第13話 夏だ! プールだ! 1

夏休みが始まった。


俺はと言うと、最近は殆ど出来ていなかった剣道の稽古を祖父からそれはそれは厳しく指導を受けていて、

武者小路とあの日交わした遊びに連れていくという約束を一度も果たせないまま夏休みを汗だくで過ごしていた。

「どうした湊、もう終いか?」

「………ゼーゼーゼー…ま、まだまだあ!」

祖父は有段者で、剣道の世界では名の有る人物であり、厳しいことで有名だが幼い頃から稽古をつけて貰っている俺は決して嫌いじゃなかった。


……………………………………………………………


「フゥー、いやぁ疲れた疲れた」

「フン、あれくらいで疲れたなんぞ湊もまだまだじゃな!?」

現在、自宅にある道場の裏で稽古着を上だけはだけて汗を拭いている俺に、そう祖父が厳しい言葉を掛けてきた。

「いやいや、じいちゃんが化物過ぎるんだよ!」

俺と同じく身体を動かしていながら全く疲れを見せない祖父にそう伝えた。

「フン、日頃の鍛練の成果じゃ! 夏休みはまだまだあるんじゃろ?ビシビシ行くから覚悟せいよ湊!」

「うへえ(この妖怪爺め)」

そんな妖怪と会話をしていた時だった、俺のスマホに着信が入ったのは


プルルルルル


「ん? 何だ春樹か………もしもし、どうした?」

電話の相手は春樹であり、何やら後ろから聞き覚えのある目付きの悪い少女の声も聞こえてきた。


『あー、湊か?  "プール行こうぜプール"  今からプール行かないか?  "行くだろ?勿論"  場所は近くの市民プールなんだけど  "別に良いよな? 高杉!"…ーーーうるせぇな!!!』


「わ、分かった行くから、行くから落ち着け春樹、な?」

あの春樹が女子に怒鳴った事に驚いた俺は思わずOKしてしまった。

動いた後のプールはまた疲れるんだが仕方ない。

『ああ、ゴメンな湊。 んじゃ、取り敢えず現地集合って事で俺と芹沢ちゃんは先に行ってるか"早く来いよーー" チッッ!!』


ブツッ_    ツーツーツーツー


「………………武者小路も誘うか…」


いつの間にあんなに仲良くなっていたのか分からない金髪二人組であったが、俺は今年の夏初めて武者小路を遊びに誘うことにしたのだった………。


……………………………………………………………


プル…ピッ!

『湊か!』

「お、おう。ひ、久しぶり武者小路」

何だか今もの凄い早さで電話に出た気がしたのだが…

まさかコイツ、この夏休みの間ずっとスマホと向き合っていた訳じゃあるまいな?

「ず、随分、出るの早いな………」

『い、いやこれはだな、たまたまそう、たまたまだ!別にお前からの誘いを夏休み中ずっと待っていた訳では無いからな!?』

「………」

マジかコイツ………。

いやいや、きっと武者小路もたった1人で寂しかったのだろう………うん。きっとそうだ、思えば俺ももっと早く誘ってやるべきだったんだ。

「あー………武者小路…今日ヒマか?」

『暇だ。今日だけじゃないぞ、ずっっっと暇だ!』

「そ、そうか、じゃあ今からプールにでも行かないか? 春樹達と4人で」

俺は、何だかいたたまれない気持ちになりながら彼女を誘った。

『プ、プールだと? この助兵衛め! ………ん?待てよ4人? 大村は分かるがあと1人は誰だ?』

プールごときで酷い言われようである。

「芹沢だよ。それがどうかしたか?」

『行く! プールだな、分かった準備するからこないだの公園で待ってろ!!』


プツッ_   ツーツーツーツー


「あいつ………あんなキャラだったけ………?」


電話の向こうで話した相手が、初めて会った時と比べてあまりにも印象が違う為、本当に電話の相手は武者小路だったのか通話履歴を確認してしまう俺であった………。


……………………………………………………………


キキーー………ジャッ!!


「待たせたな!」

以前と同じように木の影に隠れながら、公園に自転車を止めて待っていた俺の元に、およそ普通の自転車とは思えないスピードで武者小路が現れた。

「お、おう」

「何だ、何だその顔は折角気合いを入れてきたと言うのに、そのポカンとした顔は? この格好を見て何か誉めるとかないのか?」

「………格好ねえ………」

やはり、気合いと言えば彼女の中ではジャージなのだろうか、前回とは違い上下白のジャージで所々に良く分からない金の刺繍が入っており、良くも悪くもそれを着こなしている武者小路にただただ感心するのみだった。

「似合ってるんじゃないか?」

「お、そうか! 良かった良かった湊もそう思うか? 格好良いだろうコレ!」

俺は、この時の自分の選択をきっと後程激しく後悔することになる…なんだかそんな気がしてならなかった………。


「まあ、取り敢えず行くか?」

「おう!」


夏休みはまだ始まったばかり、俺達は春樹達が待つ市民プールへと自転車を漕ぎ出すのだった。










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