第47話 宇佐美安吾は腹をくくる

「————なるほどな。ようやく合点がいった。そのエルドランダーとかいうのは古代の超兵器で動力の源を生成するためにシンシア嬢の力を使っている。シンシア嬢は自分の力を悪用されたくないからアンゴと一緒に逃げたい。お前たちは共生関係というわけか」


 事情を説明するとオルガマリーはちゃんと聞いてくれた。

 異世界云々という話は誤魔化した。

 一気に胡散臭くなるし、俺自身の知名度を上げかねないことは避けたいしな。


「そう。だから見逃してくれないかな? シンシアの力は悪用すれば災いの種となる。この娘を道具のように使い潰されるのは嫌だ。彼女は仲間だが、一番最初に救いたいと思った人なんだよ」

「アンゴさん……先ほどまで言葉巧みに女性をだまくらかそうとしていたとは思えないですわ」

「お黙りシンシア」


 どこか気の抜けた俺たち。

 一方、オルガマリーは眉間を親指で押さえながら重々しく告げる。


「アンゴの気持ちは分かった。だが、私も引き下がるわけにはいかない。主命を無視したとなれば私の運命が剥奪されかねないからな」


 そう言って立ちあがろうと腰を浮かすオルガマリー。

 ピリリと緊張が走る。

 彼女が本気でシンシアを奪いにかかったら俺では止められない。


「そんなにその運命が大事か? あんたならもっとマトモに、血生臭いことをやらずに幸せに生きていけると思うぜ」

「生憎だがそういうわけにはいかないんだ。私は本来牢獄に繋がれているべき罪人だからな。エドワード様の庇護がなければ適当な理由をつけて再び投獄される。あそこの暮らしに比べれば今なんて天国みたいなものさ。主人は悪党だと思うがこれでも感謝しているし、それなりの忠節もある」


 覚悟決まってるかんじだな。

 レパント辺境伯の屋敷であてがわれたメアリのことを思い出す。

 この世界の人間はどんなに悲惨でも自分の運命を受け入れがちだ。

 宗教によって形成された価値観なんだろうが現代人の俺には納得しがたい。


 自業自得だろうが因果応報だろうが自分に危険や不利益が及ぶなら、醜く抵抗して救いを求めるのが人間らしさってもんだろ。


 そうやって助けを乞うてくれれば俺は————


「あのー……ちょっといいかしら? オルガマリーさん?」


 シンシアが後退りしながら声を上げる。

 オルガマリーは努めて冷たく言葉を返す。


「悪いが、私には何の権限もない。君がひどい仕打ちを受けると分かっていても主人の元に連れ帰る以外にない」

「そ、それはおかしいですわ! どうして、それしかないと決めつけていますの!?」


 ビクリ、とオルガマリーが面食らったように目を丸くした。


「決めつけている?」

「そう、そうですわ! あなたはそんなにお綺麗で頭も回って能力もある! 私があなたなら悪党の主人になんて仕えませんわ! いえ! 私のままでも仕えません! このままさらわれてもカタリストを火薬に変換してお屋敷ごとブッ飛ばしてやりますわよ!!」


 ハッタリ……じゃないな。

 コイツならやりかねない。


 前言撤回だ。

 この世界の人間だってタガが外れりゃこんなもんだ。

 だけど俺はそういうしぶとさこそ人間らしいと思うよ。


 腹括るか。


「お嬢さまの自爆ショーは置いといて」

「見せ物呼ばわりはやめてくださいまし!」

「選択肢がないってのは早計だな。獲物を追いかけている時しか頭が回らないのか? グレゴリー家の犬コロは」


 俺の挑発的な言い草にカチンときたらしく眉を顰めるオルガマリー。


「いい気なものだな。貴様なんてたまたま古代兵器を拾わなければ凡夫に過ぎんくせに」

「凡夫でもクソみたいな上司をぶん殴ってあこぎな商売している会社を辞めてるんだからあんたよりマシさ。そんなに自分で人生を決めるのが怖いなら————」


 俺はオルガマリーの顎を掴んで囁く。


「俺に守護まもられちまえよ」


 俺の手を振り払おうとした彼女の手は宙で静止した。


「エルドランダーならアンタが逃亡したことがバレる前に何千キロでも逃げられる。アンタのご主人のせいでこの大陸が居心地悪くなったからな。この辺で外国に高飛びしようと思ってたところだ」


 な? とシンシアに同意を求めると彼女はブンブンと首を縦に振る。


「ついてこいよ。マリーさ……いやオルガマリー」


 まっすぐ目を見つめると彼女は頬を赤らめて瞳を潤ませた。


「……私から運命を奪うのか?」

「そんなもん捨てても良いんだよ。俺がお前の運命の人だ」


 オルガマリーは危険な追跡者。

 と同時に運命に振り回された哀れな女性だ。

 強い女だから助けなくていい、なんて考え方は大嫌いだ。



「俺にお前を救わせろ。オルガマリー」

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