第7話 身代わり人形 前編
お前に代わりはいない。そんな言葉をたぶん誰もが何かしらの形で聞いた事があると思う。家族や友人、先生や周囲の人間、あるいはアニメや漫画などその言葉を使う可能性は結構あるし、その言葉は俺も真実だと感じている。
そう感じるようになったのには理由があり、そのきっかけになったのは、ウチの
姉の
だが、この双子の姉妹にもある決定的な違いがあった。それは体の強さだ。妹の理美は風邪も全然引かない丈夫な体なのに対して姉の美和がその逆でかなり体が弱く、入院をする事は無かったものの、月に三度は風邪を引く程だった。
そのため、二人と一緒に遊べた機会も少なく、外で遊ぶ機会が多かったのは妹の理美の方で、美和と遊ぶにしても美和の部屋で絵を描いたり折り紙をしたりするばかりだったし、家を訪れる理由も看病やお見舞いの方が多かった。
そんな八木澤姉妹との日々を過ごす内に俺は恋をした。その相手は遊ぶ機会が多かった理美、ではなく、姉の美和だった。
理美も活発的で結構明け透け言う方なのは良いと思っていたが、体が弱くても相手に要らぬ心配をかけないように頑張るその健気な姿がとても愛おしく、まだ子供だった俺は美和の事を生涯支え続けたいと思う程に惚れていた。
けれど、俺にその気持ちを伝える気はなかった。気持ちを伝えたは良いが、その気持ちがなかった美和にフラれるかもしれないと思ったというのもあったが、もし両想いだったとしても美和の性格なら早く体を強くしようとして無理をする可能性があり、それが原因で更に体を壊しても辛かったので、俺は気持ちを隠したままで美和に接していた。
そうして月日は流れ、中学二年生のある夏の夜、俺は風邪を引いた美和の看病に来ていた。この日は昼頃にも看病に来ていたし、別に夜に来る理由は無かったが、夕方頃に突然少し離れた所に住む親戚に不幸があった事で、美和達の両親が手伝いに行かなくてはならず、理美も部活の合宿でいなかったため、幼馴染みで看病は慣れている俺が駆り出されたのだ。
事情があるとはいえ、年頃の男を娘と二人きりにするのはどうなのかとも思ったが、俺を信じて看病を頼んでくれたおじさん達の手前、美和に手を出すわけはなく、俺自身も告白もまだで体調不良の相手を好き勝手したいとは思ってなかった。
なので、俺はお粥を作ったり濡らしたタオルを持ってきたりして、看病に徹していたのだが、発熱で顔を赤くしながら息を荒くしている美和がその日に限ってどこか色っぽく見えていて、額や首筋に浮かぶ汗も何故か極上の甘露水のように見えて喉をゴクリと鳴らしてしまっていた。
「い、いかんいかん……俺はなに変態みたいな事を……」
けれど、一度意識してしまった美和の姿はやはり今の俺には刺激が強く、早く美和を寝かしてしまって、俺も別室に移らないと何をしてしまうかわからない程だった。
そして、極力美和から視線をそらしながらどうにか一通り終わらせ、電気を消してさっさと部屋を出ようとしたその時、俺の服の裾が美和にギュッと掴まれた。
「み、美和……?」
「……行かないで、
「行かないでって……別に家には帰らないぞ? お前が静かに寝れるように他の部屋で寝るだ──」
「ここにいて」
静かな声だったけど、その声にはしっかりとした意思があり、俺がここにいると言うまで美和は絶対に言い続け、眠らないと決めているのがはっきりとわかった。
「……はあ、わかったよ。まったく……美和って結構頑固だよな」
「頑固じゃないといけないもん……そうじゃないと、大切な物が手に入らないし……」
「大切な物? 美和、何か欲しいのか?」
「うん、欲しい。有人君が、欲しいの」
「……え?」
美和の言葉に俺は驚く。美和は冗談を言う方ではないし、その目は嘘をついているようには見えなかった事から、美和の言葉は俺への告白なのだろう。
その事はとても嬉しいし、すぐにでも返事をしたかったが、俺の気持ちは伝えないと決めていたため、俺はそれには気付かないフリをしながら笑う。
「俺が欲しいって……あははっ、何を意味のわからない事を言ってるんだ?」
「……本当にわからないの? 私、知ってるんだよ? 有人君の私を見る目がいつからか変わったの」
「……とりあえず、早く寝ろよ。俺もこっちに布団は持ってくるから、安心して寝てろ」
「……寝ない。このまま寝ちゃったら絶対に後悔するのはわかってるから」
「美和……」
「お願い、有人君の答えを聞かせて。もし、私じゃなく理美や他の女の子が好きならそれでも良いから」
俺を真っ直ぐに見つめながら言う美和の姿はとても綺麗だった。前々から美和は綺麗だと思っていたけれど、自分の意思をしっかりと伝えて、その上で相手からの返答を待とうとするその姿はとても美しく、俺は美和に惚れ直していた。
そんな美和に対して俺はこれ以上とぼけたり気持ちをごまかしたりするのは無理だと思い、覚悟を決めてからため息をついた。
「はあ……わかったよ、俺も白状する。俺も美和の事が好きだ。たしかに理美も可愛い異性だと思うけど、俺はしっかりと生きようと健気に頑張る美和の姿に惚れたからな」
「有人君……ふふっ、両想いなんて嬉しいなぁ……」
「俺も嬉しいよ。ほら、その嬉しさを噛み締めながら早く寝てくれ。このままだと治る物も治らなくなるからさ」
「うん、寝るよ。でも、その前に……有人君の気持ちを直接感じたい」
「俺の気持ちを直接……なんだ、キスでもしろって言うのか?」
「キスだけじゃない。有人君、私を抱いて」
その言葉に俺は心底驚いた。
「だ、抱いてって……! 美和、何を言ってるのかわかってるのか!?」
「わかってるよ。わかった上で言ってるし、わかった上で抱いて欲しいの。たぶん、私もそうしてもらえる機会はそんなにないから」
「そ、そんな事……」
「私だって元気になって有人君と色々なところにデートに行きたいし、結婚して子供も欲しいよ。でも、こんなに体が弱かったらそれすら出来る機会も少ないの。だから、今夜だけでも私を一人の女にして。こんな事、有人君にしか頼めないから」
またあの目だ。しっかりとした意思を示す真っ直ぐな目。それだけ美和は本気であり、俺に抱かれる事を懇願しているのだ。
「……でも、そんな事をしてお前の体が更に壊れるきっかけを作りたくない。したくないって言ったら嘘になるけど、俺は美和が好きだからこそお前を大切にしたいんだよ」
「有人君……」
「だから、ごめん。それは出来ない」
「……うん、それなら仕方ないよ。でも、寝る前に少し汗かいたから、身体だけ拭いてくれないかな? やっぱり汗かいたままだと良くないかなって」
「ああ、わかった」
そのくらいならと思った俺はベッドの端に掛けていたタオルを手に持つ。そして美和の後ろに回り、身体を拭くために美和のパジャマのボタンを外して上をインナーだけにしたその時、美和は突然後ろを向くと、それに驚いた俺にキスをした。
「むぐっ……!?」
あまりに突然だったため、俺は避ける暇もなく美和からのキスを受け、唇が離れた後に美和の潤った唇の柔らかさとほんのり感じた良い香りにボーッとしていると、美和はクスリと笑っていた。
「み、美和……」
「やっぱり、有人君は単純だね。でも、そんな有人君が大好きだよ」
美和はにこりと笑いながら言うと、そのままインナーと下着を脱ぎ、上だけ裸のままで俺に抱きついた。
「……捕まえた」
「や、やめ……」
「有人君の気持ちは嬉しいよ。でも、ここまで覚悟をしてるのにやっぱり無しには出来ない。だから、こうして無理にでも有人君の気持ちを揺さぶらせてもらうよ」
「う……あ……」
「さあ、据え膳食わぬは男の恥、だよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の理性は崩壊した。あれ程、美和を大事にしたいと言っていたはずなのに、一度その気になってしまうと、俺は自分の欲求には逆らえなくなってしまい、何度も何度も美和を求めた。
俺は当然初めてだったが、美和も初めてだったため、理性の崩壊によって欲求に心を支配されそうになりながらもどうにか美和に負担を与えないようにしながら美和の願い通りに交わり続けた。
その間、俺は願われた事とはいえ、体調不良の美和を抱いているという罪悪感を味わいながら両想いの相手と愛し合えているという幸福感に浸っており、俺の中には早く終わらせないとという思いとこの時間が永遠に続いてほしいという思いの二つが渦巻いていた。
そして日を跨いで深夜になった頃、俺の体力も遂に底をつき、体温の上昇と部屋の温度で汗をかいていた俺は裸のままでベッドに仰向けになり、その隣では同じく裸の美和が幸せそうに微笑んでいた。
「……はあ、俺って本当にバカだな……」
「バカというよりはさっきも言ったように有人君は単純なんだよ。私の覚悟はわかってたはずなのに、諦めたと思ってすっかり油断してたからね」
「……それだけ、美和を大事にしたいと思ってたからな。一緒に遊べた時間よりも看病やお見舞いの方が多かったけど、俺にはその時間すら大切で、美和には元気になってもらいたかったから、結構頑張ってきたんだ。美和が諦めてくれたと思ったら、それを信じようと思うよ」
「そういうところ、有人君の長所であり短所なのかもね。目の前の物を信じようとしてくれるのは」
「……だな。それにしても……おじさん達や理美にはなんて言おう。おじさん達だって俺ならちゃんと看病してくれると思ってこうして託してくれたのに、結果的にその信頼を損ねるような事をしたからな」
「……別にそんな事はないんじゃない? たしかに驚きはするだろうけど、本当に知らない相手よりは有人君の方がいいって思う気はするし」
「だったら良いけどな……」
正直、本当にそれなら助かるけれど、こうして美和と初めてをあげあった事の責任はちゃんと取るべきだ。たとえ、美和からの誘いによるものだったとしても、それに応じてしまったのは俺なのだから。
「……美和」
「うん、なに?」
「……一生、大事にするからな」
「……うん、ありがとう」
微笑む美和を愛おしく感じた後、俺は美和を優しく抱き締める。汗でじっとりとした美和の身体は冷たくて少しベタついていたが、それでも愛する人と肌を合わせている事に幸せを感じており、しっかりと寝るために一度一緒にシャワーを浴びに行くまで、俺達は抱き合いながら頬をくっ付け合い、愛する人と密着している事の嬉しさと幸福感に浸り続けていた。
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