第8話 勇者傀儡① sideエミリー

レグゼル王国の歴史は奴隷支配の歴史。

先代王族達は他国民を支配して常に世界を統べてきた。

そんな王族の血を引くエミリーもまた他者を侮蔑する思想に染まりきっていた。


数百年前から始まった勇者召喚なる儀式も、戦争で失った兵士の補填の為に行われた措置である。


愚民の命など屁とも思わぬエミリーであるが、その損失によって今まで通りの暮らしができなくなるのは我慢できぬことであった。


「お兄様が負けて帰ってきたそうですわ。マクベス、貴方がついていながらこの不始末。一体どんな事情がおありなのでしょう?」


詰る様な、ねぶる様な視線で問いただす。

エミリーにとって騎士とはいくらでも替え利く玩具だった。

マクベスもその一人。貴族に名を連ねたところで、平民とそう変わらない男爵家の生まれ。


エミリーからしたら路傍の石と大差ない。

それでも専属の騎士としたのはその反応が面白いからだ。


魔法こそがこの世界の全てであると思っているレグゼル人は、魔法の使えない平民を侮蔑する。

そして、貴族で有りながら魔法の適性を持たぬ者も同様に。

マクベスは放出系の魔法が一切使えなかった。

その代わり肉体操作系にずば抜けた才能を見せる。

使い捨ての騎士としては最良の素質。その点も含めてエミリーは気に入っていた。


しかし兵士は兵士。

王族に名を連ねるエミリーとは釣り合わない。

なんせエミリーは生まれながらに四つの属性を持つ才能に恵まれている。

一つでも扱えれば貴族として名をあげるのに充分。

二つでも戦争でとびきりの戦果を挙げられる。

三つならもはや伝説を残すほどの成果だ。

では四つなら?


それこそ世界を支配しうる素質だ。

まさに王の資質。

兄グローサでも二つまでだった。誰もが次の王はエミリーだと期待していた。

しかし女だからという理由でこの度回された『案件』にいまいち納得ができずにいた。


それこそが勇者召喚の案内役だった。

本来なら出来の悪い兄の役目。

だが兄は右腕と左目を失い、平衡感覚を失くしていた。


そんな状態でを全うできるかも怪しい。

いや、説得力はこれ以上ないものである。それぐらいの負傷を負わせられる相手がいるのだと想像させやすい。


だが父、現レグゼル国王は言う。

馬鹿な勇者を釣り上げるのはいつの世も女の嘆願と涙であると。

見目麗しいエミリーであるなら二つ返事で受け入れてくれるだろう。

その後は好きにしても良い。そう聞かされて渋々了承したのだ。


「オスカー、召喚の準備はどれほど整っていますか?」

「60%と言ったところです」

「そろそろ準備をいたします。メイドを呼んでちょうだい。湯浴みを済ませてしまいますわ」

「御意に御座います、エミリー様」


オスカーは子爵家の子息ながらエミリーに匹敵するほどの三つの属性を操る英雄クラスの素質の持ち主。

爵位故、婚約者にはそぐわぬが戦果次第では陞爵もあり得る。

その上全てを伝えずとも1を知り10を考える有能さでエミリーの右腕にふさわしい働きを見せていた。


そして召喚の儀にて。

消耗品の老魔術師を廃棄し、貼り付けた笑みを浮かべて説明を促そうとしたところでここ数百年、体験したことのない縦揺れに見舞われた。


エミリー派の大臣が、その能力を振り分けようと魔道具を起動させようとした所でまさかの不発。

すぐに替えを用意なさいと発言の前に有能なオスカーが替えを用意してくれている。

本当、有能な男って好き。エミリーはオスカーの有能さに感謝しながら憤りを隠し、再度実行させようとした所で聴き慣れぬ音を聞いた。


ピロン♪

ピロン♪

ピロン♪

ピロン♪


それはまるで魔法のLVが上昇した時の世界の声に近しいメロディ。

それが召喚勇者の手元から溢れたのである。


「何が起きてるの?」

「今部下を使って調べさせております」

「そう。状況が分かり次第知らせて頂戴」

「ハッ」

「エミリー様、お下がりください。向こうで武器を構えている連中がいます。武力行使の許可を」

「許可するわ、殲滅なさい」

「直ちに!」


しかしマクベスはそこから一歩も動けずにいた。

いつもなら風の様に動いてエミリーの気に食わない連中を肉片に変えてしまうと言うのに。一向に動こうとしない。


「エミリー様……」

「どうしたと言うの、グズ」

「魔法が、身体能力強化の魔法が、発動しないんです」

「はあ?」


とうとう使い道すらも潰えたか。

戦力が期待できなくなれば、ただのゴミクズ。

また新しいおもちゃでも父に頼んで用意してもらおう。そう思っていたエミリーだったが、大臣の声によって現実を理解し始める。


「何故魔道具が使えんのだ! ええい、不良品め!」

「くそ、魔法が使えなくなっているぞ! なんだこの空間は!」

「あー懐かしき我が通学路」

「え、つーか? 俺たち戻ってきてる? なんで?」


耳をすませて情報を整理。

エミリーは額から滝の様な汗を流し始める。


貴族の特権である魔法の消失。

そして右も左も分からない土地での暮らし。

それはエミリーをノックダウンさせるのに十分な威力を持っていた。


「エミリー様、気をしっかり!」

「ええい、グズめ。下賤な手で高貴なお体に触れるな!」

「オスカー様、そんな事言ってられる場合ですか?」

「エミリー様のことを思うなら、後は私に任せろ。気の利かん奴め」

「……ッ」


魔法の喪失。それが示す意味は……

誰よりも魔法使いとしての技術に優れているオスカーは気づいていた。平民思想を持つマクベスなんかよりもずっと、エミリーの気持ちを汲んでやれた。

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