベッドが見える、寝室らしき所に行くことにする。

夫婦の寝室だね。ベッドが2つ並んでいる。いずれ、あたしも………。いやいや。

床は大量の新しい血で濡れている。う~ん、いい匂い。

血だまりの中心には、真っ青な顔をした部屋着の中年女性が立っている。

彼女は脱力した様にうつむきながら、何やらぶつぶつと呟いている。


「何をしているの。

 私をどうするつもりなの。

 生贄ってなんなの。

 許してもらうってなんなの。

 グラーキの黙示録ってなんなの。

 イゴーロナクってなんなの。

 その包丁で何をするつもりなの!?」


 そして突然、絶叫を上げ始めた。ビックリした!

 彼女の体のあちこちに深い傷が出来て、大量の血を吹き出す。

 まるで見えない包丁に刺されているみたい。

 そして彼女は血だまりの床にそのまま倒れてしまう。


 確実に絶命していると、近寄ってみて確信した。

 ところが、調べているとみるみるうちに傷がふさがっていく。

 そして蘇生すると立ち上がって、さっきと同じことを繰り返し始めた。

 何が時々事件の事を思い出すだ。まんま渦中じゃん。


 寝室の壁には、犯人が残した血文字が書かれているが、かすれていて読めない。


 最後に書斎だ。鍵がかかっているけど、そんなのお茶の子さいさいだ。

 うーん、ステレオタイプな寝室。怪しい所がないよ!

 唯一何かあるとすればパソコンかな?パスワードが普選に書いて貼ってあるね。

 不用心だとは思うけど、今の私にはありがたい。


 パソコンの中を「イゴーロナク」で検索すると、こんなものがでてきた。


 【血文字の解読】

 壁の血文字は「グラーキの黙示録」という文書のものだと分かった。

 この一節を呼んだものは、イゴーロナクという神に見初められる。

 だが、この神に祈ってはいけない。イゴーロナクは人に信仰を強要する。

 そして信徒から、死の自由さえ奪う。

 神から逃れるには身代わりを差し出すしかない。

 そうする事でようやく神から逃れられる………。

 そう、人間として死ぬことを許してくれるのだ。


 やっぱイゴーロナクじゃん!あたし、グラーキの黙示録は読んでないよ!

 ともあれ、他にめぼしいものは無さそう。


 「キャハハハ」リビングから声が聞こえてくる。

 あたしは『勘』に従って、リビングに下りて行った。


 3人全員が、食卓に着いているのだ。

 だがまともな格好をしているのはステファンだけ。

 ジェニファーはあの異様な格好で椅子に座って?いる。

 奥さんは幽鬼の様に、席にもつかず呆然としているだけだ。

 それも、血まみれのまま。

 そんな異様な食卓で、ステファンだけが幸せそうにしている。


 ステファンは、私に椅子を勧めながら言う。

「さあ………これが私の愛する家族たちです。

 ただあなたの様な客―――私達の幸せな姿を見て下さる方がいないといけません。

 でないと、この団欒も存在しないのと同じ。

 この家ではそういう事になっているのです。

 それなのに………この前のお客は、何故か長く生きてくれなかった。

 あなたには絶対ここで長く生きて貰います。

 さあ、そこに座ってください」


 ステファンはガムテープ(魔界仕様)と結束バンドを以てこちらに迫って来る。


「ちょっ!ちょっと待ってよ!」

「何でしょう?」

「ねえ、ステファン。あなたこの団欒が本当に普通のものに見えるの?

 奥さんは幽鬼の様になってしまっているし、ジェニファーを見てごらんよ。

 あんな姿で現世においていおくのが、どれだけ冒涜か分からない?

 あなたの団欒は、家族を苦しめるものだよ。

 奥さんなんか、毎日何回も死ぬんだよ!?辛いに決まってる。

 ジェニファーの手紙があるんだ。

 (読み上げる)

 今の彼女には書けないものだろうね。

 奥さんも話さなくなってしまっている。

 わたしにはこの団欒は幽霊の集会所に見えるよ。

 苦しんだ幽霊のね!

 あんた、書斎の文書にイゴーロナクに願ってはならないって書いてるじゃん!」


 ステファンのかおに絶望が浮かんだ。

 本人、どこかでこの歪みに気付いていたのだろう。

 絶叫をあげ、半狂乱となる。

 

 その直後、ステファンの背後にイゴーロナクの住まう地下にあるレンガの壁が現れると、彼はもはや自力では立っていられないかのようにそれに寄りかかる。

 壁からは、じわじわと黒い影のようなものがにじみ出してくる。

 一方、ステファンの肉体は溶けるように薄れて輪郭を失っていく。


 そして、とうとうレンガの壁から現れた、頭のない巨大な肥満体の人型をしたモノの中に吞み込まれてしまうのだ。

 吐き気がする、正気度が削れた証拠だ。

 ここから脱出出来たら病院だね………。


 そんな邪神イゴーロナクが、レンガの壁から一歩足を踏み出した瞬間。

 超常的な見えない力が爆発したかのように、マーロウ邸は大きく揺れた。

 その圧によって、奥さんとジェニファーの亡霊は、砂のように崩れ去った。

 あたしも吹き飛ばされそうになるが、空中でトンボを切って、着地。


 あ!イゴーロナクが顕現した余波でリビングの窓が割れている!

 しかもちゃんと外が見える。『勘』も行けと言っている。

 あたしはダッシュで外に走り出て、学校の方に走り出すのだった。

 前はラキスさんがいたから撃退してもらえたけど、私には無理だもんね!


 急いで―――学校の門の前までテレポートで―――帰り、寮に走る。

 ばたんと扉を開けて「雷鳴!モーリッツ!居る!?」と叫ぶ。

 2人共帰っていた。先ほどまでの経験を記憶球を作り出して共有してもらう。


「大変だったな、ミランダ。探索が得意なミランダの方で良かった」

「先輩、僕でもできます」

「いや、多分、説得っていう選択肢なかったろ、お前」

「う………」


「それはいいから。あの家危険だよ。雷鳴、マーロウ家の主家に言って潰して?」

「わかった、その辺は任せといていいから、お前は病院に行きなさい」

「えう………分かったぁ」


そしてしばらく、1人で(寂しい)入院する羽目になったのだった。

これからはああいうのがあったら、必ずモーリッツを誘おう………


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