第14話 楓と宮子③
そうしてその日の夜。食事も終え特に課題などやることもないので解散ということになり自分の部屋に戻ったのだが……
「おおっ、現役JKの部屋ぁ!」
「宮子さん、だいぶ気持ち悪い発言ですよ」
「でも、意外と質素?」
「本当に失礼ですよー?」
笑顔で圧を掛けるのだがもはや涼しい顔で受け流すようになった宮子さん。仲が縮まったとプラスに捉えれば良いのだろうか?
「でも本当にいいの? 今夜はカエデを抱き枕にして」
「すでに語弊が生まれてますね。泊めるだけですから泊めるだけ」
「抱き枕……」
「否定した途端に物欲しげな目で私のことを見ないでください」
奏真くんをゲームでボコした後、宮子さんが急に帰るの面倒くしと言い出したのだ。そして奏真くんの部屋に泊まると言い出したので必死に止めた。さすがに年上の大学生とはいえ、付き合ってもいない男女がそんなことをするのはさすがにマズイと判断したからだ。
『じゃあ、カエデの家の子になる』
そんなことを言って私に抱き着いてきたのが数分前の話だ。奏真くんの部屋を出た私は宮子さんが泊まる準備を速攻で整え宮子さんを連れ帰った。あのまま奏真くんの部屋に富めるよりはマシだろうと思いきって決断した。それにせっかくだし、もう少し仲良くなってみたいと思ったのも理由の一つだ。
それに私の周りの人たちって意外と陽キャ的な人が多いので、こういうところで耐性をつけておきたい。そんな邪な考えもあったりするがこれに関しては完璧に内緒だ。
「ほら、着替えがあるならパパッとお風呂に入ってきてください。シャンプーとかが合うかはわかりませんが……」
「大丈夫。私の美貌は一日ケアをサボったくらいじゃ崩れない」
「冗談なのか判別しにくいのがムカつきますね」
実際宮子さんは物凄く整った顔をしており、可愛いと美人のちょうど中間で揺れている印象がある。一日くらいケアを怠ったところで確かにこの美貌は崩れなさそうだ。私だって毎日お肌のケアとかを欠かしていないが、あの境地には一生辿り着きそうにない気がする。どうやったらあんなモチモチすべすべな肌が手に入るんだろう?
「カエデ、一緒にお風呂入ろ?」
「狭いですけど、いいですか?」
「美少女と合法的に密着できるなら些細な問題」
この人、そのうち同性からセクハラとかで訴えられそうだ。そうして私たちは年季の入った浴室へと服を脱いで一緒に入る。
「それにしても驚き。まさか合鍵を渡すほどの仲だったなんて」
「奏真くんから『もし俺が鍵を落とした時用に持ってて』と保険のために渡されたんです」
まさか合鍵を隣人である自分に預けてくるとは思わなかったのであの時は本当に驚いた。それほどの信頼関係を構築できたのか、それともただ単に物の管理を人任せにしているのか微妙なところだ。
「それでカエデ、どうしてソーマのこと好きになったの?」
「ふっ、二人きりだからってガンガン来ますね……」
「女子会みたいなノリは嫌いだけど、囲うのは好き」
「うわー、これ言わないと離れてくれないやつだぁ~」
背中越しに私に抱き着いてくる宮子さん。背中には二つの柔らかい物体が押し付けられむにゅっと潰れており、女の子同士でもドキドキしてしまう。この人、絶対わかっててやってるし。
「べ、別に話してもいいですけど」
「お~パチパチ」
「ぜっ、絶対に奏真くんには言わないでくださいね!」
「大丈夫。こう見えても私は口が堅い」
「本当、約束ですからね!?」
どこまで信用していいのかわからないが、とりあえず誰かに聞いてもらうことで自分の気持ちを改めて確認できるかもしれない。それに私自身、もう一度あの日のことを振り返ってみることで何か新しい発見があるかもしれない。
「そう、あれは……」
色々な事情があって高校二年生から一人暮らしをすることになった私。だが初日に大量のミスを連発し、引っ越し日前に現地入りしてしまうという大ミスをやらかす。しかも財布を荷物と一緒に梱包してしまったため最低限のお金しか持っていなかった。
だから私は一人空しくこれから入居予定の部屋の前で夜を過ごすことを覚悟していたのだが……
『ええっと、君大丈夫?』
彼に、奏真くんに声を掛けられたのだ。すぐに隣人だと察することができたが、この時の私は警戒心がマックスだった。きっと私の心が荒んでいたからだろう。少し会話した後、彼は自分の部屋の中に入っていき会話は終わったと思ったのだが……
『ほら、これあげるよ』
そういって食料を差し出してきた。最初は拒否したがお昼ご飯を抜いていたこともあり空腹感を誤魔化せなかった私は思わずそれを受け取ってしまった。しかもその後差し出された水まで一気に飲み干してしまうというダメっぷり。「いかのおすし」という約束を小学校の頃から守ってきた私だが、この時ばかりはすっかり頭からすっぽ抜けていた。
だが彼に貸しを作ってしまったことにすぐに気づき、何か対価を要求されると思った。お金がないことは事前に伝えているし今すぐには支払えない。すると、身体?
そんな結論に私は至ったのだ。
そうしてほどなくして彼は家の中に上がるように言い出してくる。いつでも逃げ出せるように警戒していたとはいえ、その言葉に素直に従ったのは理由がある。それは純粋に、隣人がどのような人なのか気になったからだ。
少なくとも多分悪い人ではないということは心のどこかで既に分かっていたし、もし手を出されようものなら全力で声を上げて逃げてやろうと覚悟をしていたのだ。だが、そんな覚悟を決めた私の目の前に広がっていたのは……
『その、掃除を手伝ってくれないか?』
今でこそあれは遊びに来た宮子さんが散らかしたものだと分かるが、ごみや漫画が散乱した汚部屋の光景は整理整頓を心がける私にとって衝撃的だった。思わず衝動から掃除をしたいと思ってしまうくらいには。
そうして掃除を終えた私は気づく。私以上に、彼の方が疲労困憊な状態であったこと。おそらくアルバイトなどなどの帰りだと推察した。私のことを招き入れた彼は、倒れてしまいそうなくらいに疲れた顔をしていたのだ。
『ごめん、俺もう寝るからさ。もし寝る場所に困ってたなら部屋の端っこ使っていいよ。押し入れの中に布団があったと思うし好きに使って』
『え、でも……』
『じゃ、おやすみ』
そう言って彼は本当に眠ってしまった。来客がいるとは思えないほどの熟睡っぷりだ。そんな彼のことを見ていると、私まで眠くなってきてしまう。
そうして私は彼の言った通り押し入れを開け、そのまま部屋の隅に布団を敷き一夜を明かした。そうして次の日に朝を迎えた私はハッと気づく。自分がとんでもなく無防備な状態だったことに。しかも彼の方が先に起床して朝の身支度を整えていたのだ。
(もっ、もしかして何かされた!? 触られたり撮られたりとかっ……)
すぐに飛び起き自分の体を見るが特にどこ乱れていないしちゃんと毛布もかぶっていた。この人は本当に私に対して何もしていないとすぐに理解する。そして私は興味本位で彼に尋ねてみた。
『あの、なんで手を出さなかったんですか?』
『……はぁ?』
『……なっ、なんでもないです。今日はありがとうございました。鍵を受け取ってきます!』
なんでこんなことを聞いてしまったのだろうという照れ隠しと共に私は奏真くんの部屋を飛び出た。そして同時に湧き上がってくる感情があった。
——なんか悔しい
どうしてそんな感情に至ったのかは今でもわからない。ただ、少しだけ悔しいと思ったのだ。彼は終始、自分の事を邪な目で見たり変に意識したりすることはなかった。それはすなわち、自分が女として終わっているということを意味している。
それにあの大人の余裕。内心笑われているような気がしてなんだか釈然としない。とにかく、何か納得ができなかった。加えてあの疲れよう。なんだか、物凄く気になってしまう。
その日からだ。私が彼の家で家事などのお手伝いをするようになったのは。最初は恩返しという体だったが、徐々にそれが楽しくなっていった。急な一人暮らしということもあり、もしかしたら寂しかったのかもしれない。
お料理やお掃除を褒めてもらえることなんて今までなかったし、それ以前に奏真くんは優しかったのだ。気が付けば手のかかる兄、もしくは弟といった関係性になっていった。
いや、それ以上に奏真くんのことが放っておけなかったんだと思う。奏真くんはいわゆるダメ人間。一人にしたら健康を崩していつ倒れてしまってもおかしくない。だから面倒を見なければいけないという謎の使命感もあった。我ながら、ダメ男生産機になりかけているのではないかと不安になってならない。
そんな生活が一か月ほど続き、奏真くんとの口調が砕けてきた頃。
『ただいま、楓ちゃん』
『あっ、お帰りなさい奏真くん!』
ただいまとお帰り。家族なら当たり前のやり取りがどこかこそばゆくも嬉しかった。そしてふと気づく。私は、奏真くんのことが好きなのではないかと。
疑問形なのは私自身がこの感情を上手く理解できていないからだ。恋愛なんて今までしたことないし、意識してしまえば彼との関係性が終わってしまう。そんな気がして怖いのだ。
『……好き』
だから私は、そう呟くだけで終わっている。進むことは、たぶんできない……
「え、チョロ」
お風呂から上がった私たちだったが、話を聞き終えた宮子さんが開口一番に放ったのはそんな言葉だった。
「そういう意地悪なこと言うなら今からでも追い出しますよ」
「別にそんなつもりはないけど、でもソーマそんなことしてたんだ」
「はい、おかげであの日は助かりました」
「女子高生を拾うだなんて……もしかしてソーマ、髭でも剃ってた?」
「はい?」
どうやら最近のアニメの話題らしいが、そういう話題には疎いので話にはついて行けそうにない。だが宮子さんは、どこか安心したような様子だった。
「でも、困ってるのを助けるところはソーマらしい」
「根は優しい人ですからね」
「うん、同時にどうしようもないクズっぷりを発揮することがあるけど」
「ですね」
優しいクズほど卑怯な物はないと思う。そしてそれを助長してしまっているのはもしかしたら他でもない私なのかもしれないが。とりあえず私のことは話した。あとは……
「それじゃ、宮子さんと奏真くんのことについて聞きたいです」
「私と、ソーマ?」
「はい、何かあるんですよね?」
キスをしたというところは先程聞いた。だがどうしてそうなったのか。またキスまでしておいてどうして付き合っていないのか。その答えは本人から聞くのが手っ取り早いだろう。
自分が話したのだし宮子さんも話してくれる。そう思っていたのだが
「うふふ、内緒?」
「へ?」
「できる女はミステリアスな雰囲気を纏う。そしてこれもその一環」
「ひ、卑怯ですよぉ!」
どうやら宮子さんは過去について語る気はないらしい。宮子さんについてもう少し知って見たかったのだが残念だ。やっぱこの人ちょっぴりむかつく。
「それよりカエデ、もう遅いし寝よ」
「あっ、もうこんな時間。それじゃあ宮子さんはそちらの布団で」
「カエデを抱き枕にして寝ればいいのね」
「だからどうしてそうなるんですかぁ!?」
そうしてその日は結局同じベッドで宮子さんに抱き枕のような扱いを受けながら寝苦しい夜を過ごすこととなる。次の日の朝、せっかくお風呂に入ったのに二人して汗だくになっていたのだった。
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