第22話 雲母の気持ち
綾瀬と別れた後、そのまま帰ろうとも思ったがおそらく雲母がまだ園内に残っていると思ったのでお土産屋さんの方向へと足を運んでいた。そして店内に入り雲母の姿が確認できなかったため先に帰ったのかと思って店を出たら、ちょうど出口とは反対の方向に歩いていく雲母の背を見つけてここまで追いかけて来た。
「センセ、先帰ったんじゃないの?」
「先に帰ったのは綾瀬の方だ。俺も帰ろうかと思ったけど、教え子が残ってるしどうせなら合流しようと思ってさ」
「……」
「おい、なんで黙って……うお!?」
俺がそう言った瞬間、俺の胸に向かって頭突きしてきた。割と強めにぶつかられたので結構痛い。だが雲母は俺の胸元に額を当てたまま動こうとしない。
「あの、雲母さん?」
思わず敬語になってしまったが、しばらくすると今度は頬を膨らませながら俺から離れた。だが体が降れなくなっただけでそれでも距離はいつも以上に近い。
「あたし、すごーーーーーーーーく、暇だったんだけど?」
「それは、俺にはしょうがないとしか言えないんだけど」
「ついでに言うと、すごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっく、寂しかったの!」
「それは……ごめん」
ついて来ると言ってくれたのでつい甘えてしまったが、さすがに年下の女の子を内密とはいえ連れてきてずっと一人きりにさせたのは精神的負担が大きかったらしい。様子を見に来て正解だった。
「しかもあたし、ほとんどアトラクションとか乗れてないし」
「やっぱりずっと見てくれてたのか。ありがと」
「ほんとだよもう!」
途中で連絡がなかった期間があったのでもしかして一人で遊んでいるのかとも思ったが、しっかり俺のデートを見守ってくれていたらしい。こういう義理堅いところが、雲母の美点の一つだろう。
何がともあれ、さすがにずっとここに留まっているわけにはいかないよな。
「それじゃ、行くぞ」
「ああうん、まぁそーだね。暗くなっちゃったし、さすがにそろそろ帰……」
「は? 何言ってんだよ。まだ一時間あるんだ。楽しいのはこれからだろ?」
「え?」
そう言って俺は雲母の手を引いてもと来た道を戻る。いきなり手を掴んだのは少しやりすぎかとも思ったし本人も驚いていたが、なんとなくそうしなければならないと思っての行動だった。
「えっと、センセ?」
「アトラクション、乗れてないんだろ? なら今から行くぞ」
「いや、でももうすぐ閉じちゃうんじゃ」
「まだ、一時間残ってる。その一時間でこの遊園地を遊び倒すぞ」
「……はっ、はははっ。なんか色々無茶苦茶だね、センセは」
そう言いつつ、どこか安心しきったような顔で笑う雲母。どうやら少しは元気が戻ったらしい。なら後は、出来るだけ楽しい場所を選ぶだけだ。だがさすがに時間も時間ということで既に終わってしまっているアトラクションもある。だからできるだけ急がねば。
そう思って綾瀬と一緒に行った場所を再び巡ってみるが、そのほとんどが既に閉まっていた。唯一ジェットコースターがまだ残っていたのだが、どうやら雲母が絶叫系NGらしく即却下。金髪ギャルという見た目に反して意外とこういうところはギャップがある。
と、そんなわけで……
「また観覧車に戻ることになるとは」
「遊園地の数あるアトラクションの中で、観覧車に二回乗ろうって思う人はなかなかいないよねー」
だが空いている場所がもうここしか残っていなかったのだ。それに多少高くなるとはいえ絶叫系ではないので雲母もここでいいと言ってくれたため再びゴンドラに乗ることになる。誘導員の人に顔を覚えられていたのか色々怪訝な目で見られてしまった。浮気と思われるのは勘弁願いたいが、空気を読んで追及してこなかったのでとりあえず心の中でお礼を言っておく。
「まさかこんな豪華な遊園地に来て、観覧車が最初で最後のアトラクションになるなんてさ。というか、これってアトラクションではないよね?」
「でも、遊園地の定番みたいなもんだろ?」
「わかってるけどさー、なんかもっとこーシュバっと爽快感があるやつに乗りたかったなって」
文句を言う雲母だが、先ほどまでとは打って変わりやたらとご機嫌だ。しかも向かい合わせに座るのではなくわざわざ隣に座ってくるあたり本当に寂しかったのだろう。俺が綾瀬の隣に座ろうとする者なら蹴飛ばされてしまうだろうしな。
「そういえばさ、センセ。あたし見つかっちゃったんだよね、あの綾瀬さんって人に」
「……はぁ!?」
「只者じゃないよあの人。なんか、全てを見透かされているような気がしたし」
「えっと、マジで?」
再確認するも雲母は瞳を閉じて頷く。どうやら綾瀬には雲母の存在がとっくに露呈していたらしい。もしかしたら最初の電車の時から? もしそうだとするならば、どうして今の今まで俺に何も聞かなかった? 疑問が湧いていくばかりで消えていくことはない。
(いや、考えるのはよそう)
どうせあの女が何を考え何のために動いているのかなんて本人以外の誰にもわからないのだ。解のない問題を解こうとしても時間の無駄だし、あいつの余計な思惑に惑わされるだけだ。
「あとさっきから何気に流してたけど、何で隣に座ってんだよ。こういうの、普通正面に向き合って座るもんだろ」
「そうはいってもさ。いつも塾でセンセは正面じゃなくて隣に座ったりして教えてくれんじゃん。だから、こっちの方が落ち着くなって」
確かにうちの塾は個別指導という方針が採用されているせいで、基本的に生徒の机の横に立ったり座ったりして随時指導することになっている。だから大手の塾みたいに教壇に立つことはなく雲母の横でマンツーマン指導が実現できているのだ。そう考えると、確かに雲母の言葉は道理だ。だが……
「腕まで組む必要ある?」
「いや~あたし実は高所恐怖症で~」
「圧倒的棒読みなのは気のせいか?」
そう言って目を逸らす雲母はどうやら腕を離すつもりはないらしい。そんなこんなで先ほど綾瀬と見た景色をもう一度眺める俺。綺麗な夕焼けが、どこか神秘的な夜景へとこの短時間で変貌している。俺も雲母も、しばらくその景色に目を奪われていた。
「あっ、写真撮ろ」
すると何かを思い出したかのように雲母はおもむろに鞄をまさぐりいつも持っているスマホで景色を撮影していた。しかも器用なことに俺と組んでいる腕は離していない。そして写真を撮り終えた雲母はさらにその写真に何か加工をしていた。
「何してんだ?」
「インスタ用の写真……っし、これでおっけーっと」
そして慣れた手つきで先ほどの写真をインスタに投稿する雲母。いつも圧倒的な頭脳を見せつけられるせいで常人とは違うのかなと思っていたが、こういうところは実に女子高生っぽい。それにしても気のせいかどうかわからないが、今とんでもない数のフォロワーが表示されていたような……
「それよりセンセ、せっかく今はあたしと遊んでんだし、他の女のこと考えるのやめよ?」
「やめるも何も、この話を振ってきたのは雲母な気が……」
「こっ、細かいことは気にしなくていーの!」
そういって改めてぎゅうっとくっついてくる雲母。今日一日中綾瀬に引っ張りまわされたせいで正直振りほどくほどの元気は残っていない。それどころか、少しうとうとしてきた。
やばい、意識が……
「それでさ、センセは結局綾瀬さんのことどう思って……っ!?」
今日のデートを見ていて、少なくとも二人は性格的には馬が合っているのかもと思った。綾瀬さんの真意はどうあれ、きっと気が合うことには変わりない。だからそれを踏まえたうえで、改めてセンセに彼女のことをどう思っているのか問いただそうとしたのだが。
「ちょ、センセ!?」
あたしの肩に頭を乗せてくるセンセ。まるで恋人同士が寄りかかっている構図になってしまい、あたしは思わず尻すぼんでしまう。だが、センセから返答は何もない。だから勇気を出してセンセの顔を見てみると……
「ね、寝てるの?」
よく耳を澄ましてみれば「すーすー」という浅い寝息が聞こえる。きっと普段来ないところで普段あまり関わらない相手と長時間行動を共にしたことでセンセはずっと疲れを溜め込んでしまったのだろう。そしてそれが今になってピークに達したと。
「卑怯すぎっしょ、センセ」
先ほどまで嫉妬したり、不安になったりしていたあたしだが、この寝顔を見るだけでどこか幸せになってしまうのだから不思議だ。写真に収めたいが、そんなことをすればセンセは怒るだろうしきっと目を覚ましてしまうだろう。だから下に降りるまではそっとしておいてあげることにした。
「センセって、女の子を誑し込む才能とかがあるのかもね」
少し意地悪をしたくなったので、そんなことを言いながらセンセの頬をつつく。だがセンセは起きる様子を微塵も見せず、それどころか気持ちよさそうにしている。もう少し攻めた悪戯をしてもバレなそうだ。だから、あたしは……
「これ以上、他の女の子のとこ行かないでよ?」
まぁ、その懸念はまだしばらく続きそうだが。けど、今この瞬間だけはと我儘に。
あたしはそう呟いて、こっそりと彼の頬に口づけをした。
——あとがき——
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