第12話・花火大会2
有料観覧席の指定された区画へ持って来たレジャーシートを広げたら、真っ先に菜月が上がり込んでいく。少し風があるからとシートの四方に荷物や靴で重石して、足裏の感覚を確かめながら――元は芝生広場だったから、意外と座り心地は良いかもと、有希達も続いて腰を落ち着ける。
少し早く来過ぎたのか、有料の観覧席はまだ半分も埋まってはいなかった。シートを敷ける芝生エリア以外には、パイプ椅子が並ぶ有料席も用意されているようだったが、どちらもまだ空席ばかりだ。チケットは完売したみたいなので、その内に一気に人が増えていくのだろう。席の後ろには仮設トイレがずらりと立ち並んでいて、遠くに見える本部テントには救護室もあることを確認する。
「お菓子いっぱい持ってきたんだよ。でも、ママがお弁当の前に食べていいのは一個だけって言ってた。どれにしようかなぁ」
いつも幼稚園でも使っているというピンクのリュックの中身をシートの上にぶちまけて、まず食べる物をと選び始める。大きめのレジャーシートを用意したつもりだったが、傍若無人な菜月のおかげで大人達は必然的に隅っこへと追いやられてしまう。
着いて早々で好き放題し始める菜月のことを、信一も貴美子も目尻を下げて見守っていた。初孫は何をやっていても可愛いのだろう。パッケージに女児向けのキャラクターが描かれたグミとじゃがりこを見比べて悩む孫は、うるさい母親の居ないところではやりたい放題だ。
「じゃがりこ食べるけど、シールだけ先に見てもいい?」
「こっちは? 後で食べるの?」
「うん、グミはご飯食べてからにする。一個だけにしないと、ママに怒られちゃう」
おまけに入っているシールがどうしても気になるらしく、パッケージを振ったり宙に掲げて透かし見ようとしたりしている。グミの方はシールが欲しくて買って貰ったのがバレバレだ。散らかされた他のお菓子をリュックへと入れ直して、貴美子は吹き出すのをこらえながら頷き返していた。
始めは区画の半分くらいしか埋まっていなかった観覧席も、日が暮れていくにつれて人が集まり賑やかになってきた。どこかで屋台でも出ているのだろうか、焼きそばソースの香ばしい匂いが漂っている。持ち込んだ食べ物や飲み物を口にしながら、その場の皆が思い思いに開始時間がくるのを待っていた。
孫を挟んで並んで座っている両親の様子を、有希はシートの後方から眺め見ていた。父が元気な頃には見られなかった光景。どちらかと言うと寡黙な祖父のことを、以前の菜月は少し怖がっているところがあった。でも今は「じいじは病気だから、かわいそう」と彼女なりに気を使ってくれているのだという。
だから、病気が発覚しなければ、信一が孫と並んで花火を見る機会なんてきっと無かった。
何かを食べている時以外はずっとお喋りし続けていた菜月も、シュルシュルと夜空に昇っていく火花の筋が見えた途端、黙って上を見上げた。花火大会の始まりを告げる、一番最初の大玉だ。高く高く打ち上げられていく光の行方を、その場にいる全員が息をのんで見守っている。
「なっちゃん、花火のドンって音は嫌い」
そう言って小さな手で両耳を塞ぎ始める。由依から聞いてはいたが、菜月は花火を見るのは好きだが、その大きな音は怖いらしく、いつも耳を塞いでしまうらしい。なかなか難儀な性格だ。
打ち上げ場所はすぐ目の前。耳を手で押さえるくらいではその大きな音も振動も防ぎようがない。孫娘の可愛らしい仕草に、信一は揶揄うように言った。
「これからもっといっぱい上がっていくぞ」
次々に打ちあがっていく光の花。鮮やかな色彩と、すぐさま儚く消えていく光の大群。身体を揺らすほどのドンという振動に、時には周りから拍手や歓声が沸き起こることもあった。音に驚いた犬の鳴き声も聞こえてくる。
大きな音がする度に、有希は前に座っている父のことを確認する。少しでも苦しそうな表情をしていないか、顔色は変わってはいないか、と。眩しげに眼を細めてはいるが、信一が調子悪そうにしていることはなかった。
この花火大会の様子をテレビ中継で見守っていたのだろうか、一時間弱にも及ぶ打ち上げ中に、由依からのメッセージが有希のスマホには何度も届いていた。その場にいないからこそ、余計に心配なのだろう。
「お父さんの様子はどう? 大丈夫?」
有希はスマホのカメラを起動させると、目の前に見える光景を姉の為に撮影する。満足そうに微笑んでいる信一と、両手で耳を塞ぎながら夜空を見上げている菜月。そして、その前に広がり煌めく満開の花火。
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