2−5

 大橋のサポートをしている時に彼女はふと気付いた。

 自分はもう完全な新人ではない。出来ないこと、知らないこと、未熟な点は多くあるが、莉子よりも新人が入ってきたことで、莉子はサポートやフォローを無条件にしてもらえる立場ではなくなってしまった。


 主任には電話も出られる時は出て欲しいと言われている。文具フロアには頻繁に客からの電話がかかってくる。

 商品の取り置き、予約の電話、希望の商品は置いてあるかの確認や予約の場合は、電話を受けながら予約票を書く時もある。


 電話に出る前は少し緊張する。でも出てしまえば客の希望の商品を一緒に探したり予約をしたり、そのやりとりは楽しく感じていた。

 莉子は接客業が好きだ。それはネイリストの夢にも通じる、必要な気持ちである。


 14時になる5分前に純が休憩から戻ってきた。戻ってきて早々、彼は取り置きや予約の伝票を確認した後に莉子を呼んだ。


「入荷連絡はした?」

「はい。おひとり、電話が繋がらなかったので留守番電話に入れておきました」

「そっか。あとは……、これは今日受け取りだね。これは……」


 伝票を確認する彼の横顔をじっと眺めた。仕事の要件であっても純と話せるだけでとても嬉しい。


 純との確認事項の会話後は主任にバックヤードに呼ばれ、来月の勤務日程のシフトを出すよう言われた。


 来月は夏季休暇に入っているが、夏休みだから存分に働けることもなく、就活との兼ね合いや休み中にも検定試験があったりと、長期休暇でも莉子の学業はせわしない。


 バックヤードから店舗に戻ると純と目が合った。すぐに視線をそらされてしまったけど、彼が見ていた方向には、その時は莉子しかいなかった。


(私を見ていた? どうして? なんで?)


 また悶々とする。そわそわとモヤモヤで心がおかしい。

 心がモヤモヤの次は下腹部の奥に刺激が走ってズキズキと痛んだ。昼食時に飲んだ鎮痛剤はまだ効いていないようだ。


 ひとりで品出し作業を行いながら先程感じた竹倉純の視線の意味に考えを巡らせる。


(あれはただ、ボーッとしていただけで私を見ていたんじゃないよね?)


 変に期待して勘違いだったなら辛い。だから過度に期待しない。してはいけない。


 数ある業務でもひとりになれる品出しと掃除を兼ねたフロアの巡回、そしてゴミ捨ては自分のペースで仕事が行えて気が楽な、莉子が好きな業務だ。


 雑貨レジ、中央レジ、芸術レジにあるゴミ箱を回収し、ゴミをひとつのポリ袋にまとめる。それを持ってスタッフ以外立ち入り禁止区域の通路に入ると空の段ボールが山積みになっていた。


 空の段ボールを分解してゴミ袋と共に台車に乗せる。この段ボールと集めたゴミをエレベーターで下のゴミ捨て場に運ぶ工程までがゴミ捨て作業だ。


 立ち入り禁止区域の重たい鉄扉が開く音が背後で聞こえた。莉子が振り向くと、分解した段ボールを手にした純がこちらに入ってきた。


「手伝うよ」


 純はそう言って、段ボールを次々と台車に乗せ、重たいゴミ袋も軽々持ち上げた。


「レジ抜けて大丈夫なんですか?」

「今はお客さん少ないから。主任もいるし、ゴミ捨てするくらいの時間なら抜けても平気」


 確かに土曜の夕方、16時から17時台は昼前と昼過ぎのピーク時に比べて客足は減る。外出を楽しむ人々も、ティータイムの時間を過ごしていたり早めの帰路につく人が現れる時刻だ。

 逆にこの時間帯のカフェはカフェスタッフにとっては戦場だろう。


 しかし、新人の大橋を放ってこちらに来ても大丈夫なんだろうか。いざとなれば主任が控えているから問題はなさそうだが。


(でもどうして私の方に来てくれたの?)


 ゴミを乗せた台車を押す純がエレベーターを呼び出す隣で、莉子は彼を盗み見る。エレベーターが軋んだ音を立てて口を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る