彼女なんて欲しくないと呟いたら大学一の美少女に迫られた件 ~でも彼女は俺のことが好きではないようです~

在原ナオ

第1話 彼女なんて欲しくない


「なぁ奏真、お前って彼女つくらねーの?」



 徐々に暖かくなり始めた5月の半ば。大学生活に慣れたであろう一年生たちも落ち着いてきて交友関係も固定化されてきた時期。まだ夏と呼ぶには涼しすぎるこの日差しの中で、運よくテラスの席を取れたと思ったら目の前に座る友人は俺にそんなことを言って来た。



「唐突だな俊太」


「いや、お前って俺と違って意外と女の子の知り合い多いじゃん? それなのに彼女の一つもできないなんて不思議だなーってさ」



 俺にそう尋ねてきたのは一年生の頃からの付き合いである烏丸俊太からすましゅんた。入学してすぐに大学生活で必要なスキルを叩きこまれるゼミナールという授業に振り分けられるのだが、こいつとはそこで知り合って一年以上の仲だ。レポート作成とかではよくお世話してやっている。



「俺たちももう二年生だし、一番楽しい時期じゃん? だからそろそろ女経験の一つや二つくらい……」


「それ、私の前でする話?」



 ホットドリンクを手で包み、そう苦言を呈するのは俺の隣に座っている同じく二年生の少女、桐谷宮子きりやみやこ


 こいつは同じゼミナールに所属していたというわけではなく俺と同じ高校の出身だ。俊太とは俺を通して知り合いよくこの三人でつるむようになっていた。俺はよく『みゃーこ』と呼んでいる。



「でもよぉ桐谷、お前だって友達少ねーじゃん。もう少しこうさぁ、日常に彩りとか欲しいじゃん」


「私、そんな悲観するほど友達少なくない」



 そう言って手で包んでいたカップを口に運ぶ宮子。確かにこいつは俺や俊太と比べ交友関係が広いが、俺たち意外とあまり話さない。たぶん本人的には別に交友関係なんてどうでもいいのだろう。



(くだらないこと聞いてきやがるなぁ)



 俺、冨樫奏真は心の中でそう呟き呆れかえってきた。



「で、それがさっきの質問の理由だと?」


「ああ、最初はお前ら付き合ってるのかなと思って嫉妬しちまってたけど違うみたいだし、だったらそこんとこどーなんだろうって気になってさ」


「「……」」



 俺は一瞬だけ気まずい心境に陥るも、あやふやにすることはなく答えようとする。そもそもずっと前に答えが決まっている事なのではっきりと明言しておく。



「俺はそういうの、今のところは考えてないな」


「マジかよ」


「ああ。というか、別に彼女なんて欲しくない。そもそも恋愛とかあんましたくないんだよ」


「お前、冷めてんなぁ」



 そう言って俺は生協で買ってきた菓子パンをむしゃむしゃと食べ始める。横目で宮子のことを見てみるが、特に反応している素振りはなく気まずい雰囲気に陥ることはない。まぁ、そうだろう。


——あれは俺たちの中で、すでに過ぎ去った過去の事なのだから



「というかちょっと意外だな。お前ってこう、好きになった人にはとことん尽くすタイプに見えるのに」


「交際とはいえ人の人生に責任持ちたくないし、なんならお金がもったいない」


「おお、出たよ奏真のクズ思考が。せめてタイプとかそういうのはないわけ?」


「あー強いて言うなら、養いながらお世話してくれる人が良いかなぁ」


「いや本当にクズだな!?」



 一年生の頃から代わり映えのしないこのやり取りが今の俺にとっての日常だ。二年生になったからと言ってサークルに入ってすらいない俺にとっては特に何かが変わることはないし後輩だってほとんどの奴らとは喋ったこともない。



「それはそうと、お前四限の授業大丈夫なのかよ。確かロシア語がテストなんだろ?」


「……ま、まあ、俺って追い詰められて本領発揮するタイプだし?」


「諦めんなよ」


「というか私、ソーマが烏丸のスケジュールを把握している面倒見の良さに驚きなんだけど」



 なんやかんやで一年ほどこいつの世話をした俺はすっかり世話を焼くことの優越感を覚えてしまっていた。この二人の前期の時間割なら既に脳内にインプットしている。あとテストに関しては二年生でロシア語というそこそこ習得難易度が高そうな言語を履修するこいつも悪いのだが。



「ソーマ、先に次の教室行こ」


「だな」



 ちょうど昼食を食べ終わった俺たちはテラス席から立ち上がる。どうやら俊太は俺たちとの話に夢中になりすぎてあまり食事が進んでいなかったらしい。だが時間もギリギリなのであとで合流することにした。

 そうしてテラスに俊太を置き去りにした俺たちは特に何もこれといった話をすることなく次の教室へと向かうのだった。
























「むーっ、これはマズイ、非常にマズイねぇ」



 先ほどテラスの後ろの席で三人の会話をつい聞いてしまった少女が一人顎に手を当て唸っていた。そのしぐさだけでも人目を惹く彼女は、そんな姿をとっても可憐という一言で周りの男子たちに溜息をつかせていた。



「どうしたの乃愛? そんな唸り声あげるなんて珍しい」


「何でもないよ美月。ほら、時間ギリギリだし急いで食べちゃえ」



 そうして笑顔を振りまく少女、綾瀬乃愛あやせのあは先ほどの三人の会話で頭を悩ませていた。彼があのままでは、自分の願いが成就できないかもしれない……と。それでは非常に困るのだ。もし彼が何も変わらなければ、私は狂ってしまうかもしれない。今でも十分狂っていると自負しているが、それ以上に。



「はぁ、やっぱ私が動くしかないのかなー」


「もう、さっきからぶつぶつぶつぶつ。小言ばっかり言ってるとすぐ皺できちゃうよ?」


「あは、少し黙ろっか美月ぃ」



 そう言って友人を威圧し何もなかったことにする。ムッとして言い返そうとする彼女だったが本当に時間がギリギリだったので急いでフォークにパスタを絡める。注文が遅れたのは乃愛が美月にレポートを見せてもらっていたからなのだが。



(いや、でもあの姿勢でいられるのは本当に困っちゃう。今までは黙って見たたけど、さすがに介入しないと)



 そうして彼女はとある計画を悪戯感覚で思い付き、明日からそれを実行しようと決意する。大学生活に楽しみを見出すことが億劫になってきた彼女にとって、どうなるか非常に気になる思い付き。それに彼女に恥じらいや自尊心というものも一切ない。だからこそすぐに誰も笑えない計画を実行することができるのだ。



「さーて、私の身勝手に付き合ってもらうよ……冨樫奏真くん」











——あとがき——」

作者が忙しいためしばらくは隔日更新です。

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