3−3
喫茶店を後にしたふたりはこの後の予定を話し合う。
「女の子が喜びそうな所ってどこがいいか思い付かなくて……。行きたいところある?」
「行きたい所かぁ」
デートの定番の映画館、カラオケ、ゲームセンター、ショッピング、動物園に水族館、デートで行きたい場所はたくさんある。けれど莉子が思い浮かんだ純との初デートで行きたい所は、そんな人の多い騒がしい場所ではなかった。
「ゆっくりできる場所がいい。ドライブしながら二人でお話したり……」
いつも仕事後の公園で彼とお喋りする時間が彼女は好きだった。どこに行かなくてもいい。隣に彼がいてくれれば。
「じゃあ海でも行く? ここからだと海岸線も近いし」
「行きたい!」
莉子達が住む街は県の沿岸部に位置するため海が近い。純の予測ではここから30分程度で海岸に着けるらしく、海に向けてのドライブデートが始まった。
「莉子ちゃんは明るいよね」
「え?」
「一緒に仕事していて思うよ。明るくて物怖じせずにハキハキしていて、論理的に言葉を組み立てて話してる。若い子って支離滅裂な話し方をしている子が多いけど莉子ちゃんにはそれがない」
どうやら褒められているらしいが、純の評価はあまりにも買い被り過ぎだ。莉子は知的キャラでもなければ、本来の彼女は明るくもない。
「私、本当はそんなに明るくないよ」
「そうなの?」
「うん。私は明るいわけじゃないの。これはキャラ作ってるだけ」
性格が明るいと言われることはある。でもそれは莉子自身がそうありたいと望んで産み出した偽りの姿。自己プロデュースしてきたニセモノの莉子だ。
「純さんには私の家族の話はまだしていなかったよね」
「実家を離れて独り暮らしとは聞いたけど……何か事情がある家なのかとは思っていたよ」
「うちの家は、元々は母子家庭だったんだ。お母さんと実の父は私が5歳の時に離婚していて、今の父は義理の父になる。10歳下に父親違いの弟がいるんだ」
再婚家庭も片親違いの兄弟も珍しい時代ではない。しかし誰彼構わず話せる話題でもなかった。
現在、専門学校で机を並べる同級生達はもちろん莉子の家庭事情を知らない。それを知るのは、小学校や中学校時代の一部の友人達だけだ。
「弟は太陽みたいな子なの。明るくて自然と周りに人が集まって、そこにいるだけで空気を明るくする。あの子がいるだけで皆が笑顔になる。運動会のリレーもいつも一番で、優しくてみんなに好かれていて、頭も良い子。あの子は私が大好きで私もあの子が大好き。仲は良いと思うよ」
10歳下の弟の出来の良さをコンプレックスに感じたことがないと言えば嘘になる。
莉子の実の父親は金遣いが荒く、挙句の果てに離婚前は外に女を作って何日も家に帰らなかった。莉子が不倫を毛嫌いする理由も実父の浮気が原因だ。
それに引き換え、再婚相手である弟の父親は誠実な男だった。彼になら母を託せると、再婚当時小学生だった莉子は思ったものだ。
自堕落な男と誠実な男、父親の遺伝子だけでこうも子供の出来が異なるものなのか、思春期を迎えた多感な時期の莉子は思い悩みもした。
母と義父、弟の3人は義父の仕事の都合で隣接県に昨年引っ越した。莉子だけが生まれ育ったこの土地に残って独り暮らしをしている。それを寂しいと感じる時もあれば気楽と思う時もある。
可愛い弟の運動会やサッカー大会には県を跨いででも参観するし、こっちに戻ってきた母とランチを共にする日もある。義父との関係も良好だ。再婚家庭にしては、莉子の家は上手くいっている方だろう。
「だけど弟が羨ましかった。私はそこにいるだけで空気を明るくしたり誰かを笑顔にすることはできない。弟のようにはなれないの」
勉強も運動も成績はそこそこ。何かに秀でた特技もない。
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