第7話 勇者願望② side岡戸達也
木村を従えて聞き込みを続ける達也は、クラスでもあまり接点のない男へと問いかけた。
磯貝章。普段から無気力で運転音痴の勉強嫌い。
割とどこにでもいそうな顔立ちの特徴らしい特徴のない男である。
しかしその聞き込みが功を奏し、達也が一番懸念していた問題が浮上する。それが現実への帰還の原因だった。
「は? 転移?」
「ああ、まさかお城ごと戻ってくるなんて思っても見なかったが」
問題はその規模である。普通なら本人か第三者を連れての時空間の跳躍。それすら些細な問題の様にこの男は、あろう事か建築物単位で転移を果たしたと口にした。
あまりにも荒唐無稽。
だがしかし、達也の一番欲しいものをこの男が持っていたのは揺るぎない事実。
「じゃあもしかしたらあっちの世界にもう一度戻れるかもしれないのか?」
「出来なくもないけど、多分いくとしたらこの学校の校舎ごとだぞ? 岡戸君達だけってのは厳しいかな?」
何かを含んだ物言い。
大規模転移の他にも色々と複雑な理由があるのだろうか?
それを聞き出すと、なんともはやな理由があった。
わかったのは一度転移すると再び転移するまで1週間のクールタイムがある事。そして磯貝の認識した空間の人間全てを強制的に移動させてしまう事。
当時は茹だる様な熱で教室内を認識するので手一杯だったが、帰ってきた後は学校にある教室の一部と再認識出来ているので、多分次に行えば学校の校舎ごと飛ぶんじゃないかと恐ろしい空論を述べていた。
自分の理想達成のために他者を巻き込むことをよしとするか?
そう念を押されたのだ。
確かにそれを言われたら弱い。
達也とて自分の行いで他人を巻き込むのは気が引けた。
その翌日、ここ数日とは比べものにならないほどマスコミ達の行動が目についた。思い浮かぶのは木村の横顔。
あの男、よもや昨日のクラスでの内容を『放送局』のスキルで配信したんじゃないだろうな? あの男ならやりかねない。
自身の述べたスキル、そして磯貝のスキルを検証するべく大勢のマスコミ達が押しかけていた。
案の定、ネットを覗けばそのサイトが炎上しているではないか。
大半がガセや捏造であると言及しているが、それ以外は真に受けて信じてしまった者も多い。
教室にあんなお城が生えたこともあり、より信憑性は増した訳だ。
両親がすごい形相で達也を怒鳴った。
外のマスコミの言い分が達也の入手した魔法スキルであることが一番だったからである。
あれほど興味なさそうに勉強をしていろと言っていた両親は、ここに至ってようやく興味を持った様だ。
しかし魔法を使ってマスコミ達を蹴散らすことはできない。
この世界で魔法を使うことはできないからだ。
それを語ると「無能と会話をするだけ無駄だ」と話を打ち切られた。
もし今達也が魔法を使えても、今を乗り切ればすぐに手のひらを返すだろう。結局両親は自分の言うことを聞く忠実な駒が欲しいだけなのだ。兄がそうである様に、自分もまたそうなのだと急に察してしまう。
同時に日常がどうでも良くなった瞬間だった。
こうなったら居ても立っても居られない。
達也は学校に行くなり磯貝に向こうの世界へ行く様に拝み倒す事を誓い登校する。
しかし達也や磯貝を阻む様に教室にはギチギチにマスコミ達が詰め込まれていた。警備員は何をしてるのか。
それを得ダネとばかりにスマホを回す木村。
クラス中に溢れたマスコミ達は、うちのクラスの留学生枠で入った王女様や騎士、従者にまで質問攻めにした。
言葉が通じるのが幸いとばかりに、根掘り葉掘り聞き出そうとしたのだ。
が、そんな事態に先に苛立ちを見せたのは磯貝で。
転移を予兆させる縦揺れと共に達也たちは再び異世界にやってきていた。
学校ごと、マスコミたちを連れて。
人力Wi-Fiの木村が居るからバッテリーが持つ間は向こうと電波はつながるが、達也の掌には何度も掻き立てたインスピレーションを実体化させた炎が灯っていた。
そして日々の習熟度が時を取り戻した様に達也にレベルアップの告知を伝える。
全属性魔法適正。そのレベルが属性ごとに加算された。
魔法そのものを覚えるのではなく、この世界においてはこの適性こそが全てにおいて勝るのだろう。達也はそれを強く感じていた。
地_LV0
水_LV1
火_LV3
風_LV0
光_LV0
闇_LV0
全く触ってないのは0のまま、何度か使用し、実際に効果が出たやつは恐ろしく熟練度が上がっていた。
達也が魔法を使うのを見て、王女様達が絶望に伏していた表情に希望を見出す。
「私達は、戻ってきたのですね!」
「え、だって電波つながるけど?」
クラスメイトはそれが木村のせいだと知らないらしく、電波=現代という認識だ。
マスコミに嗅ぎ付けられたら迷惑とばかりに秘匿してきたからこうなるんだ。
「エミリー様、それは本当ですか?」
「マクベス、長い間苦労をかけましたね。蹴散らしてやりなさい」
「ハッ」
いち早く能力の復活を察知した王女陣営は今まで溜まってた鬱憤を発散するごとくマスコミ達に無双し始める。
どうやら身体能力強化魔法を使っているらしい。
「お見事」
思わず達也も拍手を送っていた。もしも自分にもその力があれば、両親達も達也に一目置く事だろう。
いや、もう別れて暮らすのだしどうでもいいか。
「助力します。火炎よ、踊れ!」
達也は水を得た魚の様に魔法を行使する。
この一週間、もし自分が魔法を使うならこの様に使う。
その妄想の結果が形となって現れた時、エクスタシーにも似た快感を得ていた。
「おい! 俺達を攻撃するとはどういう了見だ! 有る事無い事書くぞ!」
「それができるのでしたらどうぞご自由に」
「エミリー様、まずは恩人に感謝の言葉をかけるのが先では有りませんか?」
恩人、という言葉に引っかかりを覚える王女様だったが、召喚をするという意味を身を以て解らせられた権力者の少女は、作った笑顔を浮かべて磯貝へと駆け寄った。何やら会話が弾んでいるが、内心までは読み取れない。
その間に騎士が筋力強化でまだ自分たちの正義を信じ込むマスコミ達を蹴散らし、達也もその手伝いをする。
ここで恩を売っておくのも悪くないという打算もあった。
「タツヤ殿、そのスペルを一体どこで?」
騎士マクベスが驚愕の表情で達也に語りかける。
向こうが自分達をどう扱うつもりかは薄々察していたので、ここで実力を隠す意味はないと達也は踏んでいた。
「すこし自主練を重ねていただけですよ。ぶっつけ本番です。いずれ貴方の肉体強化魔法もご教授いただきたいですね」
「恐ろしいお方だ。我が王もきっと御喜びになられる」
「是非お目通り願いたいものだね」
そんなやりとりをしてると、騎士に追い立てられたマスコミ達とは別に、別の理由で散っていったマスコミが捌けるのを見計らい、首謀者の磯貝が手を挙げた。
「あー、俺たち一旦帰るけど、ここに残りたい人っている?」
そんな質問だ。
達也が日頃から魔法を使いたい旨を伝えていたのが功を奏し真っ先に挙手をすると、割と自身のスキルの有用性に気が付いているクラスメイト達は次々と挙手をした。
最終的にクラスの半分以上、中には担任の桂木までいた。
いや、貴方は残んないとダメでしょう。
内心思う達也だったが、その人物も異世界に野望を抱えた一人であると思い出したので手を差し伸べることにした。
「じゃあまた来週」
そう言い残して磯貝は去った。
城を残し、校舎ごと持ち帰った。
来週、また夜と言い残して。
気軽に帰れるからこその残留意思はクラスメイトの中の何人かにはあったのかもしれない。
そんなんじゃこの先やっていけないだろうと達也は思う。
しかし残留を決めた以上、あの時の続きを王女エミリー先導の元で行うことになる。
その先にどんな未来が待ち受けていようとも──
「クソ! あいつ俺を残していきやがった! こうなったらネットに有る事無い事書き込んでやる! へ、俺を怒らせるからこうなるんだぜ、ザマァみろ!」
一人、予想外の人物が残っていたことに目を瞑ればおおよそ王国側の思惑通りであった。
ただこの男、王女エミリーの予想を超える猛毒であることは、まだ知られていない。
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