第4話 守人

 しめ縄をくぐると、肌を刺すような厳しい感覚と身体を包み込むやわらかな感覚とがないまぜになって自分を包み込む。白亜の空間に豊かな緑が敷き詰められ、太陽も月も無いのに空は明るく青色に輝いている。修太朗が啞然としていると宙から一人の少女が忽然と現れた。


「どうしてここに?」

 鈴が鳴るような澄んだ声でその声の主はユリに問いかける。

「しづか姉様、我が子を助けに参りたいと思います」

「我が子とは……。子孫のことであるか」

「はい、我が子孫を助けて、私の悲願をなすためでもあります」

「もはや残滓ですらないそなたが悲願を達すればどうなるかは知っているであろう?」

「それでもなお達したいと思います」

 その短い会話を聴き、修太朗はユリがユキの祖先であると確信した。祖先が子孫の不運を知り、手を差し伸べてくれたのだと。

「その子は子孫であり、その男は縁者であるな」

「はい。わが子孫に違いなく、縁者にも違いありません」

「ではその男は如何するのだ?」

「わが子孫の守人として同行させたいと思います」

「あの世で守人たらんとすれば、武力が必要であろう。修羅となり幾多の戦塵せんじんを潜り抜けねばそなたが達することはかなうまい。やめておきなさい」

 そう言い放つとしづかは踵を返そうとした。

「姉様、神別の勾玉を使います……お許しを……」

その声を聴き……しづかは足を止めた。

 

 修太朗はしづかと向き合っていた。

「人は何のために生まれてくるのか、そんなものはわからない。ただ、父母のもとに生まれて、育ち、あがいて生きて、そして死ぬ。死ねば黄泉へと渡海し、この世のおりを払い、またそぞろ何らかの形を創る。永遠に繰り返されるその営みは神とて触れぬ習いにして真理であるよ」

 そういうとユリの姉しづかは悲しげに目を細めた。

「でも、納得できないのです。ではなぜユキが成仏せず別の世にいるのか。黄泉へ渡り別の形になっていたり、生まれ変わっているのなら諦めもできますが……。せめて別の世で幸せに過ごしているとでも言ってもらえたらそれで済んだのかもしれません」

 しづかは、ひなたをあやして幸せそうにしているユリを恨めし気に見やるとひとつため息をついた。

「そなたの言う成仏とやらが、結局のところ生前の善い行いをもって死後幸せな世界に旅立ち、安穏に静謐せいひつの中で暮らすことであるなら、そなたの妻は違うであろうな……。むしろ修羅に近い行いがなされる世にあろう。ユリも残滓とはいえ一柱ならん存在……。そなたの問いに噓をつくことは出来ぬ故にそなたはここにきたのであるな……」

「だが、修太朗よ。確かに成仏とやらはしておらぬが、間違いなくユキは別の世に存在はしておる。それで満足は出来ぬのか」

「せめて……。ひなたを抱かせてやりたいと思います……。」

 震える声で修太朗が語ると、きゃっきゃと笑うひなたを見て、しづかはため息をついた。

「我が愛しき妹が残滓となりつつ悲願を叶うために神別の勾玉を使おうとするとは……。修太朗よ、生半可な想いでは守人たることはかなわんぞ。心して修行することよ」

 そう言い残すとしづかは宙へと消えていった。


「どうやら姉様、諦めてくれたようですね」

「みたいだね……。ねぇ、ユリさんってユキのご先祖様なんだよね」

「ユリでいいですよ。さん付けしなくても構いません。それに、ご先祖様かどうかというと微妙かもしれませんが、ひなたは確実に私の子孫ですよ」

「微妙って……。ユリがユキのご先祖様じゃなければひなたが子孫というのは矛盾するし、かと言って他に考えられることもないし……」

「理屈っぽい男はもてませんよ。今は色々思うでしょうけど、そこは置いておきなさい。修太朗さんはこれから守人として修業しないといけませんからね」

「その守人とは何?」

「姉様の言うように、普通は人には何の役割もなく、輪廻転生の輪の中でぐるぐると永遠に生命を紡ぎ続けるものです。だけど時折何らかの理由で役割を与えられた存在が生まれてきます。その役割を持った存在を御霊と呼ぶの。その御霊を害されたら役割が果たせないことになる……。御霊を守るために存在する守護者が守人という存在ですね」

「ということは、ひなたは何らかの役割を持った御霊になるんだね」

「察しがいいですね。ひなたは担うべき役割があって生まれてきたのです。だから親のあなたも当然に守人なの。ユキさんは離れてはいますが、ひなたに対して守人であるということは変わりありません。修太朗さんがユキさんと同じ世界で守人となれるなら会ってひなたを彼女に抱かせてあげることができますね」

 そう微笑んで語りかけるユリの中にユキの面影が見えたような気がした。もう一度ユキに会える、会ってひなたを抱かせてやれる……。胸の奥からこみ上げてくる何かに身を任せ、もう何も考えず信じて、修行とやらをしてやろうと修太朗はあらためて決意した

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