第2話 陶磁文也の憂鬱

 時間は朝に遡る。


 俺はいつも通りに登校する。早すぎることもなく遅すぎることもない時間。遅刻もない。


 高校は特段楽しい日々もなく、漫画やアニメのようにいじめが横行しているだとか、あちらこちらで恋愛ムードで持ちきりだとか、かといって異世界に召喚されるようなこともなさそうだった。ただ、自分をキャラ付けするとしたら、陰キャに分類に属されると思う。


 そんな物思いに耽っていると隣の席の眼鏡に小太りな男、世良せら 十郎じゅうろうが話しかけてきた。


「ねぇねぇフミヤン、今期のアニメ見た? 見たよね? ほら、俺が前からめっちゃくちゃ勧めてた奴だよ! 激アツだったぁああ……製作陣マジ神。主題歌神。レイサたんマジ神ぃい! って、絶対ハマるの間違いなしだかんね。フミヤン、聴いてる?」


「……あ、あぁ。聴いてるけど、まだ見てないよ」


「なーんだよぉ! 絶対見てって言ったのに!」


「ちょっと、タイミングが無くてさ。そのうち見るよ、そのうち」


「頼むよ〜! やばいなぁ、これは帰ってからもグッズ調べて円盤予約して……」


 と、彼は絵に描いたようなヲタクだ。そして、そのヲタクとつるまざるを得なくなったのが俺だった。


 十郎はヲタクで見た目もイメージ通りだが、悪いやつじゃない。自分の好きなことを散々話して、それが賛同されようと反対されようと、自我を貫く。ものの見事にクラスの女子からは白い目で見られているが、彼はものともしない。


 とにかく彼は文字通り鋼のメンタルを持っていて、俺がそれが内心羨ましかった。



 俺は中学の頃までアニメに夢中で、純粋にそれが生きがいだった。推しを共有できる友達も出来て、リアルアイドルにもハマるようになって、とにかく画面の中でも舞台の上でも輝いている誰かを応援して、感情移入するのがたまらなく楽しくて。


 けれどふとした時に、それが粉々に砕かれた。ヲタクがバレた時の、心無い言葉だ。


 それはいじめとかじゃない。悪いのは自分だった。とにかくいろんなコンテンツに夢中だった中学生の俺は、その時の推しに関連づけた生活を送っていた。


 身に付けるもの、持ち歩くもの推しのカラーにして、推しがプリントされたキャラグッズは片っ端から集めた。それが自分なりの推しへの愛だと疑わなかったし、周りのヲタク友達とも競うようにしてグッズを収集し、時間と金、自分を捧げていくのが心地良かった。


 そんな時、ふとキャラグッズを机の横に掛けてあったカバンから落としてしまった。机と机の間にポツンと落ちたペンケース。それをタイミング悪くクラスの女子が踏んづけて、思わずその女子と俺はほとんど同時に声を上げてしまった。


「は? ナニコレ、ちょっとマジ気持ち悪いんだけど……」


「あ……」


「え、何? 何か言いたいことでもあるわけ?」


「い、いや、その……」


 その女子は一瞬悪びれるかと思えば、ペンケースを拾い上げる時にはもう侮蔑の目をしていた。そして俺は、何故かそれに反論出来なかった。推しのグッズに推しのデコレーションを施した、世界に一つだけのペンケースにはヒビが入ってしまった。


 ペンケースを落としたのは、自分の不注意だ。落としたのは自分が原因だとしても、彼女はペンケースを踏んづけて謝りの言葉一つすらない。なのに俺は、彼女たちに反論するのが怖いと逃げてしまった。そんな自分の弱さが、嫌だった。


『一般の人からみたら、これは気持ち悪いんだ』


 その意識は、確かにヲタク活動をしていて思うところはあった。けれど見ないふりをしていた。


 ただ、それほど愛情を注いでいたキャラクターも、自分の心も、どちらも守れなかった。自分には何もない、空っぽだって証明になるのが嫌でたまらなかった。


 それ以降俺はヲタクをやめた。いじめられるのが怖いとかじゃなく、単にその資格がなくなったからだと思った。あの時の経験がトラウマになって、今の平凡な自分を形作っている。他人から見て目に付くようなら取り繕う。そうやって必要以上の期待を抱かなければ、喪失感に苦しむこともないのだ。


 そう思うと十郎には同じ思いをして欲しく無い。と同時に、時折羨ましく感じる時があった。本当は彼のようにありのままの姿でいたい。


『……なんて、俺は身の丈に合った人生でいいんだよ』


 手を握ったり閉じたりして、突然異能が発現しないかな、だとか。帰り道道路に飛び出したら異世界に飛ばされてチートスキルを獲得したり、気付いたらハーレムを作っているなんて最高だ。


 周りを巻き込んで自分が成長し、変わっていく。物語の主人公になるのが憧れだった。でも、そんなものを求めるのは現実的じゃないってことに気がついた。毎日そんな妄想をしたって、この席から眺める景色は変わらない。


 何より俺が転生したからって、そんな都合よく性格が変わるわけでもない。どうせあの時みたいに、逃げるに決まってる。努力だって出来ない。だから俺は諦めた。主人公なんてのは、俺には不相応だって気がついたから。


 そんな風に思っていたのに、彼女と出会ってしまった。




———




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今月完走予定ですので、引き続き宜しくお願いします。

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