第18話 エロ画像売りの安吾

 宿場町は活気に溢れていた。

 宿と思われる建物が立ち並んでいるが、商人と思われる男たちは往来に出ている。

 旅の疲れを癒す間も惜しんで酒を飲んだり、飯を食ったり、女を抱き寄せている者までいる。

 チラホラ鎧姿の戦士がいるけどあれはモンスターや盗賊に対する護衛だろう。

 エルドランダーで移動している俺には実感がないが、この世界での旅は命懸けだろうからな。

 見えるだけでキャラバンの規模は100名以上、馬車の数も50はある。

 なかなか壮観な光景だな。


 キョロキョロと人を値踏みし、見るからに貫禄のある中年男に目をつける。


「あのー、少しよろしいですか?」


 俺が慎重に声をかけると男は明らかに訝しげな目で睨みつけてきた。


「なんだ、オマエ? 見ない顔だがここの人間か?」

「いえいえ、私もあなた方と同じ商人の端くれでございますよ。遠い遠い西方の国からこの地に渡ってまいりました」

「異国の民か。どおりで所作や顔立ちが違うわけだ。それでなんだ? ワシに何の用だ?」


 男は俺の下げたショルダーバッグが気になっているようだ。

 何の変哲もないアウトドアメーカー製のナイロンバッグだが、彼らからすれば未知の素材なんだろう。


「実は、私……美術品を主に取り扱っていてですね。よろしければ、見るだけ見ていただけませんでしょうか?」

「美術品ね…………悪いがそんなお貴族様が好みそうなものはワシの専門外だ。そんなことよりオマエのカバン————」


 と、彼がカバンを覗き込もうとした時、フタを開けてエロ画像がプリントアウトされた紙をチラリと見せてやった。


「!!??? はっ!?」


 目玉が飛び出そうなほど彼の目が見開かれた。食いついたな。


「いえいえ。我が国の美術品は非常に分かりやすいことで有名なんですよ。ほら」


 サッと一枚、エロ画像の紙を彼の目の前に突きつけてやる。

 ちなみに内容は金髪美女の水着写真である。

 局部は隠されているがたわわに実った大きな胸をコチラに突き出しており実に扇情的な微エロ画像だ。


「こ、これは………………たしかに美術的価値があるな。ワシにもわかるぞ」

「そうでしょう。そうでしょう。ついでに言うと、もっと過激なのもあるんですよ。ホラ」


 と、エロのギアを上げてやる。

 すでに少年誌コードはぶっちぎった。


「んほおおおおおお!! ハッ……ゴホン。こ、コレはまた凄いな…………美術的価値が」

「そうでしょう! すごく美術的でしょう!」


 だんだん俺は美術の価値が分からんようになってきたがな。

 で、相手が盛り上がって来たところで本題に入る。


「あなたは実に風格があって有能そうな雰囲気を醸し出していらっしゃる。さぞ名のある大商人とお見受けします」

「へっ。別に大したことはないさ。まあ、顔の広さには自信があるけどよ」

「そうでしょう、そうでしょう。そこでお願いしたいのですが、こういった絵を高く買ってくれそうな方にご紹介していただけないでしょうか? 勿論、仲介料はお支払いします」


 俺の言葉を受けて男は緩み切っていた表情を手で押さえつけるようにして語り出す。


「まあ……単純に絵画としての技術が凄まじいからな。鏡に映っているものをそのまま運んできたかのような精緻な絵。作者が不明でも収集家なら良い値をつけてくれるだろう。そちらの絵はな」


 と、最初に見せた微エロの絵を指した。


「こちらはダメですか?」

「お前さんの母国では知らんが、この国では露骨な性表現はタブーだ。ノウス教徒が多く、子作り以外の性行為は表向きには禁じられているからな。面子を気にする貴族や信用第一の商人はそんなものを買っていると公に知られたくはない筈だ」


 なるほど……逆に考えれば、性的なことが抑圧されているからこそ需要があるという見方もできる。


「では貴族や商人以外で大金出してくれそうな人いないですかね? 例えば遠征中で禁欲生活を強いられている軍人とか」

「見かけによらず商魂たくましいな……まー、荒事屋の中には下手な貴族より稼ぐヤツいるからな。たとえば————」

「俺みたいな勇者様とかね」


 いきなり俺たちの会話に割り込んできた男、高校生ぐらいの少年だ。

 サラサラした金色の髪はマッシュルーム気味に刈りそろえられていてパッチリしたアイスブルーの瞳はどこかあどけない。

 お坊ちゃんぽい印象を受けるが、軽装鎧の隙間から覗く筋肉は引き締まっており屈強さも備えているようだ。


「ラ、ランスロット様!? いつお目覚めに!?」

「オッサンが嬉しそうな悲鳴上げるもんだから目が覚めちまったよ。ところで、なんだよそれ」


 と、ランスロットと呼ばれた少年は不躾に俺の鞄に手を伸ばし、印刷されたエロ画像を見る……


「…………ヤベ、目が覚めるどころかギンギンなんだけど」


 アイスブルーの瞳がこちらに向けられた時、虎に睨まれたような緊張感に身体が縛られた。

 ヤクザまがいの土建屋に日常的に圧かけられてもスルーし続けてきた俺がだ。


「オッさん、こんなもん売って商売してんの? なかなかワルだねえ」

「オッ!? 君のような子どもには関係ない。目に毒だから返したまえ」


 オッさん呼ばわりされたことに少なからず怒りを覚えた俺は乱暴に彼から紙を取り返そうとする。

 だけど俺の手は空を切り、逆にカバンの中に入れていたエロ画像を全部引っ張り出された。


「うはっ! こ、これはヤベ〜!! おおっ、こっちは絵だって分かる感じだがすげえ綺麗だな! うほぉ〜〜なんだこりゃ? 上半身が女で下半身が男ってことか? えっ……こんな可愛い子が男の子のワケなくね?」

「返せっ! クソガキ! 商品に汚い手で触れんな!」


 と俺が怒鳴りつけるとさっきまで話していた商人が血相を変えて俺を羽交締めにしてきた。


「バ、馬鹿野郎!! このガキ、じゃなくてお方はとんでもない御仁なんだぞ!! 無礼を働くな!!」

「あぁ!? ざけんな! コイツらは俺の生命線なんだよ! これで一稼ぎしなきゃ早晩詰んじまうんだ!」


 振り解こうと暴れる俺を見てランスロットは笑って言う。


「いいぜ。一稼ぎさせてやるよ」

「は?」


 彼は懐から紙切れを取り出し、商人からペンを借りる。

 サラサラとそこに何かを書き始める。


「オッさん、このお代っていくらだ?」

「いくら……って?」


 具体的な貨幣価値が分からず言葉を詰まらせる俺だったが、商人が間に入る。


「ははーっ、私めの鑑定によるとだいたい一枚100万リピア。その束はだいたい100枚ありますからしめて1億リピアでいかがでしょう」

「1億〜〜!? ま、まぁ美術品なら安いかもしれないけど、いらないヤツも混じってるからな……このオークにヤられてる絵とかタコに絡まれてる絵とか誰に需要あんだよ?」


 俺も分からないけど定番なんだよ。


 うーむ、と頭を悩ませるランスロットに商人がさらに助言する。


「ま、色事の嗜好は千差万別。気に入らない絵はあらためて売れば良いのですよ。投資目的で美術品を買うのも戦略の一つです」

「あー、たしかに。じゃ1億出した」   


 と、ランスロットは何か文字を書いた紙を渡してきた。

 粗雑な扱いをしている割に複数色に分かれた複雑な印象が押されている。

 これは家紋か何かか?


「それは我が国の小切手だ。銀行に持っていけば現金と交換してくれる」

「マジか……で、これだとどれくらいの価値がある?」


 俺が尋ねると、商人はニンマリ笑う。


「片田舎なら屋敷が立つレベルさ。無名の画家の作品としちゃ破格だぜ」


 感謝しろよ、と言わんばかりに背中を叩かれる。

 だが、それならば別の懸念が浮かぶ。


「このガ、少年は何者なんだ? 子どもの小遣いの額ではないだろう」

「だから最初に名乗られただろう。勇者様、だって」


 えぇ……と疑いの目を向ける。


「うっほーーーーー! やべえええっ! おっぱいってこんな綺麗なのかよー!!」


 エロ本拾って喜んでいる中学生にしか見えない。


 ま、いいか。

 一芝居打たれて詐欺られている可能性もなくはないが今検証することは無理だし、元はただの紙とインクだ。

 写真印刷用に買ったインクジェットプリンタだがインクも何本か予備を買ってある。


「勇者様ねえ……で、その勇者ってのはいったい————」


 俺が尋ねようとした瞬間だった。


「ギィヤアアアアアアアアアア!!!!」


 人間が発したものと思えないほどけたたましく恐怖に滲んだ悲鳴が上がり、和やかな街の空気が一変した。

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