第27話 ランスロットの企み

 進化したエルドランダーの乗り心地は快適だった。

 タイヤが太く大きくなったことで車体が安定したのか揺れは少なくなり、騒音もほとんど気にならない。

 キャビンも少し広くなり、備蓄の食糧や家電製品はそのままで備え付けのテーブルや棚がしっかりとした作りのものに変わっている。


 道中、大きなヘラジカのようなモンスターに遭遇したが難なく跳ね飛ばし、経験値を獲得した。


「これに兵士を詰めて、敵の本拠地に突っ込ませた気分爽快だろうなー」


 今のエルドランダーは運転席が真ん中で助手席が左右にある三列式の運転席になっている。

 広くなったから窮屈感はないがランスロットの物騒なボヤキが聴こえてくるのは心臓に悪い。


「本当にこれっきりだからな。そんな決死行に付き合わせないでくれ」


 釘を刺すように俺は懇願する。

 いくらパワーアップしたからといって勇者だなんて危険に飛び込むのを生業にしている奴と旅するなんてゴメンだ。


「大丈夫だって。このエルドランダーならアンタらに危険なことなんて起こりやしないよ。それに俺が付き合ってほしいのは道中だけだ。目的地に着いたら宿でゴロゴロするなり、酒場で飲んだくれるなり好きにしな」

「ふぅん……で、その目的地ってどういうところだ?」


 俺が尋ねるとランスロットは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて語り始める。


「レパント辺境伯領。俺の姉さんの嫁ぎ先だ」

「あら、ランスロットさん。姉君がいらっしゃったの」

「まーね。元々、我が家は騎士爵だったんだ。姉二人と妹三人がいるが男児は俺だけだった。俺が【運命】を自覚し、国に知らせたことで我が家の家格は爆上がり。一応騎士だから平民というわけでもないし、嫁をもらっても面子が潰れないってことでウチの姉妹は国中から求婚者が群がったよ。貴族はもちろん、王族なんかもね。レパント辺境伯も二代前の正室が国王の妹で王家の血を引いている。その上、王国の北方守護を司る重臣の一人だ」

「いいですわねー……上り調子のお家のお姫様は! 没落寸前貴族の我が身には羨ましい限りですわ〜」


 シンシアが羨むとランスロットは鼻高々といったドヤ顔で応える。


「ま、そういうわけだから二人はエルドランダーを置いたら賓客待遇を満喫してよ! 勇者様であり領主の義弟の連れなんだから!」


 その言葉に俺は悠々自適なリゾート暮らしを夢想した。

 多分シンシアもそうだ。

 ぽけーっ、と浮かれた顔で宙を見上げているし。

 ランスロットも姉に会えることが楽しみなのか、カーステレオから流れる夏の定番ナンバーのリズムに合わせて指で窓枠を叩いている。


 平和で楽しげなドライブだった。

 青空の向こうに黒い霧みたいなものが見えるまでは————




 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!


「きゃー! きゃー! クッソ気持ち悪いですわー!!」

「ちくしょう! ワイパー速度最速! ウォッシャー液発射って……シンシアに飲んでもらう分は残さないとな」

「またヤバいもの飲ませるおつもりですのー!!」


 俺とシンシアがパニックになっているのを尻目にランスロットはキャビンでくつろぎながら、


「すごいな、なんともないぜ! さすがエルドランダー。俺の見立てに間違いなかった」


 などとのたまう。

 するとエルドランダーが不機嫌を隠さず、


『なんともなくありませんよ。グリル、ホイールの隙間、通気口。ありとあらゆる穴にコイツらが詰まって酷い有様です』


 とランスロットを責める。

 エルドランダーがコイツらと言ったのは、ピーナッツほどの大きさのハエだった。

 それが何万、何十万となってこのエルドランダーに襲いかかってきている。

 当然、エルドランダーの気密性はハエの侵入など許しはしないが窓を覆い尽くされては視界がなくなる。



「学名は知らないけど、コイツらのことを知っている奴らはこう呼ぶ。『ウジドクバエ』。動物の体を好んで食べ、その唾液は致死性の毒液。大量発生すると空を覆い尽くすほどの群れとなり奴らが通った後は骨も残らない」

「そんな解説! なんのお役にも立ちませんわーーー!!」

「お前こうなること分かってて俺たちを利用しやがったなぁーっ!!」


 俺とシンシアが怒声を飛ばしてもランスロットはどこ吹く風といった表情で換気扇からハエが侵入してこないように見張っているだけだ。


 ランスロットであろうと鎧の隙間に滑り込んできそうな小さな蝿の群れ相手に1匹とて触れられずに切り抜けるのは難しい。

 馬車を使っても馬が食われてしまい立ち往生だ。

 彼にとってのエルドランダーはまさに渡りに船の存在なのだったんだろう。


『マスター。そろそろ我慢の限界です……』

「なに!? まさか、ハエに侵入されそうなのか!?」


 エルドランダーの弱音にうろたえる俺だったが、


『いいえ。これ以上汚い虫どもに新しくなった車体を撫でられ続けるのが我慢ならないというだけです』


 杞憂だった。

 随分生理的な意見を言うじゃないか。

 だが同感だ。俺も液晶のフィルムはなるだけ剥がさないタイプの人間だからな」


 エルドランダーの言うとおり、だんだんハエどもに怒りが湧いてきた。


【ウジドクバエを334匹倒した。

 経験値を1002獲得した。

 エルドランダー・エクスはレベルが2に上がった。

『アンブレイカブルカッター』を手に入れた】


 ワイパーで潰したハエも経験値に変わっている。

 1匹1匹は大したことないが数が凄まじいからいい稼ぎになるだろう。


「やってやる! やってやるぞーー!! この虫ケラども!! エルドランダーの経験値にしてくれる!!」

「マジでございますの!? キリがありませんわよ!!」


 ムリムリ、と首を横に振るシンシアだが俺には勝算がある。

 ゲーム的に考えればこの状況は実に美味しいシチュエーションのはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る