布教 二
信徒の案内に従い向かった先は、同じ森にあるミノタウロスたちの集落だ。
腰巻きに斧一本で森の中を彷徨っているくらいだから、文明レベルも低いのだろうと一方的に考えていたけれど、意外としっかりとした村だった。木々を引っこ抜いて開墾した思しき一帯には、数十ばかり木造の住宅が確認できた。
井戸や田畑も随所に見受けられる。
人間のそれと比較しても遜色ない農村の風景だった。
しかも住まっているのは、全長三メートル超のミノタウロスである。どれもこれも巨人サイズ。おかげで訪れた当初、思いっきり圧倒されてしまった。巨人の村、そんなフレーズがしっくりと来る集落であった。
めっちゃビビる。
マジ怖い。
村に一歩を踏み入れて、やっぱり来るんじゃなかったと思った。右を見ても左を見ても、自分の二倍以上あるムキムキマッチョが闊歩している。子供であっても、こちらより大きかったりするから泣きそう。
そうした内心を信徒に悟られないよう、必死に表情を取り繕いつつの入村である。信徒二人に促されるまま、好奇の視線を浴びつつ町の中を歩む。そうして歩くことしばらく、辿り着いた先は村でも一番大きな建物だった。
なんでも村長の家なのだとか。
更に言えば、彼らの両親の家でもあるそうな。
彼らは村の代表の息子だった。
「ニンゲン如きが我々を圧倒したというのが、まず信じられないな」
出会い頭、ミノタウロスの村の代表は、そのようなことを言った。
応接室と思しきフローリングの一室に通されて、座布団的なアイテムの上に腰掛けてのやり取りである。てっきり今晩のオカズ認定された上、問答無用で殴り掛かられるかと考えていたので、普通にお客さんとして迎え入れられた事実にビックリである。
「ちょ、オヤジ、そういうこと言うなってっ!」
「マジでヤバいんだよ、このニンゲンの魔法はっ!」
「それな! 夜が空の上から落ちてくるんだって!」
「あれは死んだと思った。もう朝が来ないと思った」
オバちゃんの隣に腰掛けた信徒たちから即座にフォローが入った。
どことなく詩的な感じの感想が微妙に可愛い。
外見がマッスル全開だから、殊更に思う。
「どれだけ魔法に優れていようと、ニンゲンが我々に敵う訳がないだろう。そして、我々に敵うことがないのなら、我々が苦労している相手に敵うはずもない。お前たちには次期頭領としての自覚があるのか?」
「そういうこと言うんだったら、オヤジも経験してみろよ。森の精霊殿にお願いにいくよりは、こっちの方が安全だろ? そうすれば口利きしてくれるエルフのヤツらにも、迷惑を掛けることがなくなるし」
「そうだよ。このニンゲンの魔法で飛ばされてみたらいいんだ。べ、別に精霊殿のところに行きたくないって訳じゃないのだぜ? ビビってなんかいないんだからな? もちろん、親父殿が代わってくれるっていうなら、譲ってやってもいいけど」
「……そこまで言うなら、いいだろう」
おいおい、ちょっと待ってよ。
当事者であるニンゲンを放って、勝手に話を進めないで頂きたい。だって、相手は村長さんでしょう。集落で一番偉いミノタウロスなんでしょう。そんな相手を空に飛ばしたりとか、後で何を言われるか分かったものじゃない。
あと森の精霊殿って何さ。
「ニンゲン」
「あ、はい」
「こいつらの言葉が本当だというのなら、示してみせろ」
「…………」
別にそこまでして示す必要もないんだけれど。
こっちは善意で足を運んでいるのだ。
でもなんだか、周りの注目が自分に向かっているの、気持ちいい。チヤホヤされているって感じがする。部屋に居合わせた村長や信徒二名の他、部屋の外にも我々の様子を窺うように、数多のミノタウロスたちが詰めかけている。
そうした様子は、まるでアイドルにでもなったかのようだ。
ならばこれに応えることも吝かでもない。
「わかりました」
信徒たちの身内ということだし、より高みを目指して頂こう。
◇ ◆ ◇
村長さんのお宅を発った我々は、村の中央にある広場までやってきた。同所でオバちゃんの飛行魔法をお披露目する運びとなった。対象は他の誰でもない村長さん。周りには他に大勢、村の住民たちの姿が見受けられる。
そして、結論から言うと、彼の反応は信徒たちと完全に同じだった。
流石は血縁だな、なんて感じてしまった。
「夜が……夜が落ちてくる……夜が我々の村に落ちてくるっ……」
どこか呆けた表情で頭上を見上げて、ブツブツと呟いている。
なまじ知能が高いから、こういうことになるのだろう。
山岳部のクマやイノシシなどは、なんら構わず再戦を迫ってくる。地表に叩きつけられて尚も、まるで構わずに突撃してくる。青空の先にある光景とか、まるで気にした様子がなかったもの。
「オ、オヤジ、大丈夫か?」
「しっかりしろよ! まだ今のところ大丈夫だからっ!」
まだって何だよ、と思わないでもないけれど、黙っておこう。
その方が神様への信仰を集めるのに便利である。宗教を広げる為に必要なのは、純粋で素直な信徒たちの存在だ。そう考えると彼らほど好ましい対象はないような気がする。良心が痛むほどのピュアっぷりである。
「どうでしたか?」
それとなく村長に問い掛ける。
すると彼は、ハッとした様子でこちらを振り返った。
息子である信徒たちが、自分たちより頑丈だから問題ないと語っていたので、遠慮なく落とさせて頂いた次第である。そして、たしかに頑丈であった村長さんは、落下して直後、すぐに起き上がってみせた。
お子さんたちと同様、まるでダメージを受けていない。地面に叩きつけられた痛みより、高々度で目撃した光景が、彼にとっては刺激的であったようだ。先方からはすぐにでも、確認の声が向けられた。
「……ニンゲン、あの闇の先には、一体何があるんだ?」
「いや、あの、それは……」
「空は青いモノではなかったのか? どうしてその先の夜が存在している。しかも、大地が、大地が段々と小さくなっていく。あれはなんだ? どうして我々の大地が、夜に包まれるように存在しているのだっ!」
「…………」
牛面でそういうことを聞かれると、ちょっと困る。
思わず適当なことを吹き込みたくなってしまう。
「あの先は高位のドラゴンたちの世界です」
「な、なんと……」
その場のノリで、適当にでっち上げてやったぜ。
ミノタウロスがいるんだから、きっとドラゴンだっているだろう。なんて考えていたのだけれど、相手の反応を見る限り、やっぱり存在しているようだ。見てみたいような、見てみたくないような、そんな複雑なオバちゃん心。
ぶっちゃけこの世界の生き物って、どこまで高度を上げることができるんだろう。翼を羽ばたかせて上昇するのなら、上限は割と見えている。しかし、飛行魔法なる代物が存在する世界観を思うと、割と普通に成層圏を脱出してしまいそう。
現に彼らも高度上昇に伴う気圧差や、温度変化に堪えてみせた。そう考えると恐ろしいまでの耐久力である。こちらの世界の物理法則が違っているのか、はたまた生物としての頑健性が異なっているのか。
考え出すとドツボに嵌りそうなので、ここいらで切り上げておこう。
「……このニンゲンなら、我々の力になるかもしれんな」
「だろ?」
「ほら、俺らの言ったとおりだ」
村長が呟くに応じて、息子二名が囃し立てた。
すると、同所に居合わせた他のミノタウロスからも、おぉっと声が挙がった。図体の大きな彼ら彼女らから声を上げて囃し立てられると、これがなかなか悪い気がしない。まるで自分が偉い人物にでもなったようだ。
おかげでチヤホヤされたい欲が満たされていくのを感じる。
そういうことなら、オバちゃん少し頑張っちゃおうかな。
やっぱり人生って、他人からチヤホヤされてなんぼだよ。人の価値はその人が死ぬ時に涙を流した人の数で決まるとか、よく言うじゃん。あれってチヤホヤの最終形態でしょ。つまりチヤホヤされればされた分だけ、人の価値は上昇するんだ。
もっともっとチヤホヤされたい。
この世で最も多くの事物からチヤホヤされて逝きたい。
故に語ってあげるのさ。
「私にできることなら、貴方たちの力になりましょう」
決まったな。
見た目オバちゃんだけど。
「……うむ、少しばかり話を聞いてもらいたい」
するとミノタウロスの村の村長は、静々と頷いてみせた。
◇ ◆ ◇
再び場所を移すこと、村長宅の応接室。
先ほどにも訪れたフローリングの一室に通されて、これまた同様に座布団的なアイテムの上に腰掛けてのお喋り。顔を向き合わせているのは、先程空に打ち上げた町長と、彼らの息子だという信徒二名。
「グリフォン?」
「うむ」
町長の口から聞かされたのは、これまたファンタジーな単語である。
「かの者たちは、ここからほど近い場所に集落を構えているのだが、ここしばらく関係が緊迫している。つい先日にはこの者たちの母親が襲われて、怪我をしてしまった。どうかこれを収めるのに、力となってはもらえないか?」
この者たちとは、信徒となったミノタウロス二体を指してのことだ。
思い起こせば以前、おふくろの怪我がどうのと語っていた。その犯人はグリフォンなる生き物のようである。こちらの世界へ訪れる以前には、様々なゲームで相手をした覚えがあるので、なんとなくシルエットくらいは想像がつく。
「なるほど」
「あの者たちは翼を持って、空を自由に飛び回ることができる。一方で我々はこの通り、地上に生きている。真正面からぶつかりあったのなら、決して負けるとは思わない。しかし、地の利というのもまた大きな要因なのだ」
「それで私の魔法が力になると考えたのですか」
「うむ、そうだ」
どうやらミノタウロスたちは、オバちゃんの飛行魔法をご所望のようだ。彼らの言うグリフォンが、こちらの知っているグリフォンと同じであるのなら、その訴えは分からないでもない。きっと役に立てる、とも思う。
「愛すべき信徒の頼み、まさか断れる筈もありません」
「お、おぉ、受けてもらえるか?」
「はい」
ところで、こちらのお宅は全てがミノタウロスサイズなので、人類にとっては大き過ぎる座布団がいい感じだ。面積も厚みも申し分ない。フカフカである。落ち着けたお尻の具合が非常によろしい。
これ、少しばかり頂戴したりできないだろうか。
当面の寝具として利用できそうな気がする。
イケメン商人のザックが持たせてくれた装備は、土壇場で用意されたものとあって、必要最低限に留まる。現代日本の快適なベッドに慣れた身の上には、申し訳ないが不安を感じざるを得ない。
だから、ミノタウロスの座布団、欲しい。
「ですが私には、神の教えを広げるという絶対の目的があります。これを差し置いて、貴方たちに無償で協力するという訳にはいきません。私の時間という価値に対して、相応の対価を支払っていただきたく思います」
「条件を教えて欲しい」
「こちらの座布団を二、三枚ほど、頂戴できませんか?」
サイズ的に二枚もあればマットとして十分機能する。
もしも三枚目が頂戴できたら、掛け布団として利用しようかな。
「……座布団?」
「なるべく新しいほうがいいですね。ふかふかしていると尚良いです。ああ、それと使用に差し当たって汚れたりするでしょうから、定期的に洗濯して頂きたい。これを私がこの森で活動している間、こちらの村から提供して下さい」
いわゆるリース契約だ。
これでベッドの心配はなくなる。
彼らが貨幣経済を営んでいるとは思えないし、仮に営んでいたとしても、それが人間社会で通用するとも思えない。そうなると必然的に報酬は物々交換。そして、差し当たり直近で必要なのは、毎夜お世話となる寝具である。
「…………」
「どうしました?」
「い、いや、なんでもない」
やはり、期間は明確に区切ったほうがいいだろうか。学生の頃、寝具一式のリース契約を結んでいた覚えがある。シーツや枕カバーの月イチでの取り替えも含めて、毎年、二、三万円くらい取られていた気がする。それを永年となると、躊躇は仕方がない。
こちらの世界の文明レベルでは、織物はそれなりの高級品と思われる。町で確認した限りだが、衣服を筆頭として、生地モノは結構なお値段であった。穴の空いた中古のズボンが、意外といいお値段で流通していた。
仮に元の世界の貨幣価値に対してゼロ一桁とすると、年間二、三十万。これを無期限で永年契約となると、飛行魔法でグリフォンなる生き物を上げ下げする費用としては、なかなか贅沢な交渉と思われる。
だが、ここで弱気を見せる訳にはいかない。
椅子とベッドは我々人間が最も長い間、その身体を預けるものだ。これをケチるなど言語道断である。ベッドマットを安物にして椎間板ヘルニアを喰らった身の上としては、こればかりは妥協できない。
腰が少し下がった状態で寝続けることのヤバさ、声を大にして叫びたい。
「いかがですか?」
「念のために確認するが、ニンゲン、本当にそれで構わないのだな?」
「ええ、問題ありません」
「承知した。そちらの条件を全面的に呑ませてもらおう」
「素晴らしい。神も貴方の判断を好ましく思っていますよ、町長殿」
「……本人がそのように言うのなら、こちらは素直に頷くばかりだ」
予期せず当面の寝具をゲットの予感である。
めっちゃ嬉しいんだけど。
ベッドのグレードが一気に上昇したぞ。
「それと本日は、我が家に泊まっていくといい。教祖殿よ」
「なんと、よろしいのですか?」
「そちらがよろしければ、ではあるが」
「でしたら、お言葉に甘えさせて頂きたく思います」
神様の遺跡は勇者様たちに所在が知れているから、いまいち不安である。お誘いを受けたとあっては、是非ともお泊りさせて頂きたい。いつ何時彼らの襲撃があるとも知れない彼の地での寝起きは、安眠の妨げとなることだろう。
「部屋を用意しよう。こちらへ付いてくるといい」
「ありがとうございます」
これ幸いと、オバちゃんは町長の後に続いた。
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