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 恋の気配を自覚してからというもの、莉子はバックヤードのボードに貼り出される社員の勤務表で彼の勤務日を確認するようになった。勤務表の名前の欄で彼の下の名前を純だと知った莉子は心の中で密かに「純さん」と呼んでいる。


 竹倉純は基本的に金曜、日曜休み、月曜から木曜と土曜に勤務が入っている。莉子と勤務が重なる曜日は火曜と土曜だ。


 会えると嬉しくて、会えないと寂しい。

 学校にいても家にいてもバイトが休みの時も、気付けば常に竹倉純のことを考えていた。

 これは間違いなく恋の禁断症状に違いない。


 恋をすると、特に女は誰かに話したくてたまらなくなる。それは莉子も例外ではない。

 さっそく中学時代からの親友の杏奈に好きな人が出来たと電話報告した。


{その人何歳?}

「んー、わかんない。聞いたことないからなぁ。でも見た感じは30代前半」


 自宅の部屋で携帯電話を片手に莉子はベッドに寝そべった。


{30代かぁ。いいじゃん、いいじゃん。見た目どんな風?}

「背が高くて細身でシュッ! としてる。芸能人だとね……」


 似ている芸能人を思い付くだけ何人か挙げた。莉子の話を聞いた杏奈は電話の向こうで笑い転げている。


{ねぇ、莉子の語る竹倉さん像、めっちゃイケメンな想像しかできないんだけどっ!}

「ふふっ。だってイケメンなんだもーん」


 好きな人はイケメンに見える好きな人すきすきフィルターは確実にかかっている。莉子の目から見える竹倉純は誰よりも格好良く映った。


{相変わらず面食いだねぇ。その人、結婚は?}

「左手の薬指に指輪してなかった。だから結婚してないと思う……けど、仕事では結婚指輪外す人もいるって言うし」

{まずは竹倉さんに彼女がいるか確認しないとだね。あわよくば連絡先ゲット!}


 杏奈は事も無げに言い放ったが、どんな状況でどんな風に「彼女いますか?」って聞けばいいだろう?

 どんな理由で「連絡先教えて下さい」って切り出せばいい?


「だけど仕事中にプライベートなことは話せないよ。雑談程度ならできてもそういうこと仕事中に聞くのは常識ない子って思われるのも嫌」

{バイトの帰りに待ってみるとか? 土曜は終わる時間同じなんでしょ。帰り道一緒になれば話すタイミングあるんじゃない?}

「うん、帰り……頑張ってみる。杏奈、話聞いてくれてありがとね」


 杏奈の言うように、上手くいけば土曜に帰り道が一緒になるチャンスはある。バイトはきついけれど、彼に会える土曜日の勤務は楽しみだった。


 杏奈との通話を終えた莉子は窓の外に目を向けた。

 大粒の雨が窓に打ち付けている。6月も半ばに差し掛かり、今週はこの地方も梅雨入りを迎えた。


 夏を迎える前には、純との距離がもう少し近付けているといい。あわよくば……なんて妄想を始めれば、莉子は口元が緩んだ顔を枕に伏せた。


 早く会いたくて顔が見たくて、その夜に見た夢には竹倉純が現れた。

 夢の中の彼の隣には莉子がいて、莉子達は手を繋いで幸せに笑っていた。


 どうか夢が現実になりますように。

 正夢でありますように。


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