夏のバケツ

西桜はるう

夏のバケツ

夏も本番になった。

天から地上を見下ろしていた神は、「そろそろかな」と呟く。


「何をするんですか?」

隣で同じように地上を見ていた神が訊き返す。


「夏のアレじゃよ、アレ」

「アレ?とは?」

「夏の夕方といえば、のアレじゃ」

「あー、なるほど」

いそいそと準備を始めた神は、大きなバケツを持ち出す。


「今日はどこらへんに?」

「そうじゃなあ。東北はまだ梅雨が明けたばっかじゃし、沖縄は夏を満喫しておる人が多くてかわいそうじゃ。

おお!東京に高温が続いているな!関東周辺にしようかの」

「決まりましたな」


やがて神は関東周辺へと雲で移動し、持っていた大きなバケツを思いっきりひっくり返した。

途端、地上は土砂降りになる。

人々は大慌てでビルに入ったり、軒下へと避難を始めた。


「地上の者たちはみんな、働きすぎじゃ。こうやって夕立でも降らせんことには空を見上げることもない」

「余裕がないですね」

「余裕というものは自分で生み出さないことにはできんものじゃ。今、地上の者たちはそれができずに空を見上げん。寂しいものじゃ」

「だから夕立を?」

「そうじゃ」


「空は見上げるためにあるんじゃ。だれも見上げなくなってしもうたら空はなんのためにある?

もっと上を見るのじゃ。息をつく暇をつくるのじゃ。

休憩はどんなときも、だれにでも必要じゃからな」


空になったバケツを振って、神はカラカラと笑った。

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夏のバケツ 西桜はるう @haruu-n-0905

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