2−2

 閉店後、更衣室に駆け込んで身支度を整える。あいにく特別お気に入りの服ではないが、例の作戦実行にはやむを得ない。


(背に腹は代えられない……は、使い方違うか。でも聞くなら今日しかないよね。純さんに話しかけてもらえて、心配してもらえた)


 嬉しくて口元の緩みが止まらない。気を抜くと笑い声が漏れてしまう。

 不自然に口元を押さえて着替える莉子に背を向けて先に荒木が更衣室を出ていった。


 莉子も女子更衣室を出て事務室を通り、エレベーターのある廊下に出ると予想通り竹倉純がいた。けれど今日は他の社員達もいてエレベーター前には人だかりが出来ている。


 狭いエレベーターは全員を輸送するには定員が怪しい。ここにいる人間は莉子を入れて7人だ。


 ギリギリ全員が乗れたエレベーターは1階に向けて降下する。莉子と純は奥に詰めた。隣同士になった彼と腕が少し触れてドキッと胸が高鳴る。


 この二の腕に今すぐ抱き締められたい。胸板に顔を埋めたいと思ってしまう。


 指定の階への到着の合図が鳴り皆が先に降りていく中、莉子と純はふたりして最後に降りた。

 歩く速度が普段よりも遅い彼の一歩後ろを莉子は歩く。彼はどうして今日はこんなにゆっくり歩いているんだろう?

 それとも莉子に合わせてわざとゆっくり歩いてくれている?


 社員通用口の扉を純が押し開けた。莉子が通れるように扉を開けて待っていてくれる。

 会釈して彼の横を通った時、ドキドキが最高潮で心臓が破裂しそうだった。


「あの……」

「ん?」


 振り向いた純の穏やかな表情に見惚れてしばしフリーズする。心の奥がきゅんとして、ああ、やはりこれは恋の甘い痛みだと再確認した。


 通用口を出た莉子と純はふたり並んで歩いていた。今夜は雨が降っていなくて、でも直前まで降っていたらしい雨の匂いが街に漂っている。


 ふたりきりの帰り道、聞くなら今しかない。


「じゅ……、竹倉さんっておいくつですか?」


 心の声のクセでつい「純さん」と言いそうになった莉子は慌てて彼の苗字を口にした。


「35だよ」

「さんじゅうごっ!? ……30歳くらいかと思っていました」

「ははっ。予想よりも年寄りで驚いたでしょ? 童顔だからかな、なかなか年相応には見られないんだよね」


 童顔には見えないが老けてもいない。

 でもこれは予想外だった。莉子の根拠のない見当では30歳から32歳の範囲、30代前半までならイケると思っていた。

 年の差10歳前後なら、相手の恋愛対象内だと……。


「えっと、お誕生日は……」

「3月だよ。だから来年の3月に36になる」


 莉子は素早く暗算した。莉子が今年20歳で純との年齢差は16歳差。ひと回りどころの差じゃない。干支を一周してもまだ足りない。

 高校生で父親になる人もいる。下手をすれば父と娘の年齢差だと思い至り、莉子はプチパニックに陥っていた。


「佐々木さんは……って、女の子に歳を聞くのは失礼だよね……」

「9月にハタチになるのでまだ19歳です」

「うわぁ、若いなぁ」


 若いの言葉が重たく響く。36と20と16の数字が頭の中でぐるぐる、ぐるぐる、回っていた。


 今日の純は自転車で通勤していた。莉子は今日も電車だ。駅前の駐輪場の前で純と別れた彼女の口から漏れたのは盛大な溜息。

 彼と話が出来て、年齢も聞けたのに莉子の気分はまったく晴れなかった。

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