第三話②

 目前に広がる町並みは、想像以上に活気があった。

 正門を越えて町の中心へ目を向けると、高台の上にれんいろの大きな屋敷が見える。あれが領主の邸宅だろうか。凹凸のないのっぺりとした外観は飾り気がないけれど、けんろうたたずまいをしている。

 町の大通りは屋敷に向かって緩やかなこうばいを呈しており、その両脇には商店や工房、飲食店などがぎっしりと連なっていた。往来には人と家畜があふれ、辺境とは思えぬ賑わいを見せている。

 しかし漂う空気はどこかひりついていた。人々の横顔にも、あまり余裕がない。あちこちの建物からは鉄を打つ音が響き、煙突からはもくもくと煙がたっている。

 物々しさを感じさせるこの独特な雰囲気には、覚えがあった。

「……なんだか、戦争前のにおいがする」

「鋭いな。その通りだ」

 私の独り言に、アドラスさんが同意を重ねる。

 驚いて顔を上げると、彼は珍しく険しい表情で、町の様子を食い入る様に見つめていた。

「俺のいぬ間に事態は悪化していたらしい。……これは、ひどい誤算だな」

「どういうことですか」

「歩きながら話そう」

 そう言って、アドラスさんはつちぼこりが舞う大通りを進み始めた。リコくんと私は彼の後に続く。

「このグレイン領を含めた帝国東部一帯が昔、ランドール公爵領と呼ばれていたのは知っているか」

「ええ、昔神殿学校で習いました。でも何十年も前に、当時のランドール公が実兄である皇帝相手に反乱を起こそうとして、領地を没収されてしまったんですよね」

「そうだ。その際ランドール公の一族とそれに加担した家々も取りつぶしとなり、主人を失った広大な領地は各貴族に分配された。だがそれからというもの、東部への風当たりが強くなってしまってな。州総督の領政調査は他の地区と比べて格段に厳しいし、帝都議会における東部貴族の発言権も、ほとんど無きに等しくなった。

 これで東部の人間同士が結束すれば、状況も少しはましになるのかもしれないが、何年も前の反乱を引きっていがみ合い、東部同士での対立が頻発しているのがこの土地の現状だ。とにかく、今の東部では領主同士が足並みを揃えることなどできないし、東部をまとめられるような器の持ち主も存在しない」

 段々と話が読めてきて、私はアドラスさんのいまいましげな横顔を見つめる。彼はこちらの視線に応えるように、小さく肩を竦めた。

「そこにきて、俺がエミリオ皇子であるという疑惑が浮上した。すると伯父は俺になんの相談もなく、中央に反感を抱く東部の領主たちに、東部連合なる組織の結成を持ちかけた。『正統なる王位継承者の名の下に、集え東部の同胞ともたちよ』とな」

「あれはひどかったです。アドラス様に向かって、いきなり『私がお前を皇帝にしてやる』なんて言い出して」

 横で私たちの会話を聞いていたリコくんが、苦々しそうに吐き出した。

「しかもアドラス様が乗り気でないことを知ると、『御身をお守りするため』なんて言って、領主邸に監禁したんですよ」

「監禁!?」

 思わずアドラスさんを凝視してしまう。この人を、監禁。そんなことが可能なのだろうか。

「領主様はアドラス様のことなんて本当はどうでもいいんだ。ただ、アドラス様が皇子になれば、自分が貴族界で成り上がれると思って──」

「リコ、そのくらいにしておけ」

 不満を噴出させるリコくんを、アドラスさんがたしなめる。彼の声は穏やかだったけれど、無視できない響きがあった。

 リコくんは不満げに、口先をとがらせながら沈黙した。

「でも、監禁されてアドラスさんはどうされたんです」

「もちろん自力で脱出した」

 アドラスさんはごく当たり前のように答えた。……私はもう、驚かない。

「だがその時には遅かった。俺が閉じ込められていたわずか一週間のあいだに、『出生を秘されていた悲劇の皇子』を旗頭にして、東部各地の領主たちはかつてないほどの規模で結束を固めていた。おまけに合同演習などとうそぶいて、各地域の武力を集める計画まで進んでいたらしい」

「そんな。それだと、アドラスさんが第二のランドール公になってしまうのでは」

 なんの断りもなく貴族同士で団結するだけでも危ういのに、そこに武力まで集中させてしまったら、それはもう完全な脅威である。本国に逆賊と判断されてもおかしくはないではないか。

「そうだな。このまま帝都の連中が『アドラスはエミリオである』という話を受け入れなければ、本当に反乱が起きかねない空気があった。だから、俺はリコと共に帝国から離脱することにしたんだ。

 東部連合と言っても、しよせんはエミリオ皇子という幻想に取りかれ、一時的に結束したごうの衆に過ぎない。俺という象徴が消えれば、彼らも少しは冷静になって、馬鹿な考えは改めるだろうと考えたのだが」

 アドラスさんは町の様子に目を向ける。目の前を走る馬車の荷台から、まきのように積まれた剣がちらりとのぞいた。

「結果は、この通りだ」

「……アドラスさんは、騒動を防ぐためにご自身の出生を明らかにしようとしているのですね」

「ああ。中央が『アドラスは皇子ではない』と否定しても、また東部が『アドラスこそ皇子である』と証明しても、両者は互いの主張を認めないだろう。だが、どの国家にも属さぬアウレスタ神殿による判定ならば、誰も文句は言えないはずだ」

 その考えは間違っていない。もともと神殿は、そうした国家や民族の間に生じた問題に中立な立場で対応するため、独立した組織体系と自治領を維持しているのだから。

 ──だが問題は、誰がその判定を下すかである。

「私で良かったのでしょうか」

 疑問と共に足が止まってしまう。アドラスさんとリコくんが、不思議そうにこちらを振り返った。

「そこまで深刻な状況だと分かっていたら、神殿だって協力を惜しまなかったと思います。それなのに、大した能力もない私に──」

「では、神殿に改めて依頼をしたとして、彼らはどんなことができる? 事件の当事者は既におらず、俺の出生を明らかにするような決定的な証拠もないのだぞ」

 そう返されては何も言えない。現在神殿に所属する人間の中に、過去視の能力を持つ人はいないし、親子の血縁関係を証明するような、都合のいい技も存在しない。

「一方、君は限定的な条件下ではあるが、霊を視ることができる。『真実を見抜く』という先見の聖女のお墨つきもある。むしろ、神殿の中ではこの件に最も適した人材だと思うけどな」

「そう、でしょうか」

「ま、実際に母の霊がいるかどうか分からないことには話も進まないだろう。伯父おじの屋敷に着いたら、例のクレマ妃の手紙も見せよう。悩むのはそれからでいい」

 明るく言って、アドラスさんは再び歩き出した。

 なんだか上手うまく丸め込まれてしまったような気がするが、反論らしい反論も見つからなくて、私も慌てて後を追う。けれども、一度湧いた疑問は胸の内にこびりついたままだった。

 アドラスさんは、本気で私が彼の問題を解決できると信じているのだろうか。

 ……私は、彼の役に立てるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る