第16話 偉そうな人
服従の魔法、同調の魔法。この二つは、独房の中から外の状況を確認するために必須の魔法だ。
このうち服従の魔法はあてがあるが、同調は無い。
「いい加減節約しないとなぁ」
その日も、ボクは愚痴りながら鳥のチャドを操って、付近の様子を調べる。
天気がよくてチャドも気分がいいようだ。ボクが操っているので気を抜いているのがわかる。きっとボクが操るのを止めると、チャドは寝ぼけ眼で落下しそうだ。
「図書室の魔道書にも無かったしなぁ」
パタパタとチャドを羽ばたかせながら、図書館にあった魔道書に思いをはせる。
魔道書を差し入れしてもらったが、そこには大した魔法は載っていなかった。囚人も自由に読める図書室にあった魔道書だから当然だけれど、残念な話だ。
「洗濯の魔法に、散髪魔法に……」
考え事しながら鳥を飛ばしていると、視界がカッと真っ白になった。
何事?
ちょっとした焦りのあとで、独房の一室から光が照射されていることに気がつく。
光は独房の中から採光窓ごしに照射されていた。
悪戯かとも思ったが、念の為に調べることにした。
「あれは合図だ。危害は加えない、話がある。あれは合図だ。危害は加えない……」
光による攻撃があった採光窓に近づくと、中から繰り返しの声が聞こえた。
どうやら、あの光は悪戯などではなく、ボクを呼び寄せる為の手段らしい。
「確か、あの部屋はちょっと偉い人が泊まってるんだよな」
前に偵察したときの事を思い出す。
独房にいる人間で唯一、服の交換がおこなわれていた人だ。以前の偵察のときは無気力だったが、あれはスライムもどきのローベが原因だったのだろう。
偉い人のいる独房の採光窓にチャドをとめて様子をみることにする。
「来たか」
独房にいる男が低い声で言った。
白髪交じりの焦げ茶色の長髪をした初老の男。彫りの深い顔に、深く刻まれた眉間の皺。見るからに偉そうな人だ。
しかも綺麗な服を着ている。ボクのように着古したローブとは大違いだ。
彼は手に水の入ったツボを抱えていた。どうやら水の反射を利用して、光の合図をこちらに寄こしていたらしい。
「カァ」
操っているといえど人の言葉がしゃべれるわけでは無い。間抜けに鳴くだけだ。これで分かってくれればいいけれど、理解できなきゃ、鳥がアホな声で鳴いているだけだよな。
「一つ、頼みがある。賢者……いやラザムの弟子と言ったほうがいいかな?」
あれ? このおじさん……ボクの事を知っているのか。
とりあえず頷くことにする。
「うむ。先にネタばらしをしよう。服従と同調、2つの魔法を併用して獣を操る術……それができるのはラザムの弟子だけだ。理屈はわかる、両方の魔法をつかえる、それだけではダメなのだ。何かあるのだろう? 秘密が?」
秘密? 何の事だろう。普通に2つ使えばいいだけの話の気がする。
ということで首を横に振る。
「んん? フッ、私を試すか。私は十分に研鑽を積んだ。私の足元を見たまえ。服従と同調の魔法陣だ。こうやってそらんじて魔法陣を書けるほど修練を積んだ。それでも使えぬのだよ」
二ヤリと笑った男が、つま先で地面を指し示した。
そこには2つの魔法陣が描いてある。石か何かで、床にひっかいて書いたようだ。それにしても、これ、本当に服従と同調の魔法陣だ。
あの複雑な魔法陣を憶えているってのが凄すぎる。
「カァ」
ボクは思わず感嘆の声をあげた。
それは二つの意味で。一つは魔法陣を何も見ずに描くという力量。もう一つは、説明のためだけに複雑な魔法陣を描いてみせる、その根性。
ピンと伸ばした背筋と、真面目そのものの表情から、自信と確固たる自分が醸し出されているが、その外見は伊達では無いらしい。
「さて、話を戻したい。頼みがある。私は手紙を出したい。故に協力を願う」
「カァ」
「私は無実だ。そして証明することもできる。手紙を送るだけで、私はここを出る事が可能だ。もちろん対価は払う。貴方の罪の軽減に手を貸そう」
「カァ」
「うむ。頼んだぞ」
ボクの適当な相づちに、彼は満足げに頷く。
受けるとは答えたつもりは無いけれど……断る理由も無いか。もっとも紙のあてもペンのあても、手紙を出すあてもないけれど。クリエに相談してみようかな。
「時間が無いかもしれぬ。私は急いでいるのだ」
再び男が語り始めた。
「私はずっと悪夢を見ていた。正気に戻ったのは最近だ」
「カァ」
スライムもどきローベが原因だな。
あの戦い以降、他の個体は出現していない。あれ一体だけと考えてもいいかもしれない。
「そして監獄の者に聞いたところ1年が過ぎていた。また悪夢に戻るかもしれぬ。故に急いでいる。頼むぞ」
そして男が頭を下げた。
でも紙とペンがあれば、服従と同調の魔法陣が手に入る。これはボクにとってもチャンスだ。
やっぱりクリエに相談……しかし、巻き込みたくないな。差し入れが禁止されている品物だったら断るかな。
「あぁ、すまない。名乗り忘れていた。スティミス伯爵領法務長官……いや元法務長官か、ウルグ・ロゲイゴである。以後、よろしく」
一通りの話を聞いて、飛び立とうと翼を広げた瞬間、彼はお辞儀して名乗った。
スティミス伯爵領か。国を実質的に支配している3公8伯の一角。大領地のお偉いさんか。
恩を売っておいて悪くない。紙とペンはなんとかなりそうだし、やってみるか。
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