2−7

 掛け時計の針が18時の5分前を指し示した。

 この後も残る店員達に仕事の引き継ぎを頼み、莉子は中央レジを出た。レジを出る時に同じく引き継ぎの最中だった純と目が合い、彼女達は互いにしかわからないアイコンタクトを取り合う。


 先に5階の女子更衣室に戻った莉子は帰り支度と着替えを始めた。

 心臓がドキドキと騒いでいる。尋常じゃない緊張感で今にも倒れそう。


 今日の服はワンピースではない。

 ピンクベージュのノースリーブのブラウスにひらりと揺れるローズ柄の膝上5センチのスカートを合わせた、名付けて品のいいお嬢様ファッション。軽くメイク直しをして、いざ出陣。ここが女の勝負どころだ。


 5階フロアを出た先の廊下で純が待っていた。莉子より遅く更衣室に入った彼は予想通り莉子よりも早く着替え終わっていた。

 何の装飾もないシンプルなTシャツにジーンズ姿でも純は長身で手足が長いから様になる。


「お待たせしました」

「行こっか」


 ふたりだけでエレベーターに乗り込むと、ゴミ捨ての時のふたりきりの時とはまた違う緊張感が漂っていた。


「どこかカフェにでも入る?」

「ごめんなさい、人のいない場所でお話したいことなので……」


 何しろ莉子がこれからする話は「あなたが好きです」と言うのだ。人のいるカフェで告白は恥ずかしい。


「人のいない場所か……」


 人がいない場所で話したいこと。それだけでどんな話かは、大方の予測はできるはず。

 彼は何を考えている?


「八丁通りのケーキ屋の前に公園があるよね。そこはどう?」

「じゃあ、そこで……」


 駅前の大通りから脇道に入った八丁はっちょう通りには中規模の公園がある。公園の前には可愛らしい外観のケーキ屋があり、莉子もそこで何度かケーキを購入している。


 エレベーターが1階で扉を開いた。店舗を出て近くの駐輪場に停めた莉子と純の自転車を引き取り、ふたりは公園まで自転車を引いて一緒に歩いた。


 夏の夕暮れどき。少しだけ暑さの消えた街は、正体不明の解放感に満ちている。


「井上くんとはどうなの?」


 道を歩く最中、唐突に出た井上の名に莉子は首を傾げる。何故このタイミングで井上の話題を?


「井上さんって、あのお喋りな井上さんですよね?」


 莉子の言い方が面白かったらしく、純は苦笑いして頷いた。


「そうそう。彼が休みの日は比較的静かだよね」

「井上さんがどうって言うのは……?」

「俺が言っていいのかわからないけど井上くんは佐々木さんが好きだと思う。思い違いならごめんね」


(井上さんが私を好き? 確かに嫌われてはいないと思う。でも井上さんに恋愛感情を抱かれているとも思えないなぁ。鬱陶しいと思う時は多々あるけど)


「どうなんでしょう。井上さんに告白めいた言葉を言われたことはありませんし……。それに私は好きな人がいるんです」


 とうとう打ち明けた好きな人の存在。純がどんな反応をしているか確認するのが怖くて、横に並ぶ彼の顔を見上げられない。


「好きな人いるんだね」

「……はい」


 この状況で、この雰囲気で、それがどういう意味を持つのか大人の男はわかっている。彼の声はかすかに上擦って震えていた。


(お願い察して! 察してクダサイ……ああもうダメ。恥ずかし過ぎて色々と無理っ!)


 今すぐ逃げ出したくなる衝動を抑えつけて莉子は八丁通りに入る。モザイクタイルの歩道を通って公園の入り口に自転車を停め、園内の目印である大きな噴水の前のベンチに並んで腰かけた。

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