第48話 長い夜の終わりに

 アマンダの街の外れに小さな小屋があった。

 窓のない石造りの建物の唯一の出入り口には重そうな扉があり、ものものしく錠がかかっている。

 しかしオルガマリーが持っていた針を鍵穴に刺してガチャガチャといじくり回すとものの数十秒で解錠した。


「こそ泥みたいだけど、大丈夫か?」

「元々鍵を造っていないだけだ。落としたり盗まれると面倒だからな」

「杜撰なのか強固なのか分からないセキュリティだな」


 今、俺とシンシアはオルガマリーと共に行動している。

 ノリノリで大見得切ったところで拒否られたら目も当てられなかったが、そうはならず。

 彼女は買い占めたカタリストの隠し場所に俺たちを案内してくれている。



 小屋の中は土間になってた。

 棚に化粧箱があるがこれはダミー。

 壁際に置かれた台車の下を掘り返すと米俵くらいある大きな壺が出てきた。


「これが掻き集めたカタリストだ。だいたい8000万ぐらいかかったかな」


 中のブツを手に取り、スマホのライトで照らしてみた。ザラメ程度の大きさの白い半透明な粒だった。

 覗き込んだシンシアはニヤリと笑い、


「お上物ですわね。これなら今まで以上の効率で物質変換が行えますわ」

「そうなのか? 粒が大きいから粗悪品なのかと思った」


 ローゼンハイムの工房で手に入れたカタリストは粗塩くらいの粒だった。

 素人考えではきめ細やかな粒の方が良いものの気がする。


「甘いお方ですこと。ミ○のように甘いですわ」

「この世界の人間には伝わらねえだろうな」


 勝ち誇るかのように胸を張ってシンシアは語る。


「元々、カタリストというのはとあるマジックアイテムを作る過程で産まれた副産物ですの。大きければ大きいほど、そのマジックアイテムに近い出来ということですわ」


 そのマジックアイテムはなんなんだ?

 と尋ねるより先に、


「【賢者の石】だろう。古代錬金術の到達点にして究極の魔力炉」


 オルガマリーが口を挟んできた。

 するとシンシアは動揺したのか顔を少し引き攣らせていた。


「賢者の石? 魔力炉?」


 首を傾げる俺にオルガマリーは自慢げに解説する。


「強力な魔術や原理を超越する魔術はそれだけ魔力消費量が激しい。一人の人間の魔力には限界があるから『人類に過ぎたる魔術』として理論上しか存在しない魔術が古代にはたくさんあった。そこで錬金術師たちは外付けの魔力を使うことで足りない魔力を補うことを考えたのさ」

「それが魔力炉……じゃあ、もしかしてシンシアの物質変換はすごい量の魔力を消費しているのか?」


 俺がシンシアの方を向くと目を細めたドヤ顔で笑っていた。腹立つ。


「いや、現代の魔術は古代の魔術に比べて遥かに魔力の消費量が少ないんだ。術式を組んで効率的に魔力を魔術に変換する方法が取られ始めたのが現代魔術の興りであり、強力な魔術を使うために膨大な魔力量を欲した古代魔術は時代の流れと共に衰退し実用性が失われた。ローゼンハイム卿の主な研究は失われた古代魔術を現代魔術として再現するということだった。多分、シンシア嬢が使っている物質変換は現代魔術の範疇だろう」

「だとしたら……シンシア以外にも使える可能性があるのか?」

「そこまでは解読できなかった。だが、術式を扱うのも生来の相性やセンスが関係する。仮にローゼンハイム卿がそこまで理論を確立できていたとしても生前に実践してくれたのはシンシアだけなんだろう。だから、養女として迎え入れ————」

「養女!?」

「ほへ?」


 その言葉に俺とシンシアが同時に反応すると、オルガマリーは唇を噛んだ。


「いや、忘れてくれ。君の兄が嫉妬のあまり漏らした妄言の類だろう」


 無理矢理なごまかしだがシンシアはそれ以上追求することなく手に入れたカタリストの煌めきにご満悦のようだった。




 台車にカタリストの入った壺を載せた俺は夜の闇に紛れてエルドランダーに持っていくことにした。


「もうこの街には用がない。さっさとズラかろうぜ」

「オホホホ、アンゴさんったら盗賊のようでしてよ」

「ついでに海賊にでもなっちまうか。そうしたら海の向こうへとおさらばできる」


 俺とシンシアが軽口を交わし合っていた。

 それをオルガマリーは見つめて、


「良いな……」


 と小さく呟いた。

 俺は彼女の肩を抱きよせて、


「羨ましがらなくてもお前はお前で可愛がってやるって。シンシアを寝かしつけたらあの続きを————」

「オルガだ」

「ん?」


 オルガマリーがニコリと笑う。

 初めてみた穏やかな笑みだ。


「オルガマリーだなんてわざわざ全部呼ぶ奴はいない。オルガと呼んで」

「分かったよ、オルガ。で、あの続きを————」

「やれやれ、お前はそればかりだな」

「えっ……もしかして、俺って弄ばれていたの? ヒドイっ」


 ヨヨヨ、と泣くそぶりをするとオルガは苦笑する。


「フフ、じゃあお前たちは先に向かってくれ。私は荷物をまとめなきゃいけないからな」

「エルドランダーの場所知ってるのか?」

「私は猟犬だぞ。お前達がいるところなんてすぐ見つけられる。まあ、心配だというなら」


 オルガは俺のポケットに何やら紙を突っ込んだ。


「この紙に書いてある場所で合流しよう。もっとも夜明けまでには追いつくから一寝入りしておくといい」


 そう言ってオルガは夜の闇に消えていった。




 その後、エルドランダーに荷物を運び終えた俺たちは緊張の糸が切れて爆睡した。


 目を覚ます頃にはエルドランダーのキャビンには朝の光が差し込んでいた。


「エルドランダー。女が近くに来ていなかったか? 金髪でスゴい美人の女」

『いいえ。周囲に人の接近はありませんでした。もしかしてマスターの妄想の産物では?』

「都合の良い夢を見てたっていうのも納得だがな」


 最後まで致せなかったとはいえ、ハリウッドスターも顔負けの豪奢な美女と甘い時間を過ごしたのは得難い体験だった。

 それにこれからは何度でもそういう機会はあるだろう。

 やるべきこととやりたいことが繋がってるって実に素晴らしい。

 どれ、迎えに行ってやるかな。


 俺はポケットに入れられた紙を引っ張り出す。

 恋人未満の女友達からのメッセージを開くようにワクワクした気分だった。


 しかしそれは急転し、足下が崩れ去るような感覚に変わる。




「すまない。やはり私は行けない。グレゴリー家に戻る」




 オルガの鎖はまだ繋がれたままだ。

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