第10話 領域

 黒夜叉くろやしゃを愛刀としてからユリは修太朗の腕枕で寝ることをせがんだ。亡きご主人と寝ているように思うらしい。修太朗としてもユキの面影をユリに求めてもいたので、否応なく了承したのだ。


 その後、何度も小鬼を斬りに行った。

 しかし、何度やっても結果は同じであり、師匠に助けられてばかりであった。

「どうやって戦闘中に霊性を高めて剣気と化すのか」

 何度も自問自答を繰り返す。

「どうかされましたか?」

 腕の中でユリがささやく。

「どうすれば戦闘中に技が出せるのかなって……」

「簡単だと思いますよ」

 あっさりとユリは言い切った。

「簡単って……。出来ないから悩んでいるのに……」

 少しむくれ気味に答えると、

「最初に私と出会った時のことを覚えていますか?」

「廃社で棒切れを振っていた時だね。もちろん」

「その時、修太朗さんは『領域』に入っておられました」

「……『領域』というのもよくわからないけど……」

「ふふふ。まぁ、わからなくても大丈夫です。では質問ですが、あの時どうやって集中されていましたか?」

「……棒切れを素振りしていたら自然に集中していた」

「小鬼を斬るときも素振りだと思えば良いのです」

「……素振りと思う」

「はい。素振りです。小鬼を斬るときに罪悪感のようなものを感じたりしてはいませんか。そのために罰を受けねばならない……とか」

 言われてはっとした。

「何か生物を殺めているようで……」

「確かに殺めているかもしれません。そしてそれはこの先も続いていくでしょう。しかし、殺めることも相手に救いを与えるものですよ」

「殺めることで救いを与える?」

「はい。修太朗さんの良いところですが、性根が優しすぎます。その優しさを失くして人としての心を捨てろとは申しません。ですが、ここは異界です。ひなたを守り、守人となってユキさんに会うには、その優しさは邪魔になります」

「……優しさが邪魔」

「修太朗さんの優しさを向けるべき相手は小鬼ですか?」

「……違う」

「なら、思い切ってください。そうすれば黒夜叉くろやしゃが導いてくれますよ」

 そう言うと、ユリはいつも通り朝食の支度に向かっていった。


 黄泉比良坂よもつひらさか……小鬼の群れが見える。

「よし、行って来い」

 師匠に促されて黒夜叉くろやしゃを構える。

「思いっ切りやってみるか」

 気合を入れるといつも通り小鬼の群れに突入した。

 ひたすらに無心になって小鬼を斬り続けた。何も考えず単純運動を続ける機械のように一心不乱に小鬼を斬り続けた。どんどん群れの奥に進んでいくと、ぽっかりと漆黒しっこくの空間が開いているのが見えた。

「あの空間はもしかして……小鬼の巣……なのか」

 そう思うと無心でいたはずなのに、急速に意識が覚醒してきた。どうやら奥に入りすぎたらしい。背後から師匠が何かを言いながらこちらに向かって来ているのが分かった。


「思えばいつも師匠に助けてもらえると信じ切っているよな。それが甘えに繋がって、ユリの言う小鬼への優しさみたいになっているのかもしれないな」

「自分が優しさを向ける相手……それは自分が守るべき存在……だよな」

 そう呟くと、黒夜叉くろやしゃが光ったように思えた。

 黒夜叉くろやしゃが語り掛けてくる。

「あの巣に突っ込め」と。

 男の声が聴こえる。

「……『領域』とは自分だけの世界。そこでなら最強でいられる」

「修太朗よ。お前は人でありながら棒切れ一本で龍と戦っていたのではないか」

「修太朗よ。黒滅刀こくめつとうは存在を消滅させる神刀……あの巣の存在を消滅させればいいだけだ」

「さぁ、修太朗。あの巣に突っ込み魂の記憶を思い出せ。我が力を覚醒しろ」

 師匠の声が近づいてくる。どうやら戻れと言っているようだ。


 だが、

「……小鬼よ、消滅の救いを与えてやる」

そう言うと、修太朗は黒夜叉くろやしゃと共に聴こえる男の声に従うことにした。

 奥歯を嚙みしめ、両の手に力を込め、地を蹴った。

「うおぉぉぉっ……。」

 喉が千切れるほどの大声を出すと修太朗は迷わず漆黒の真ん中に飛び込んだ。

 その刹那、『領域』とやらに入ったのだろうか。周りの景色がひどくゆっくりと見えた。そして心の中から湧き上がる激情と言葉に身体を委ねる。

 弓なりに体をそらせ、黒夜叉を振りかぶると、

「一の太刀、『おうぎ』……」

 そう叫ぶと黒夜叉くろやしゃを振りぬいた。

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