第1話 転校生は嫌われ者のS級美少女

 * 


 朝のチャイムが鳴り響く。ホームルームの時間だが、珍しく今日は担任が来るのが早い。


「今日は転校生がいるから、紹介する」


 珍しい。アニメや漫画と違ってこの学校は転校生が少ない。でも、本来転校生ってそんな頻繁に来るものじゃないよな、と思いながら。


 例によって少しざわつくクラスの中。そうして担任はゆっくりと廊下の方を向く。何故かその顔が引きつっていて、怪訝けげんそうな表情をしていたのが気になった。


「……マジか」


 ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、まさかの美少女だった。


 それもとびきりの。俺自身のタイプ、というのは含まれていたとしても、世間一般的に見て美人だと言える。


 普段目立つことのない自分が思わず声を出してしまったことに焦り、変な汗が滲む。軽く周りを確認してみるが、誰も俺のことは気にしていなかった。


 そうしてもう一度転校生の姿を見て。


「……椎倉しいくら 時雨しぐれです。よろしくお願いします」


 細やかな声。透き通ったような声は上品に、小さくともクラスにしっかりと通って響いた。見た目通りのいい声だ。俗に言う、S級美少女。あまり凝視していられないが、巷で人気のアイドルみたいに整った容姿。佇まいも気品があって、吸い込まれそうなオーラがある。


 その上俺が特別惹かれたのは、どことなく薄幸そうな……物悲しげな雰囲気を醸し出していたから。その理由は良くわからないけれど、ただの美人なら俺の心は易々と三次元に傾かない。要は、俺の好みなだけだろうか。


 あ、なるほど、なんとなく理解した。昔推しだったキャラにもどこと無く似てるんだ。……なんて、柄にもないテンションの上がり方に、自分自身びっくりしていた。最近はどんなキャラを見ても高ぶることなんてなかったのに、ましてや三次元なんて。


 ……と、先からクラスの様子がおかしいことに気がついた。


 もっとざわめくはずのクラスが、どちらかといえばヒソヒソと囁くような声があちこちから聞こえてくる。


 いや確かに、DQNみたいにキャーキャー騒いで、めっちゃ可愛いねー!と叫び散らすようなクラスではない。


 かと言って自己紹介の後誰も何も言わず……なんてことは普通あり得ない。よく耳を澄ましてみると、近くの女子が二人コソコソと話をしていた。


「……マジ無理なんだけど」


 聞こえたのは、そんな言葉。確かに彼女たちの顔を見るに、まるで嫌いな虫でも見つけたかのような引いた顔で彼女を見ていた。


 そこまで嫉妬させるほど、同性からしても飛び抜けた美貌なのか、と改めて一人勝手に感銘していた。確かに、胸も程よく膨らんでいる。


 ところが隣にいる十郎を見て、また異変に気づく。


「おい、十郎。どうしたんだよ」


「ど、どうしたもこうしたも……、フミヤンは平気なの? あんな……」


「何を言ってるんだ、あんなって……転校生のことか?」


 彼は何かに怯えたように、ただ頷いて目を伏せる。なるべく彼女のことを直視したくないとばかりに。


「空いてる席、後ろの方だ。座ったら授業始めるぞ」


 担任は淡々と指示し、転校生の彼女はゆっくりと歩みを進める。それでこの異変が、ただの違和感じゃないことを思い知らされる。

 

 彼女が通った道が、周りの嫌悪の目にさらされていくのだ。それはまるで腐った生ゴミやら嘔吐物やら、それこそ不快害虫を見つけてしまった時のような。何故そうするのかは、全く分からない。けれど男女共に冷たい目で彼女に一瞥もくれず、中には十郎と同じ目を伏せ、机に突っ伏し、すすり泣いている者もいた。


 そうして彼女は一番後ろの席、ちょうど俺の後ろの席に着いた。


「……あの、よろしく。陶磁とうじ、っていうから」


「え? あ、あぁうん、よろしくね、陶磁君」


 彼女は一瞬狼狽うろたえてから、返事をした。もっとスマートに挨拶をする予定だったのに、陰キャラらしく声が上擦ってしまった。おかげで引かれてしまったかもしれない。


 けれど、いつもより勇気を出して声をかけたのは、確認したかったのだ。彼女の顔が、気がついたらタランチュラのようになっていないかを。

 そして自然と彼女の顔を数秒だけ凝視した。それは見れば見るほど、直視するのがはばかられるほどに——やっぱり美少女だった。


『陶磁君』


 うん、目を瞑ればあのキャラそっくりだ。萌える。悔しいが、三次元にもこんな女子がいたなんて。陰キャよろしく名前を呼ばれて、それだけで舞い上がっている。


 けれどクラスの雰囲気は変わることなく、むしろ挨拶をしたのは俺だけで、その俺にすら冷たい視線が注がれている気がしていた。妙な妄想をしているのが悟られてしまっただろうか。


 とにかく一限目が終わるまで、その異様な雰囲気の理由を掴もうと彼女をそれとなく観察していたが、一向にヒントが得られることはなかった。




———




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