今よりも前へ 1
怪物が近づく度に四季の心がざわつく。怪物が放つのは涼真とはまた違った純粋なまでの殺意。目的などない。ただ邪魔だから殺すだけ。
なぜ知能があって言葉も話せるというのにこうまでも敵対心を抱いてくるのか四季にはわからなかったが、ただ一つわかることもある。
こいつを野放しにしてはいけないと。
「またガキが俺の前に立ちはだかるとは、余程死にたがりのようだな!!」
「この拳をくらっても同じことが言えるか!!」
怪物とジェットの拳がぶつかる。
「さ、さすがにやるじゃないの」
「人間の子どもにしてはパワーがあるな」
お互い引けをとらず互角のようにも見えるが体術に自信のあるジェットと言えどこの体格差ではわずかに押されていた。
四季はジェットの肩を使って跳躍し怪物の上に乗ると手で目を押さえて視界をふさいだ。
「小細工しい真似を!」
四季を掴もうとした瞬間、ジェットは拳に力を込めて怪物の胸へを打った。異常な硬さに拳もダメージを受けるが怪物も少し後退り胸を押さえた。
四季はジェットのそばにもどると痛々しい拳が目に入る。
「その手痛くないの」
「痛いに決まってる。だけど、こんないい修行相手はいない。自分の限界を受け止めてくれるやつがいないとその先には進めないからな」
「限界の先……」
今まで四季は自分と対等以上の存在と戦うことがなかった。涼真との戦いで初めて覚えた感覚。あれは未知の領域を初めて体感したから。
怪物とあった時に萎縮してしまったのは初めて本気の殺意を向けられたから。
いまの四季は怪物に飛びかかるほど精神的に大きく成長していた。
「私も成長してるんだ」
目の前の怪物が自身よりも格上であることは明らかだ。そんな相手を、しかもかつて村を崩壊させた存在と同じ種族を目の前にして四季は戦うために一歩を踏み出した。
「速さは私たちのほうが上だけど私があの一撃をもらったらどうなるかわからない。ジェット、あいつと殴りあえる?」
「直撃をもらうつもりはない。拳が壊れたってあいつを止めてやるさ」
二人は同じ気持ちを抱いた。
目の前の強敵に勝ちたい。
もっと強くなりたいと。
それぞれの経緯もその先にある目的も違うが、いまは純粋な勝利を望んでいた。
「いくよ、ジェット!」
「足引っ張んなよ、四季!」
まだ出会ってから一日しか経っていない二人。本来なら信頼しあうことは難しいこと。だが、二人は一度は戦い一度は共に同じことに奮闘した。
強くなるために修行を重ねた二人だからこそ、それだけでも十分信頼できる相手だと理解しあえた。
怪物の豪腕で線路を叩きねじきるとそれを四季に向かって投げた。
「そんなんで当たるわけないよっ」
向かってくる線路へ飛び足場にして再び怪物の肩へと乗っかる。怪物もまた視界を塞がれるを防ぐため四季を捉えようとするが、ごつごつとした肌を器用に移動し避けていく。
「あんたの相手は一人じゃねぇぞ!」
四季に気を取られている間に一気に距離を詰めると、両拳が一瞬だけ光、高速の連打を放つ。
「マシンガンバレット!!!」
目にも止まらぬ速さの拳はすべて怪物の腹部の一点を狙い当てていく。硬い肌も一点に強烈な打撃をくらいわずかだが岩肌が地面へと落ちる。
「表情はわかんないけど結構効いてんじゃないの」
「人間風情がッ!!!」
突如、怪物が咆哮をあげると四季とジェットは大きく吹き飛ばされる。先に着地したジェットはさらに飛ばされそうになっている四季の腕をつかみ地上に下ろす。
「人生で一番飛んだ気がするよ」
「そんなこといってる場合じゃない。あいつの姿をみろ」
ゴツゴツとした岩肌の突起は消え色は黒色へと変化していく。さっきまでを歩く岩と表現するなら、いまの怪物は歩く鉄。
見てわかる。パワーも硬度も完全にさっきより上であると。その上、傷つけた箇所は完全に回復していた。
「私も本気出すしかないね」
ジェットは師匠であるアリスターの下で修行し体得した奥の手を披露した。全身に力を込めると、ジェットの周りには湯気のようにゆらゆらとした赤いものが放出される。
「ジェットそんなこともできるの」
「師の下で修行をしたからだ。体内に眠る潜在能力を解放し、闘気をコントロールする力だ!」
赤く揺らめくそれの正体は闘気。
人間にはいまだ体内に眠るなぞの力をが存在する。それを魔力と呼ぶこともあればこのように闘気と呼ぶこともある。その根源的な性質が同じかはまだわかっていないが、人間は成長の可能性を証明する一つの形がいまのジェットの姿である。
「四季、いまは下がってて」
「一人でやるつもりなの」
「まだこの状態はしっかり制御できない。あんたごとやりかねない」
ジェットの拳は震えていた。それは恐怖でも痛みでもない。あふれでる力を抑え込んでいたのだ。
それを理解し四季は邪魔にならないように下がることにした。
「岩だろうと鉄だろうとこの拳でぶちぬく!」
再びジェットと怪物が激突する。
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