布教 三
ミノタウロスの集落で一晩を明かした翌日、出番は早々にやってきた。
同所がグリフォンの一団から襲撃を受けたのである。
問題の相手スペックについてだが、見た目については当初想定したとおりだった。馬っぽい四足歩行の生き物に翼が生えたような、非常にファンタジーな外見をしていた。サイズ感的にはミノタウロスよりも更に大きい。
全長五メートル以上ある。めっちゃデカい。
建築現場でお仕事をしている建機みたいな大きさ。
村長宅から村の中央にある広場まで足を運んだところで、今まさにバトっているミノタウロスとグリフォンの戦闘シーンを目撃した次第である。どっちも図体がデカいから、見ていて非常に迫力がある。もしも巻き込まれたら、ただでは済むまい。
「頼みましたぞ」
「任せて下さい」
オバちゃんの役割は、ミノタウロスたちのサポートだ。
もう少し具体的に説明すると、空に飛び上がった相手を地上に引きずり降ろす役割。なんでも地上での争いこそ有利に進めるミノタウロスたちだが、相手は自らの不利を悟ると、すぐに空に逃げてしまうのだとか。
結果的に決定打を与えることができなくて、負け越しているとのこと。
数の上ではミノタウロスが勝っているものの、相手はピンチになったら空に飛び上がって休憩に入れるものだから、いつも争いも一方的らしい。しかも、休憩しつつ片手間に魔法など撃ってくるそうな。
実際、今まさに自身の眼の前でもそんな感じで喧嘩は進行している。
ミノタウロスも地上から弓や魔法などを撃ってはいるが、あまり成果は芳しくない。大半は避けられたり、あるいはグリフォンの手前で目に見えない壁のようなものに阻まれて、勢いを失ってしまう。
斧を振り回す腕力や、殴り合いを続ける体力などに関しては、ミノタウロスが優れる一方で、魔法の腕前的にはグリフォンの方が上のようだ。たしかに彼らにしてみれば、相性が悪い相手のようである。
そこでオバちゃんの出番だ。
「信者たちよ、私の力をとくと見るがいいです」
ミノタウロスたちへ一方的に宗教アピールしつつ、飛行魔法を行使する。
対象は空を飛び回るグリフォン。
その肉体を地上に向けて、グイグイと引っ張ってやる。
もしかしたら、空を飛べるモンスターには効果がないかもしれない。なんて思わないでもなかったけれど、幸い効果は抜群だ。十数体からなる一団が、こちらの念じるに応じて、地上に向い真っ逆さまである。
ドスンドスンと次々に落下し始めた。
「信者たちよ、さぁ、今のうちです!」
ここぞとばかりに声を上げて、ミノタウロスを嗾ける。
すると彼らは、うぉおおおお、と賑やかの声を上げて、地上に落ちたグリフォンの下へ我先にと向かっていった。
そこから先は一方的である。
オバちゃんがグリフォンの行動の自由を奪っている都合上、彼らに為す術はない。一方的にミノタウロスからフルボッコである。
決着が着くには、そう時間は掛からなかった。
というよりも、手にした棍棒や斧で一方的に殴りつけるミノタウロスが、あまりにも恐ろしかったので、途中で止めさせて頂いた。
「ちょっと待ちなさい! やりすぎ! やりすぎです!」
グリフォンは血まみれ。息も絶え絶え。
このままリンチを続けて、万が一にも死傷者とかでたら、ミノタウロスと一緒にオバちゃんまでグリフォンたちに恨まれてしまうではないか。そう考えると、まさか放っておく訳にはいかなかった。
宗教を続けていく上で、不用意に敵対組織を作るのはよろしくない。
「なんだ? ニンゲン殿」
「勝敗は決しました。彼らを止めて下さい」
「なんと、あの者たちに味方するのか?」
「私は私が信仰する神の教徒の味方です。そして、あの者たちは未だ、私が信仰する神への是非を伺っておりません。これを自身の耳で確認するまでは、その生命を一方的に散らす訳にはいきません」
「そ、そんなもの、従うに決まっているではないかか。誰だって我が身が惜しいのだ。ただ一言、信仰すると口にすることで救われるというのであれば、誰であろうとも準じるに違いないだろう」
「それならそれで構いません。我らが神の懐に際限はありません。全ての生き物には仕えるべき神を選択する自由があるのです。これを無視して、一方的に命を奪うことは、世界に在らす神々を否定することにも等しい行いでありませんか?」
「…………」
え、マジかよ、みたいな視線で村長から見られた。
たしかに少しばかり、尖っている気がしないでもない発言。しかしながら、こちらは弱小宗教団体。団員も僅か二名。手段を選んでいる場合ではないのだ。手当たり次第になってしまうのは仕方がない。
「……何か不都合がありますか?」
「いや、それはその……」
「集落の方々を止めてはもらえませんか?」
「……わかった」
どうにかこうにか承諾を頂戴した。
おかげで同所での争いは、落ち着きを見せることとなった。
◇ ◆ ◇
そんなこんなで集落の広場にはグリフォンの一団がずらり。
馬みたいな感じで、足を畳んで座っている。
身体の大きな四足歩行の方が一箇所に集まると、なんとも言えない迫力がある。感覚的には駐車場に同型同色の高級外車が沢山並んでいるような感じ。おかげで眺めていて気圧されるのを感じる。
しかし、ここで弱気な姿勢は見せられない。
なんたって布教が懸かっている。
「ニンゲン、村を襲っていたグリフォンどもを集めたぞ」
「ありがとうございます」
グリフォンたちの周りにはミノタウロスが立っている。
一匹たりとも逃すまいと、血塗れの武器を片手に相手を睨みつける様子は、非常におっかない。その中には我らが教徒である二体のミノタウロスの姿も見受けられた。そう言えば、以前の襲撃で母親が怪我をさせられたとか言っていたような気がする。
まあいいや、こっちには関係のないことさ。
「どうしてニンゲンがミノタウロスの集落にいるのだ?」
十数体いるグリフォンのうち、一体が話しかけてきた。
広場に集められた中でも取り分け大きな個体だ。
彼らは首から上が、鷲さながらの造形をしている。くちばし状のお口で言語を介する様子は、見ていて違和感も甚だしい。でもまあ、ここは異世界だし、そういうこともあるだろうの精神で受け入れよう。
「信徒のために赴いたのです」
「……信徒? 信徒とは何のことだ?」
「ここのミノタウロスの集落には、我らが神を信仰する、敬虔なる信徒がおります。その者たちに助けを請われて、こうしてやって来たのです。なんでもグリフォンに村を襲われているのだと」
「先程の魔法はオマエが使ったのか?」
「そのとおりです」
「そんな馬鹿な。ニンゲンの魔法が我らグリフォンを地に落としたのか?」
どうやら自分のような人類が、飛行魔法でグリフォンを落としたり動かしたりすることは、一般的ではないようだ。きっと神様が奮発して、ちょい強めな飛行魔法をプレゼントしてくれたのだろう。
「我らが神より授けられた、信徒を守るための力です」
「…………」
なにこいつ、みたいな視線をグリフォン一同から向けられる。
相手の言わんとすることは理解できるよ。でも、神様から与えられたお仕事的に考えて、他にやりようも浮かばないのだから仕方がない。あまり長引かせても面倒だし、さっさと入信の有無を確認してしまおう。
「貴方たちに訪ねます。どうしてこの集落を襲うのですか?」
「……それを聞いてどうするのだ?」
「私は我らが神の忠実なる使徒です。信徒たちが困っているとあらば、これを見捨てる訳にはいきません。ミノタウロスたちが安心して毎日を過ごせるよう、諍いを解決したいと考えているのです」
「…………」
こちらの言葉を受けて、グリフォンたちは互いに顔を見合わせた。
正直、こちらの森の生態系についてはさっぱりである。食物連鎖の一環ですと言われたら、上手い言葉も浮かばない。ただ、お互いにチームを組んで組織的に争っている以上、食うか食われるか以外に何かしら、事情が存在していると思うのだけれど。
するとややあって、先方の口から言葉が続けられた。
「そこのミノタウロスが、私の妻を寝取ったのが原因なのだ」
「え……」
グリフォンの視線が示す先には、ミノタウロスの集落の村長殿。
思わずぎょっとしてしまった。
これは他のミノタウロスたちも同様であったようで、一様に驚いた様子で彼のことを見つめている。どうやら初耳のようだ。広場に集まった数十体ほどのミノタウロスが、誰一人の例外もなく村長に注目である。
「ち、違うぞ? それは言いがかりだっ!」
「巣から妻が出ていった。家が寂しくなった」
グリフォンは淡々と言葉を続けた。
その寂しげな口調が、聞いていて哀れを誘われる。
「嘘を言うな! あれは相手から誘ってきたんだっ!」
「子供たちも、どこか余所余所しい」
奥さんを寝取られた上に、寝取った相手から一方的にフルボッコとか、もしも事実だとしたら、グリフォンが可愛そうなのどうしよう。村を襲いにやって来たのも、同じ男として分からないでもない。協力している仲間たち、いいヤツらじゃないか。
「おい、だ、黙れっ! 誰かこのグリフォンを黙らせろっ!」
村長は猛って見せるが、その指示に応じるミノタウロスは一体もいない。
これに対してグリフォンの彼は、淡々と言葉を続けてみせる。
「朝帰りをした妻を問い正したら、全てを吐いたのだ」
「だから、そ、それが嘘だと言っているのだっ!」
「妻はオマエに誘惑されたと言っている」
「いいや、それは違う! 先の誘ってきたのはあの女だ!」
「…………」
ところでミノタウロスって、グリフォンで興奮できるんだな。
ヤッた事実は否定していないし、多分、そういうことなのだと思う。元いた世界でも馬に興奮する人たちは一定数いたから、この手の議論は人それぞれと考えて終えるのが、世の中の円満のためには大切な気がする。
これ以上は聞いていても虚しいだけなので、布教に移らせていただこう。
不倫問題については、本人同士で改めて話し合って頂きたし。
「話の途中ですみませんが、私から確認したいことがあります」
「……なんだ、ニンゲン」
グリフォンの一団に声を掛けると、これまでと同様に代表が声を上げた。
奥さんをミノタウロスに寝取られた個体だ。
グループの中で一際大きい個体でもある。
「貴方たちグリフォンには、信仰すべき神が存在していますか?」
「…………」
いきなりな問答であった為か、相手は黙ってしまった。
アポなしで突撃してくる宗教勧誘って、かなり迷惑だと思う。同じことを自分がしていると考えると、申し訳ないと思わないでもない。ただ、こちらにも都合があるので、ここは勢いを持って臨もう。
「……強いて挙げるならば、妻であり、子であり、家庭である」
「…………」
グリフォンって、意外と詩的な生き物なのだな。
もしくはかなりの真面目ちゃんなのか。
「言い方を改めます。我らが信仰する神に従属する意志はありますか?」
「ニンゲンの神に従属すると、我々はどうなるのだ?」
「敬虔なる信徒として、祈りを行う義務を負います。場所はどこでも構いません。毎日一度、我らが神のおわす場所に向い、祈りを捧げて下さい。祈りの方法については、これといって規定はありません。胸の内で念じるだけでも結構です」
「……それだけなのか?」
「それだけです」
「では、その対価として我々は、ニンゲンの神から何を得られるのだ?」
「貴方の妻を寝取ったミノタウロスをボッコボコにする権利を進呈します」
「お、おいっ! ニンゲン、それはどういうことだっ!?」
「……仲間たちと相談する時間が欲しい」
「承知しました」
ミノタウロスの集落の村長が吠えている。
俺は無実だと叫んでいる。
ただ、一連のやり取りを目撃した他のミノタウロスたちは、彼とは少しばかり距離をおいて、ひそひそ話とかしている。息子である我が信徒たちに至っては、まるで汚物を見るような眼差しを向けている。
一方で彼らに囲まれたグリフォンたちは、絶賛作戦会議中。
果たして何を話し合っているのやら。
時間にして数分ほどだろうか。
寝取られグリフォンが改めて声を掛けてきた。
「ニンゲン、先程の提案を受け入れようと思う」
「本当ですか?」
「だが、未来永劫にわたっては不可能だ」
「なるほど」
具体的に期日を求めてくる辺り、信頼できるというか、信用できそうというか、実直な人格を感じさせる生き物である。ミノタウロスの村長の言動を目の当たりにした後だと、特にそう思うよ。
「我々がニンゲンの提案を受け入れるのは、朝と夜の繰り返しが百を数える間だけだ。それでも構わないというのであれば、ニンゲンの言う神を信仰することを承諾する。代わりに先の権利を譲り受けたい」
「そうですね……」
グリフォン一派の信仰をゲットの予感。
おかげで慌てるのがミノタウロスの集落の村長。
「ちょっと待てっ! そのようなことは断じて認められないっ! そもそも先に誘ってきたのは貴様の妻なのだっ! それがどうして、誘われた側が罪に問われなければならないというのだっ!」
あくまでも自分の無実を主張している。
ただまあ、こちらとしてはどっちでも構わない。それよりも重要なのは、彼をグリフォン一派に差し出すという判断が、集落のミノタウロスたちに受け入れられるかどうか、その一点である。
こういう時に便利なのが、二体のミノタウロスの信徒である。
「息子である貴方たちは、村の意見をまとめることができますか?」
オバちゃんは村長の息子である彼らに声を掛けた。
すると、彼らからは想定した通りのお返事が返ってきた。
「オヤジのことは、ちゃんと裁いてもらいたいっスね」
「おふくろの怪我の原因がオヤジの不倫とか、最悪だよな……」
怒り心頭といった様子で父親を見つめている。
居合わせた他のミノタウロスも、おおよそ似たような感じだ。息子たちの判断に対して、そうだそうだと声を上げていらっしゃる。どうやら村長を生贄にすることで、問題は丸く収まりそうだ。
「承知しました」
これは決まったな。
そういうことならば、こちらも遠慮は無用である。
「我らが神は、貴方たちを信徒として迎え入れます」
オバちゃんは声高らかに、グリフォン御一行へお伝えさせて頂いた。
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