第8話 ショゴスと夏休み 前

 あんなことがあったにも関わらず、湖は水着の男女で賑わっている。

 まあ、今の時期、他の場所では味わえないバケーションなのは事実だが。

 今日、俺はまた理事長に呼び出されている。

 正直な所、湖にでも出向いて、女の子の水着を堪能したいのだが………。


 今回はミランダも一緒に呼ばれている。俺だけエスケープする訳にも行かない。

 理事長室の豪華な扉の前で、ミランダが来るのを待った。

 ミランダは、黒いセーラー服で(制服、夏用)俺の前に現れた。悩殺されそうだ。

 わざわざ、人界の流行りをチェックして、ミニスカートにしていたのである。


「ミランダ………変な虫はついてないだろうな?」

「ええ~っ、あたしわかんなぁ~い」

「そこまでは人間の真似はせんでよろしい」

「ちぇ、大丈夫だよ。初等科なんてまだまだお子様なんだから」

「だといいけど、悪魔は早熟だからなぁ」


 そう言いながら、理事長室のドアを叩く。

 秘書さんの誰何の声に答えると、ドアを開けてくれた。

 そこには何故か理事長の隣にモーリッツがいた。

「理事長?なぜモーリッツ君が?」


「彼はね、前回の「クトゥルフに愛された子」事件で、被害を受けただろう?」

「ああー、あたしが助けたやつ?」

 うつ向くモーリッツ。それで合ってるらしい。

「先生それがどうしました?病院の紹介でもしましょうか?」

 俺とミランダも「異空間病院」にしばらく入院した。時戻りで帰って来たけど。


「いや、君達には慰労も兼ねて、人界のキャンプへ行って来て欲しい。川の綺麗ないいキャンプ場でね。モーリッツ君の水恐怖症を無くすには丁度いいだろうし、他は嫌だが、一緒に行くのが君達なら、構わないと言うものでね」

「どうしたんだモーリッツ。ミランダに惚れたのか?」

「だっ、だれがそんなデカい……お…んな」

「マジか」

「嘘ぉ、あんたそんなそぶり無かったじゃん」


「お、恩人としては好きだ!」

「何それ、意味不明。普通に好きだと受け取っておいてあげるよ」

 キャハハ、とミランダは笑う。俺はちょっと複雑だ。

「付き合うなら「血親」である俺を通せよ」


「ゴホンっ、それでは2人共、引き受けてくれたという事でいいかな?」

「はーい!」

「分かりました、キャンプは楽しそうですしね」

「キャンプ用品を買うための人界の費用は、秘書に後ほど請求してくれたまえ」


「よっし、じゃあモーリッツ。キャンプ用品を買いに行こうぜ、人界のホームセンターとか、行ったことがないだろ?!」

 モーリッツは凄くワクワクした顔になる

「ホームセンターってなんですか?」

「人界の身の回り品なら、何でも売ってる店だ」

「行きたいです!」

「あたしも初めて行く!行きたい」

 やれやれ、子供が二人になったな。


「地球に行くから、制限空間だぞ。服装は―――モーリッツはこれを着ろ。半袖半ズボンのセーラー服だ、元は男性の服だから変じゃない。おそろいで可愛いぞ」

「おそろ………いっいえ、雷鳴先輩がそういうのなら!」

「安心しろ、れっきとした制服だ」


 そんなことを言いながら、宇宙を飛行。地球のホームセンター「コーナン」に着く。

「丁度季節みたいだな、あそこがコーナーだ」

「テントってこんなに薄いものなのですね………」

「ねえ、この炭ってもう燃えた後に見えるけど、もっかい燃えるの?」

 などなど、はしゃぐはしゃぐ。


「あっ!雷鳴先輩!僕、これが欲しいです!」

 モーリッツが持ち出してきたのは、タンクとポンプのある凶悪極まりない水鉄砲である。水に進んで触れようとすることは(無自覚だろうが)いいことだな、うん。

「よーし3人分揃えるか!俺と2人で決闘だ!」

 モーリッツはミランダと共闘できると聞いて、ものすごくうれしそうだ。


 後は常識的な道具をうんちく交じりに教えていく。

 言われたキャンプ地は、当然制限空間なのだが、ニジマスがとれる。

 あと市販はされていないけど、ちょっと季節外れだがナラタケも採れる筈。

 昔はニジマスの養殖所もあったようなところだぞ。今のは天然だけど。

 モーリッツが「キノコ図鑑」を持って来たので、一緒に買ってやることにする。


 散々騒いで、持って行くものが決まった。

 モーリッツはまだ、テントの薄さに納得がいってないようなので、寝袋も買った。

 ちっとは安心か?と聞いてみたら、はい、と言われた。目がキラキラしている。

 帰ったら部屋に来い、サバイバルナイフをやるから、と言うと更にキラキラした。


 帰って、モーリッツを部屋にあげるとキョロキョロしている。

「ミランダの部屋でも見せて貰っとくか?」

「いいけど、あたしの部屋は、なんにもないよー?」

 それは事実だ。必要最低限のもの以外何にもない。

 もとの天使は、必要最低限もなかったそうなので、マシになってはいるのだが。


 それでも顔を赤くしつつ、ミランダの部屋を見ていた。

 もう一つ、応接間と俺の部屋以外の部屋を見つけて?となっていたので

「開けていいよ」と言ったら。

 そーっと開けて、目が真ん丸になっていた。

 血のプールにそそりたつ石、そこには精霊の美女。

「あら………いらっしゃい。可愛い坊やは好きよ」

 と言われて「すみませんっ」と扉を閉めていた。


 笑いながら、あれは俺の契約精霊だ、というと納得していた。

「お前、血は嗜むか?」

「悪魔の嗜みですよ?人間の血なら頂きます」

「幼い少女の処女の血だ」

 とカップを人数分持って来て、瓶から注ぎ込むと、いい匂いだと言ってごくりと飲んだ。合格だ、ヴァンパイアに惚れるならこれぐらいでないとな。

「さすがデコーユ家、いい教育だ」


 褒めると、胸を反らすのは可愛げという奴だな。

 モーリッツにヴィクトリノックスの多機能ナイフをやると、色んな機能を引き出してひとつひとつ機能を確認しながら嬉しそうにしていた。

 今回やったのは「ソルジャー」シリーズ。大型な代わり、機能は少なめだ。

 でもノコギリなんかがついていて、サバイバルには便利なものである。


 モーリッツを寮に送り届けて、キャンプを楽しみにしてる、と言っておいた。

「僕もです」とキラキラした眼差し。

 今更だが、後輩からこんな眼差しを受けれるというのも、学園生活のいい所だな。


 キャンプに出掛ける日がやって来た!

 実家に帰っていたモーリッツを迎えに行くと、当主のデコーユ氏からくれぐれも頼むと頭を下げられたので、必ず無事に返します、と宣誓した。

 宣誓の効果で守れないと俺が死ぬので、絶対守ると宣誓したらデコーユ氏はかなりほっとした顔になっていた。自慢の長男だろうからな。


 レンタカーを借りて、買い込んだキャンプ用品を乗せ、ガタゴトと。

 山道を途中まで来ると、キャンプ場へ続く道が姿を現した。

 荷物は全部俺が背負う。『剛力5!』こんなところで教えを使ってどうする?

 だが、年長者と男の意地がある。

 ケープの内側には「血の麦」という血液確保手段も残されているので大丈夫だ。

 1粒でお腹いっぱいの血が取れる麦なのである。


 途中でキノコを発見したモーリッツが、キノコ図鑑を見て騒ぐ。

「先輩!これってナラタケですか?」

「ん~いや、ちょっと形状が違うな。どれ………」

 キノコを縦に割くと、キノコの繊維と違い、ねっとりした果肉状になっている。

 その上、このキノコは、ネズミの死骸の上に生えていた

「ナラタケじゃないな、キノコは、あとで教えるけど、もっと繊維質で、こういう果肉状には普通なってない」


「ああ、モーリッツ、ミランダ、あのキノコを縦に割いてみ?」

「「はーい!」」

「ほら、綺麗な繊維だろ?」

「本当だ!すっと割けます」

「本当だ!これ食べられる?」

「食べられるぞ。サンプルだけ残して、残りはこの(よっこいしょ)籠に入れなさい」


 俺から籠を受け取って、ナラタケを収穫していく二人。

 収穫する時は、最初の一つは必ず割いてみているので、まず間違わないだろう。

 モーリッツもミランダも、大変楽しそうでよろしい。


 ワイワイやりながら、キャンプ予定地点に到着。疲れたが、設営しないと。

「俺はここでテントを立てるが………手伝いたい人?」

「はい!やりたいです!」

「モーリッツ、お前はいい子だなぁ。ミランダ、魚釣りでもしてくるか?」


「ううん、それは後で皆で、私は水鉄砲の練習してくる!」

「あっ………ズルいぞ!」

「お前も行ってきていいぞ。ミランダと遊んでな」

「いえ、俺はここで設営を勉強したいんです!」

「マジでいい子だな、お前」

 と言ったら、モーリッツが真っ赤になったりしつつ、設営は進んだ。


 そうこうしていると、ここより上流のほうから、ガラの悪い一団が下山してきた。

 茶髪にアロハシャツのにーちゃんが、近くにビールの空き缶をポイ捨てする。

 モーリッツが腹を立てて「ポイ捨てするなよ!」と注意する。

 チャラ男が「かんけーねーだろ、このガキがよ」とモーリッツを小突く。


「おい、子供相手に恥ずかしくないのか?」

「なんなんだよ、オメーは」

「保護者だよ、自分のゴミぐらい自分で持ち帰れ」

 そう言うと、背後にいた長髪のニーチャンが

「なんだよ、ウゼェな、なんか俺達に用かい?」

「ごみのポイ捨てなんて、子供の前で恥ずかしくないのか?」


 睨み合っていると、グループの女性らしい人が割って入って来る。

 ケバイ。キャンプに来る格好じゃないだろうそれは。ミュールって。

「まぁまぁ、これからあたし達、バーベキューするけど、あんたたちも来ない?」

「いや、お断りする」

「えー、あんたイケメンじゃん。いいじゃん、来なよ!」

「お断りする………」

 こんな女性がいるというのが残念でならない女性だな。初めてかも。

 そこに割って入ってくれようとした、まともそうな太めの兄ちゃんが居たのだが、

「まぁまぁ………」と言うなり、尖った岩で滑って転んでしまった。


 チャラ男グループはバカ受けだ。何が面白いんだか?

 だが彼を笑いすぎたからなのか、「もういいや、行こうぜ」

 と、チャラ男グループは去って行った。

「フトシ、あんたって何やっても美味しすぎるわぁ~」

 とケバいお姉さんは言っていたが………。


 フトシは俺達に、ごめんね、迷惑かけて。これ釣りすぎたから、おすそ分け。

 そう言って、立派なニジマスを3匹よこして立ち去った。

 チャラ男、長髪、ケバ女、フトシこいつらがご近所なのか。

「関わり合いになりたくありませんね、先輩。何で殴らなかったんですか?」

「俺の氏族のヴァンパイアの戒律で、手を出されるまでは出しちゃダメってかいりつがあるんだよ。だから我慢してた。女が入ってこなけりゃ危なかったが」


「なるほどそうなんですね。ミランダもですか?」

「うん、ミランダもそうだよ」

「ゴミ、缶ゴミですね、俺拾います」

 悪魔なんだよなぁ、こいつ。


 俺は設営を終わらせつつ、ミランダを呼んだ。

「はいはーい、聞こえてたよっと」

 川から上がるミランダ。ウォーターシュートは構えたままだ。

「俺を打つなよ?」

「解放空間なら打つんだけど、ここでは『ドライ』が使えないからねー」


「そういうことだ。後で吐くけど、俺達もナラタケとニジマスは食うからハンティングに行くぞお前たち!どっちに行きたい」

「「両方でーす」」

 しょうがないな、じゃあナラタケから………。


「たくさんとれたね~」

「消化できないなんて、本当ヴァンパイアって不便なんだな」

「俺達は消化できないだけだけど、匂い嗅ぐだけで吐くってやつも多いんだぞ」

「うわぁ、魔帝城でどうしてるんでしょう」

「基本、それ専用のブースにいるよ。俺は動き回るけど」

「さすが、シュトルム大公です!」


「さて、モーリッツ、ミランダ。釣りだぞー」

 ちゃちい竿だがエサをつければこの通り、あっさりと釣れる。

 ………おや?ニジマスを焼く炭が足りないな。

 近所に買いに行くか!

「ちょっと炭買いに行ってくるから、そこは二人に任せた!」

「あ、ちょっと雷鳴!餌付けてよぅ」


「どうせその気になれば自分で出来るだろう?」

 気にせずに俺は下山し、車に乗って量販店へ。

 炭をゲットし―――シーズンだから置いてあっただけみたいだ―――気分良く帰る俺だが、途中の渓谷にかかっていた橋が、俺が通るなり崩れ落ちた。

 嫌な予感がするんだけど………。


「ただいまー帰り道が断たれたぞー」

「えっ、なにそれ?!」

「途中の橋が落ちた。大丈夫だ、歩いてなら上流の橋から脱出できる」

「ならいいけどさぁー。嫌な予感MAXー」

「先輩は大丈夫だったんですか?」

「嫌な『予感』がしたんで、車を早めたら大丈夫だった。あの感じだと、住宅街の近くだし、1~2日で復旧するだろう。人見に来てたし」

「良かった、大したことないんですね」

「大丈夫、大丈夫」


「それより釣りは?」

「ミランダの勝ちです………」

 凄い悔しそうなモーリッツ。

 あんまり取りすぎる訳にもいかないから、ここから巻き返しは無理だな。


「ミランダー魚さばけるか?」

「無理だよ!天使が魚さばかないでしょ?!」

「じゃあ、俺がやるから二人は見学な!」


 俺が器用に魚をさばいてみせると、ほーと声が上がる。

 感心してくれてるようだ………ってなんじゃこりゃあ?!

 魚から、白いヌメヌメしたモノが沢山出てきて、その魚は皮になってしまった。

 するするするーっと意志でもあるかのように、排水溝に流れていく白いもの。

 俺は手に着いたやつを、ぶんぶんと手を振って振り払った。


 それは床に落ちると委縮し、縮んで見えなくなった。乾燥に弱いのか?

 その後、気を付けていたが、他のニジマスにはそんな兆候はなかった。

 こうしてキャンプは気味の悪い始まりを見せたのである。

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