第9話

普段は怖そうな中年の男性も、頑固そうなおばあちゃんも、老若男女問わず誰もがこのテーマパークでは顔を綻ばせる。


ここは幻の国――ネズミーランド。


ルナの誕生日のお祝いを兼ねて、2人きりで来ていた。


陽太

「――――」


お揃いの耳を付けた僕たちは、カメラに収まるよう顔を間近に寄せ合う。


ルナ

「陽太くん、ほらもっと寄って!」


ルナのネコのような愛らしい顔が、目と鼻の先にグイッと近付いた。


陽太

「…………」


彼女のサラサラな髪が、僕の肩を撫でる。

と同時に、花畑と果樹園を足したみたいな、華やかで甘い芳香が香る。


そして、ネズミーランドのシンボルマークである大きなお城を背景に、パシャリ。


ルナ

「はい、チーズ! きゃーっ!!」


気が気では無い僕を余所に、彼女は撮った写真を眺めはしゃぐ。

写真を撮っただけなのに、まるで宝くじにでも当たったかのような大袈裟な反応だ。


そんな彼女に誰もが視線を向けてしまう。

しかし、それは決して非難的なものではなく、誰もが思わず見惚れてしまうという意味で。


言わずもがな、その中には当然僕も含まれている。


陽太

「――――」


ルナは元々、僕と付き合っているのが不思議なほどの美少女。

今日は服装が輪を掛けて彼女の魅力を引き立てている。


フリルやレースがたくさんあしらわれている、上品な黒のワンピース。


袖は彼女の華奢な身体を強調するように細めになっているが、キュッと絞られたウエストから膝上の着丈に掛けてスカートがすらーっと広がっているため、女性らしいふんわりと柔らかい見た目となっている。


陽太

「――――」


また、スカートから伸びる足、袖から出る手、服から覗くデコルテと、彼女の新雪のような真っ白な肌をワンピースの黒が引き立てる。


重くなり過ぎないようデザインされた所々のシースルーからも、彼女の肌が透けて見え、可愛さだけでなく妖艶さも持ち合わせている。


陽太

「――――」


服自体は総合的に見ると、いわゆる地雷系や量産型といわれるカテゴリーに属するのだと思う。

だが、ルナが着ていると、どこかのお姫さまのような正装と化す。


人々は老若男女問わず、ルナに釘付けだ。

それほどまでに彼女の魅力は、周囲から際立っていた。


ルナ

「やっぱりカチューシャ付けると、テンション上がるーっ!!」


スカートをひらひらとさせながら跳ねる。


陽太

「そんなにはしゃいでたら最後まで保たないよ」


言葉としては冷静のつもりだが、パークの雰囲気のおかげか、ルナに当てられてか、内心は僕も高揚感を覚える。


それを彼女はずばりと見抜く。


ルナ

「こういう所では、はしゃがない方がマナー違反だよ! ……ほら陽太くんも、行くよっ!!」


ルナは僕の手を引くと、走った。


ルナ

「今日一日、最後まで思いっきり楽しもうねっ!」


そして、初夏の太陽が霞むほどの、満面の笑みで笑った。


陽太

「うん!」


それからは僕は堰を切ったかのように、ルナとのネズミーを楽しんだ。

ジェットコースター、シューティングゲーム、蜂蜜の香りがする乗り物と次々に。


人気のテーマパークということもあって、乗り物に乗るまで1時間単位で平気で待たされる。

しかし、ルナと話していれば長いはずの待ち時間もあっという間に感じられた。


そして、今はレストランでお昼ご飯を食べていた。


ルナ

「さすがにちょっと疲れたねー……」


開園から午前中いっぱいと、ハイテンションのままひたすら遊び回っていたため、彼女の顔にはさすがに疲労の色が見て取れる。


陽太

「ずっと走り回ってたからね。ご飯食べ終わったらどうするの?」


ルナ

「えーっと……陽太くんがどうしても乗りたいって言ってたアレかなー。スタンバイパスの時間が結構ギリギリだし……」


スタンバイパスとは、人気のアトラクションに入場するための特別なパスのことを言う。

無料で取得できるのだが、あらかじめ時間がきっちりと決められているのが難点だ。


そのため、1分でも遅れてしまうと失効となり、無情にも入場することが出来なくなってしまう。

そして、パスがないと今回はそのアトラクションには乗れない。


なので、時間は厳守。

絶対に遅れることは出来ないのだ。


陽太

「ついに……やったー! アレどうしても乗りたかったんだよねー」


僕がどうしても乗りたかったのは、宇宙船を模した乗り物。

宇宙を旅するコンセプトのアトラクション――スペースコスモだ。


ずっと憧れている星が待つ宇宙に、擬似的とは言え行けるのだから、絶対に乗らなければ気が済まない。


ルナ

「本当に陽太は星が好きだよね」


陽太

「星は僕の全てだから……ね」


さっきまで感じていたはずの疲労は、風に吹かれたかのように吹き飛ぶ。

空いた所に、逸る気持ちが沸々とこみ上げる。


ルナ

「なら絶対に乗らないとね! じゃあ、はい、これ……あーん」


ルナはそう言うと、彼女が食べていたオムライスを僕に差し出す。

もちろん、彼女が使っているスプーンで。


陽太

「え……みんな見てるから、さすがに恥ずかしいよ」


さすがはネズミー、食事時をずらしたにも関わらず、同じような事を考えた人たちでレストラン内は未だに賑わっている。


その中で、子どものように食べ物を食べさせて貰うのは気が引けた。


しかし、


ルナ

「大丈夫だってみんなやってるし……それより早く食べないと、スペースコスモに遅れちゃうよ?」


彼女はオムライスを差し出しながら、悪戯に笑う。

ルナに、こういう小悪魔的な所もあったことを僕は忘れていた。


ルナ

「乗れなくなっちゃうよ……?」


挑発するようにルナはスプーンを揺らす。


陽太

「……あぁもう、分かったよ!」


背に腹は代えられない、僕は恥を忍んでパクッとひと思いに口に含む。

おそらく耳を真っ赤にしているであろう僕を見て、今日一番はしゃぐルナ。


ルナ

「きゃー、陽太くんが食べたー!! 可愛いーっ!!!」


頬に両手を当て、テーブルの下で足をバタバタする。


陽太

「…………」


僕はまるで動物園の小動物。


当然やられっぱなしは嫌なので、


陽太

「はい、ルナ! 僕のも食べて!」


僕は自分が食べていたカレーライスをスプーンいっぱいに乗せると、彼女に差し出した。


ルナ

「え……まさか、陽太くん仕返し……?」


当惑する彼女に首を振る。だが、意趣返しだ。


陽太

「まさかまさか、お裾分けだよ! ほら、早く食べないと、僕が乗りたいやつに乗れなくなっちゃう」


ルナはスプーンに乗ったカレーをじーっと見つめる。行こうか行かまいか、葛藤している様子。

僕に聞こえない小声でブツブツと呟く。


ルナ

「陽太くんと、間接ちゅー……」


しかし、しばらくすると腹を決めた。

僕が差し出すスプーンにゆっくりと顔を近づける。


ルナ

「…………ぱくっ!」


そして、子猫みたいな小さな口を開き、カレーをぱくり。


火照ったような真っ赤な顔で、もぐもぐとカレーを食べる。


陽太

「美味しい……?」


ルナ

「味がしない……うぅ」


ルナは悔しそうな顔でシュンと俯く。

僕はその様子に思わず笑った。


陽太

「早く食べちゃおうよ」


それから何度か、あーんしたり、されたり。

周囲にいるカップルと同様、僕たちも全力で楽しむというネズミーのマナーを守って、食事も楽しんだ。


陽太

「ふー、お腹いっぱい……」


ルナ

「陽太くんって意外とご飯食べられるよね? 高校では部活入ってないようだし、中学で何か運動でもやってたの……?」


レストランを後にした僕たちは、ゆっくりと直近の目的であるスペースコスモに向かいながら、談笑していた。


陽太

「まぁ……ちょっとね。小さい頃色々あって、小学生から中学までやってたんだ」


煮え切らない答えになってしまったのは、訳があった。

それはやっていた運動のせいで彼女に怖がられるかもしれないので、あまりこの話題に関して離したくはないのだ。


心中を察してか、ルナは話題の深掘りを即座に止める。


ルナ

「そうなんだ……いつか話したくなったら、その話も聞かせてね。ルナ、陽太くんの全部を受け止めたいから」


ルナは温かい手で僕の手をパッと取ると、


ルナ

「それじゃああんまり時間も無いし、遅れないように行こーっ!」


力強く引っ張る。


陽太

「わー! そんな急がなくてもスペコスは逃げないよー!!」


急に走り出す彼女に驚く僕。


ルナ

「そうだけど、良いのーっ!!」


ルナは子どものようにきゃっきゃっ笑いながら、走る。

それに僕もつられて、いつの間にか笑顔に。


陽太

「全く……敵わないなぁー」


彼女はいつもドキッとするほど、僕の気持ちを上手に汲み取ってしまう。

まるで心を見透しているみたいに。


それでも嫌な感じがしないのは、彼女が僕に寄り添おうとしてくれているからなのだろう。


ルナの優しさは、月のように感じられた。ずっと寄り添ってくれるそんな月のように。


ルナ

「早く早くー!!」


陽太

「転ばないようにねー!!」


僕の腕を引き、先を走る彼女。


華奢な背中は何故か大きく見えるのだった。

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