第10話 心配性の幼なじみ
「それじゃあ、また明日」
「うん、今日もありがとう」
「あのさ、椎倉さん」
「何?」
「明日も一緒に。それでその、こんなんで頼りないかもしれないけど、ボディガードになるよ。赤西達も何してくるかわからないしさ」
出来るだけもごもごしないように、照れないように勢いをつけて言い放った。けれど、彼女は嬉しいというより申し訳なさそうにして。
「陶磁君……」
「ほら、流石にあいつらだって、ちょっとやんちゃなだけだから。これ以上危害を加えてくることもないだろうし、先生達だって放っておかないから平気だと思うけど」
彼女は少し迷ってから、ゆっくり頷いた。
「……わかった。じゃあお言葉に甘えて、お願いするね」
「うん、もちろん」
「じゃあ、また明日」
そう言って彼女と別れる。彼女との時間はあっという間だった。まだ胸に残る熱は冷めそうにない。はぁ、と短く溜息をついて。彼女が見えなくなってから余韻を確かめるように振り返る。
自覚してしまったこの想い。理屈は分からないけれど、過去に二次元に捧げた推しへの愛とは、確かに違った。思えば初めて抱えた感情なのかもしれない。
けれど今は別に、伝えなくたっていい。このポジションにいることを利用していると言われたって、今は俺だけが彼女を守れるのだ。今から格闘技をマスターすることが出来なくても、身代わりになることなら出来る。
それが俺にとっての、存在価値かもしれない。彼女も同じようなことを言ってくれた。けれどそれはむしろ真逆だ。
「……俺の方こそ、そのために生まれてきたのかもしれない」
誰もいない道の真ん中で、一人そう呟く。さて、今日は帰って何を食べようか。また甘の家の。
「ふーくん?」
「え? あ、あれ? 甘?」
突然現れた甘に、ドキッとしてしまう。恥ずかしい独り言が聞かれてたんじゃないか。というか、どこから出てきたんだ?
「どうしたんだよ、こんなところで」
「偶然。私も学校の帰り」
「あぁ、そういうことか」
「一緒に帰ろ?」
甘の要望を快諾する。けれど、俺たちは時間的に最後の授業が終わってから少し経って学校を出てきてるんだけどな。甘は部活とか入ってなかった気がするが、偶然時間が合ったのか。
というか、もし椎倉さんとのやりとりを見られてたのなら、ちょっときまずい。いや、まだ付き合ってるとかじゃないけど、理於とかに話されたら小恥ずかしいものがある。
「あ、あのさ甘。さっきそこに居た時」
「女の子」
「え?」
「女の子と一緒にいたよね、ふーくん」
「あ、いや、えっと。見てたのか?」
「ううん。何となく、嫌な匂いが残ってるから。こないだと同じ」
「あ、あぁそういうことか」
「彼女?」
「か、彼女じゃないって! その、偶然家が同じ方向なんだよ。転校生だから、たまたま俺が色々教えてるってだけだ」
「……そう」
いつもほんわかしている甘にしては淡々と話しかけてきて、思わず窮してしまう。けれど、別に何をビビる必要もない。まだ恋人同士でもなんでもないんだから。
「大体、この俺に恋人が出来ると思うか。甘なら分かるだろ。パッとしない俺が話せるのは理於か甘くらいのもんだって」
「うん、そうだよね。わかってるよ、ふーくん。だからちょっと、確認しただけ」
「あぁ。ってか、否定しないのな。……ん、確認?」
「……今日もお裾分けあるから、後で持っていくね?」
「それは有難いけどさ」
家の前に着くと、甘はそう言っていつもの笑顔を見せた。けれど、どことなくいつもとは違う雰囲気だったから。
「もしかして、何か怒ってる?」
「どうして?」
「あぁいや、こっちの勘違いならいいんだ」
「うん。怒ってないよ。ふーくんに怒ることなんてないもん」
「それなら良かった。じゃあ、悪いけどお裾分け楽しみにしてる」
うん、と彼女は家の中へ戻っていった。
この前といい、やっぱり謎の匂いとかが問題なのか。かと言って消臭剤とかでどうにかなるのか、これ。
甘が見せる違和感に頭を抱えつつも、自宅に帰って自室に戻れば、ベッドに横たわる。仰向けになって手のひらを蛍光灯に翳せば、彼女との甘い時間が蘇る。
「……守る。守ってみせる」
ヒーローの如く胸に誓い、悦に浸っていた。そんなこと、出来るわけがないだろ。凡人のお前が、たった一つ上手くいったからって調子に乗るな。脳内のネガティブ小人が叫んでいた。けれど、思いは変わらない。何故かって、実際に彼女を守れたのは俺なんだから。
自分を鼓舞するように似たようなセリフを呟いていると、妹の声で我に返った。何回か声をかけていたようで、お兄ちゃん、食べないの?と下の階から強めの語気で響いてくる。
「い、今行くよ」
エロ本を読んでる所を見つかったみたいな恥ずかしさにドキドキしながら、緩んだ顔を戻そうとペチペチ叩いて階段を降りる。
「うわ、何その手! それでご飯食べれる?」
「いやまあ、痛いのは痛いんだが、何とかいけるだろ」
理於にはこの怪我のことを、学校で転んだことにした。そういえば、甘には何も聞かれなかったな。小学校の時、一緒に遊んでいてちょっとでも擦りむいたらぎゃあぎゃあ騒いで、まるで自分が怪我したみたいに過保護な甘が。
『わぁあああ゛!! ふーくん、ふーくんがぁあ!!』
『だ、大丈夫だから甘! 俺は平気だから、な?』
『やだ、死んじゃやだよぉ!!』
——子供の頃が懐かしい。まあ、歩きながらであの距離だし、気づかなくても不思議じゃないか。
「そういえば、甘ちゃん何か変だったなぁ」
「ん? 変?」
「あ、別に大したことじゃないんだけど。理於ちゃん、ふーくんのことちゃんと見ててね。って、いつも以上に過保護だったよ。お兄ちゃん、またなんかしたんじゃないの?」
「いや、何も。まあ甘のことだし、たまのお節介だろ」
「ふーん。でも、折角の幼なじみの好意をそうやって適当にしてたら、バチが当たるよ?」
「適当にはしてないって。いつも感謝してるよ。もちろん理於にも」
「は? ちょっと何、急に気持ち悪いんですけど」
「いやいや、俺なんかと喋ってくれる女子は二人だけだからなって」
「あー……まあ、私はともかく甘ちゃんはそれ喜ぶかもしれないけどさ。そろそろその言い方やめた方がいいと思うよ、お兄ちゃん。この先他の女の子とコミュニケーション取れないってなったら、お兄ちゃんは永遠に独り身でいるつもり?」
「……まあ、確かに。お前の言うことは一理ある」
甘の家から貰ったお裾分けに箸を伸ばす。それを頬張りながら得意顔でいると、理於は不思議そうな顔をした。
「あれ、いつもならアイドルがどうとか、訳わかんない弁解とかしてきて気持ち悪さに拍車が掛かるのに。今日は素直?」
「心変わりだよ。ちょっとしたことで成長してくんだよ、男は」
「うわ、何それ。やっぱりキモかった」
いつも通りに美味しいお裾分けを平らげて、1日が終了。女の子とコミュニケーションね、確かにうまく取れないかもしれない。いや、今の俺にだったら多少なりともコミュニケーションが取れる。
何故なら、女子としては最高クラスの彼女と、こんな深い付き合いをしてるのだから。あの彼女を笑わせられる。落ち込んだ時、声をかけられる。俺はもう、昔の自分じゃない。
なんて、浮かれてばかりじゃ居られない。今日学校で起きたことは、今思い出しても異常だった。何か手を打たなければ。自分が主人公だったらどうするだろう。
夜になって痛みが酷くなってきた掌を撫でながら、結局は彼女のことを夜通し考えてしまうのだった。
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