第9話 魔術とオカルト





 機械と魔術の大戦が、魔術師側の勝利に終わって数十年。

 世界は魔術中心の世界に生まれ変わった。

 魔術で供給されるエネルギー。魔術で動く列車。通信技術から映画館まで。このビルのセキュリティも魔術式だ。


 数年前、レイモンドからオカルト雑誌の仕事に誘われた時は、この魔術式の時代に、オカルト雑誌もないだろ、と思ったものだが、案外読者はいるらしい。ここまで食いっぱぐれる事なくやってこられた。

 もう一つ意外だったのは、この時代になっても、魔術は、まだまだオカルトの範疇に含まれるということだった。

 特に、大魔術師と呼ばれる、上級の術士達がこれに該当する。

 彼らの魔術は高等すぎて一般化できない。

 大魔術師と呼ばれる個人の力が、例えば魔術発電所なんていう施設の、最大エネルギーを上回ることは、ありうる。だが、それを無人の魔術回路やなんかで再現しようとなると、上手くいかないのだった。

 それに、どんなにすごかろうと個人の力。さすがの大魔術師も、強力な魔術を機能させ続けるのは不可能だから、総合的に見れば発電所の方が、効率的という事になる。そういうわけで、上級魔術師の起こす魔法現象は、現代技術を大きく上回る。

 よって上級の魔術師たちは、一種の超人、オカルトの対象であり続けているのだ。

 あまり関係ないが、かつては武道家達も、気功だの何だのとオカルト的畏怖の対象であったのだけれど、最近では魔術に押されて、すっかり落ちぶれてしまった。


 ともかく、レイモンドがタニモトの持ってきた情報に興味を示したのは、そういうわけがあったのである。


 応接室に茶の香りが漂っている。

 タニモトは目的を話して、

「免罪符の大魔術師Qの再活動を観測しました。このままでは、あの【Qパクト】の再来だって有り得ます」

「まずQパクトが分かんねえ」

「え? あの大破壊をご存じでない?」

「知らねえ。ていうかQが何かも知らねえ。人名?」

「ですから【Qパクト】を起こしたその魔術師の名前が【Q】ですね。通称ですが。本名は不明」

「Qパクトはなんだよ。なんかバカみたいで嫌だわその単語」

「Qが起こした伝えられる大魔術災害です。第二の、いやセカンドQパクトだけは阻止しなくてはなりません」

「こだわるねえ。Qパクトって呼び方に」


 話を聞きながら俺は「いるんだよな~情報提供って言って来て個人的な設定の話するだけのヤツ」とか思っていた。だいたいマジで世界の危機なら、国とか然るべき機関に言いに行くはずなんだよな。

 いや、宇宙からの侵略者とか、法が取り合ってくれないモノが相手なら違うよ? でも、魔術ってのはそれを統制する協会があって、法で管理されてるものなのだ。魔術師の問題ならそっちへ行くべきじゃないか。

 まあ、ニルギリア・BBみたいな例外はあるか、って黙って聞いていると、レイモンドが声を上げる。


「……ああ、あれか。【クベロン黄衣の貴族】の事か。ガキの頃、その絵本持ってたよ」

「ええ、その【黄衣の貴族】が【Q】だといわれています」

「なるほどねおぇ。いいじゃねえか」

 実在する物語との接点が見つかって、レイモンドは上機嫌だ。確かにこういうのがあると、記事にしたとき読者の食いつきが違う。

「しかしあれはお伽噺だとばかり思ってたが」

 タニモトは説明して、

「お伽噺。一般的にはそうなっています。あるいは歴史に詳しい者ですら、誇張された伝承程度にしか思っていませんね。ムリもありません。【クベロン黄衣の貴族】に記された大破壊があったのは、二〇〇〇年も前の事だと考えられるからです」


 出入り口の方でガタガタ音がした。

 磨りガラス越しに人影が見える。みんな盗み聞きしているのだ。結構騒いだし何事かと思われたのだろう。あれはクガネさんもいるな。二〇〇〇年という発言に驚いたと見える。

「にせん?」

 レイモンドも驚いている。俺は呆れている。

 長命種のエルフでさえ五〇〇年しか生きない。といって大抵病気やなんかで、もっとずっと早く世代交代する。個体数も少ないし、ちょっと前までは個人主義というか、自分勝手な種族でもあった。何度か企画を組んだことがあるが、エルフ族の残した記録で歴史に関する物というのは驚くほど少ない。個人的な研究記録みたいなものばっかりなのだ。

 それに近代、でかい戦争もあった。これでかなりの歴史的資料が失われている。つまり長命種のエルフといえど二〇〇〇年も前の出来事が正確に語り継がれているとは考えにくい。

 エルフのタニモトは答えて、

「先祖の記録にあるのです」

「どこの?」

「タニモト家の、です」

 信用できるのかねえ、と俺は思う。そもそもなんで今なんだ? Qパクトだかのあとの二〇〇〇年、Qは何してたんだ?

 タニモトは俺の疑問に先回りして、

「――とにかくその破壊を引き起こしたあと、Qは休眠状態に入ったと我が家には伝えられています」

「休眠、ねえ……」

 レイモンドが頷く。

 魔術師の休眠については俺も聞いた事がある。


 少し前、ある盗掘家が魔術師のねぐらを曝いて、事件になった。

 魔術師の休眠用シェルターを、王族の遺跡かなんかと勘違いしたらしい。きちんと法的な手続きをして寝ていた魔術師からしたら不幸な話だ。

 盗掘野郎は、防衛用の呪いに引っかかって消し炭になった。

 そして、なんと魔術師の方も死んでしまったのだ。

 盗掘家が中途半端にデキるやつだったらしい。魔術のセキュリティを半壊させてしまった。

 そのせいで魔術師は仮死状態からの復活に失敗してしまった。サナギの羽化みたいなもんで、休眠というやつは危険を伴うのだ。

 それでも彼らが眠るのは、高等な魔術には、高難度な条件がかかるからだ。

 例えば、

 『特殊な星の並び』

 『十年間月光にさらした真珠貝』

 『凝縮に数十年かかる薬剤』

 みたいなものが媒体として必要になるんだとか。

 これじゃ寿命がいくらあっても足りない。

 だから、魔術師は休眠に入って時間に抗おうとする。寝てる間はほぼ老化しないからだ。

 でも、それだってせいぜい一〇〇年ぐらいという話だ。

 それ以上は体が持たない。

 というわけで俺の意見はこうだ。

「いやあ、二〇〇〇はねえよ」

 タニモトは真顔でこう答えた。

「あるいは【Q】ならば」

 それほどの術師だということだ。

 たいした自信だが、それだって大破壊を起こしたってお伽噺を信じているから言える台詞だ。

「そもそも先祖の言い伝えってのの信憑性がなあ」

 と俺。

 タニモトはすぐに答えて、

「確証はあるのですよ」

 彼は、懐から小箱を出して俺たちへ見せた。

 パクッと開くと、中は結婚指輪みたいな感じで、石が一つ収まっている。

 蒼い色をした滴型の宝石で、仄かに光って見える。

「Qの血だと言われています」

「血ぃ?」

 俺は思わず鼻を近づける。

 タニモトが箱を引っ込める。驚いたらしい。これは俺が悪い。

「……この石がQ復活を知らせてくれたのですよ」

「なんでお前にそんな事分かるんだよ」

「我が家の言い伝えです。魔術協会はQは死んだものと考えていますが、我が家にだけは復活の可能性が伝えらていたのです」

「お前の先祖は何なんだよ」

「Qと面識があったのかも。分かりませんが、ともかく我が家にはこの石が保管されていました。石はつい最近まで濁った色をしていたのですよ。それが今は、このように瑞々しい蒼色に」

 そう言ってタニモトは、もう一度宝石を差し出した。

 俺は今度はさわりもしなかった。

 タニモトは続けて言う。

「もっと納得していただける、もっと直接的な証拠があります。それは貴方を尋ねた理由でも――」

「ああ。いや、もういいや」

 俺は遮って言う。

 ここいらが限界だ。時間が掛かりすぎている。

「言わなかったか? 今は予定が塞がってんだ」

 席を立ってそのままドアを開けると、盗み聞きしていた連中が崩れこんでくる。やはりクガネさんもいる。

 俺はクガネさん以外の野郎共をぐにぐに踏んづけて応接室を出た。

「待って下さい――」

「おぉい、ソーマ」

 タニモトとレイモンドも立ち上がるが、地面の野郎共が邪魔になって追ってこられない。

「悪いな。笹でも食って待っててくれ」

 俺は犬を取り返さなくちゃならないのだ。


 ところで、あの宝石だが、恐らく本物だ。

 鼻を近づけた時、俺は確かに新鮮な血の匂いを嗅いだのだった。

 それは、俺の知っているどの種族の血とも異なる、しかし、この上なく甘美な血の匂いだった。



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