第八十八話:????②

 ここは……どこ……?





 まっくらでなにもみえない。





 わたしは……そう…… マルグリット・グラヴェロット。

 

 

 

 

 前にもこんな同じ様な事があった気がする……。

 

 

 

 

 辺りを見渡してみる……。

 

 

 

 

 真っ暗闇の中で遥か遠くに光っている何かが見える。





 誰かがいる……?

 

 その光の中にいる誰かが私に近づいてきた。

 

 顔を識別できるくらい近づいて来てわかった。

 

 似ている……。

 

 そう、フィルミーヌ様に……。

 

 あれ? やっぱり前にもこんなことあったよね。

 

 うーん、と悩んでいたらフィルミーヌ様のそっくりさんに話しかけられた。

 

「お久しぶりね、マルグリット」


「…………すみません。どこかでお会いしま……」


 いや、待って…… そうだ…… 私はあの時、一度死んだ。

 

 死んで目を覚ますまでの間に誰かに会ったような気がしていた。

 

 頭の中を一から整理する。私が赤狼の牙の首領の様な男に殺された直後の事だ。


「やっぱり…… 死のショックが大きくて本能的に記憶しないようにしたのね」


「……いえ、段々と思い出してきました。私が死んでから再び起きるまでの間で貴方に会いました」


「貴方は強い子なのね、マルグリット。普通の精神であれば、思い出す事を拒否しそうなものなのだけれど…… それでこそ、私の見込んだ騎士。それに強くなった…… でもまだ足りない…… 彼らに抗うには足りない」


 そんな事は分かっているわ。八歳になった今年…… 赤狼の牙がグラヴェロット領に来ることになるはず。

 

 前回は手も足も出なかった首領を相手に出来るのか…… いくら十年前とは言え、肉体的には現在の方が全盛期だったらどうする……。

 

 色々不安は尽きないと考えていたらフィルミーヌ様のそっくりさんが嬉しそうにニコニコしている。

 

「というわけで、貴方には私の騎士になって頂きます」

 

 えっ……!? 

 

 唐突なお誘いに戸惑いを隠せない。

 

「なんですか……急に……」


「私の騎士になれば、貴方の力の底上げをすることが出来ます。私達・・にはそういったチカラが備わっているの」


 私が…… 似ているとはいえ、フィルミーヌ様以外の誰かの騎士に……。

 

 確かに力は必要だけど…… 本当にそれでいいの?

 

 もちろん抵抗はある…… 今は手段を選んでいられない気持ちもある。

 

 フィルミーヌ様をお守りする為には……。


「と言っても私の力は今となってはほとんど残っていないからキモチ程度なんだけどね」

 

 彼女が徐々に私に近づいてくる……。

 

 彼女が近づく距離に比例して私の心の葛藤が大きくなっていく。

 

 でも……。

 

 どうしよう……。

 

 そうよ……。

 

 ダメ……。

 

 やっぱり…… ダメ!。

 

「あ、あの…… やっぱり私……」

 

 彼女は私の肩に手を置く。

 

 あっ、言うの遅れた……。 私が……フィルミーヌ様以外の……誰かに……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 ん?

 

 

 

 特に何ともない……。体中が”ぶわーっ”とか”しゅわしゅわしゅわ”とオーラに包まれる訳でも無く、私自身特に何かが変わった様には思わなかった。

 

 これで彼女の騎士になってしまったんだろうか。心がズキツと痛む。フィルミーヌ様をお守りするのに力はどうしても必要になる。

 

 だけど……

 

 言い方は悪いけど、心を穢してしまった…… そんな心境…… とため息をついて、彼女の方を見上げると…… 彼女は目をぱちくりさせていた。

 

 ん…… なんですか? その『思ってたのと違う』みたいな表情は……。

 

「あ、あれ…… なんで…… どうして……」

 

 フィルミーヌ様のそっくりさんはこんらんしている!

 

「あのー、大丈夫ですか……?」

 

 彼女は指を下唇に当てて考え事をしている。

 

 仕草一つを取ってもやっぱりフィルミーヌ様に似ている…… でも別人であるのは間違いない。それは私の本能はそう告げているから。

 

 一体何者なんだろう…… でもこんなそっくりな人が身内にいるなんて聞いてなかった。

 

 メデリック公爵家の女性はフィルミーヌ様以外はお母さま、おばあさま、叔母様で肖像画を見せてもらった事もある。

 

 でも目の前にいる人とは違っていた。

 

 それともここは私が見ている夢でフィルミーヌ様に会いたいが故に作り出してしまった幻想なのかしら。

 

 しばらくすると無言で私の事を見つめだした。

 

「ねえ、マルグリット…… 簡単で良いんだけど、貴方の生い立ちを教えてくれないかしら。前回の……」


 何、急に…… 貴方の騎士になったかどうか問題がスルーされている。

 

 彼女の表情が『想定と違うんですけど』になっているからまずは彼女の言うとりにしてみましょう。

 

「前回って私が引きこもり人生を歩んで学院に入ってフィルミーヌ様とイザベラと出会って命を落とすまでの……ですか?」

 

 彼女は首を縦に振る。

 

 何が聞きたいのかさっぱり分からなかったけど、私が覚えている限りの歩んだ人生を語った……。

 

 他人との接触が怖くて本の世界に逃げた事。

 

 嫌々ながらも貴族というだけで学院に入らなければいけなくなって泣きながらナナと別々になった事。

 

 入学以降はひたすら図書室に通っていた事。

 

 いちゃもんをつけられ、絡まれて怯えていたところを救ってくれたフィルミーヌ様。

 

 私の夢が明確になったあの日、フィルミーヌ様をお守りしたくて必死になって鍛え始めた事。

 

 現役女学生で初のDランク冒険者になった事。調子に乗って死にかけた事。

 

 そしてあの日…… フィルミーヌ様をお守りできずに死んでしまった事……。

 

「――こんな感じでいいですか」


 彼女は何か確信を得たのだろうか?

 

 ピンポイントで私の身体能力に関する質問を投げかけて来た。


「貴方は自分の事を不思議に思った事は無かった? いくら必死に鍛えたとは言え、入学時に身体能力が普通の人より遥かに劣っていた貴方がたった二年で全校生徒の能力を上回ったって事に……」

 

 正直に言うと気にした事がなかった。強くなるために必死だったから。

 

 でも、言われてみれば確かにその通りだった。入学時は一歩劣るどころじゃない。

 

 身体をまともに動かしてすらいなかった私はその辺の子供より身体能力は劣っていたから同級生からしたら十歩、二十歩は劣っていたはず……。

 

 鍛え始めてから二年…… 三年時の武術大会で私は優勝したのだ。しかも女の私が、男性たちをごぼう抜きにして……。

 

 という事は成長力が他の人と比べて段違いに高いという事なんだろうか……。

 

「それと、『番犬』ってどういう理由から呼ばれるようになったかキッカケなんかないかしら」

 

 『番犬』と呼ばれるようになった所以…… それは少しずつだけど妙に感覚が鋭くなって、不遜な視線を送って来る輩を特定したり、人の気配が分かる様になった事、魔法を使わなくても他人の魔力の流れが感覚で分かるようになった事…… まるで獣の嗅覚、本能の様な感覚でフィルミーヌ様に近寄る輩どもを撃退してたらその様に呼ばれるようになった事を説明した。

 

「なるほど…… となると…… そんな事が出来る…… まさか…… 家系…… 彼なら…… 知ってるかも……」

 

 彼女はまた何か考え込んでいる……。

 

 ぶつぶつ言っているせいか全てを聞き取れている訳ではない。

 

「うん、分かったわ…… ありがとう」


 彼女は何かを納得したようだけど、私は納得していない点が残っている。


「あのー…… 結局、貴方の騎士がって話はどうなったんですか?」


「ああ、ごめんなさいね、予想以上の事が立て続けに起こったものだから驚いてしまって…… 結論から言うと、貴方は私の騎士として不適格でした。でもそれは決して貴方の能力が劣っているからとかの理由じゃないの。素質…… 才能の問題と言えばいいのかしら……」

 

 素質!?

 

 才能!?

 

 もしや、私って価値無し令嬢マルグリットでしたか……。だったらなんでこの人は私に目を掛けたの……。

 

 唐突なディス発言に病みそう……。

 

 ……でも、正直ホッとした。私の剣は例え無能だとしてもあの人に捧げたいから。

 

「でもね、そんな貴方だからこそ――」


「……へ?」


 彼女はハッとした表情で自分の言葉を遮る。


「ごめんなさい、なんでもないわ。貴方にはまだまだ強くなってもらう必要があります。だから…… 私の本体に会いに来てください」


 頭がパニックになった。

 

 本体? ここにいる貴方は? ニセモノ?

 

 私の表情から『???』となっている事が伝わったのだろう、意地の悪そうな顔で『さて、どういうことでしょう?』等と問いかけてくる。

 

 やっぱりフィルミーヌ様に顔は似てるけど、性格は似てない。

 

 あの方はそんな意地悪しないもん。

 

「フフ、ごめんなさい。つい面白くて…… ここにいる私は精神体、つまりは魂だけの状態なの。本体である実際の身体からは離れてしまっているの」

 

「そ…… そんな事が…… 出来るんですか」


「私がいる場所に来るという事は相応の力量が求められるわ。そこまで来ることが出来れば、最低限の能力は有しているという事の証にもなる。その時こそ、この力の事も含めて、私の正体、貴方が倒すべき敵と言った私の知る限りの情報をお話しします」


 少なくとも分かっている時点でヴェルキオラ教団、赤狼の牙、王国近衛騎士団だけど…… 他にもいるのかしら。

 

「わ、わかりました。どこへ行けば貴方に会えるんですか?」


永遠の寝所エターナルコフィンの地下三十階にいるわ」

 

 待って待って待って、あそこは墓地なのよ、墓地!!

 

 墓地で待ってる? 誰かと待ち合わせする場所じゃないんですけど……。

 

 初代聖女様以外にも過去の王族や偉人として祀り上げられた方々がお住まい(永眠)なんですが?

 

 この人本当に何者なの……。

 

 そんな事を考えていたら、私の身体が透けて来た。

 

「そろそろ目覚めの時間ね、マルグリット。待っているから…… 必ず来てね」

 

「分かりました。必ず貴方に会いに行きます」





「………… 最後に八歳の誕生日おめでとう、マルグリット」






「……お嬢様、朝ですよ」


 さっきまでのあれは…… 夢だったのかしら。


 でも彼女は言った…… 永遠の寝所エターナルコフィンで待っていると。

 

 夢で語りかけて来たけど、恐らく現実…… それを確かめる為にも、まずは入る方法を調べないと。


「うん、起きるわ」


「あれ、今日は随分と素直ですね…… ご病気…… じゃないですよね?」


 朝っぱらから滅茶苦茶失礼な事を言ってくる……。

 

 あの後、自分の意思を確立した事がキッカケになった事が理由なのか、寝付ける様になってからは足りなかった分を補うかのように睡眠時間が増えてしまって、ナナの負担が爆増したからストレスが溜まっているのかもしれない。

 

「今日は頭がスッキリしてるの」

 

 スッキリしている…… それは別にすっからかんという意味ではない。

 

「そうでしたか…… あっ、お嬢様。お誕生日おめでとうございます」

 

「ありがとう、ナナ」

 

 

 ようやくこれで冒険者ギルドに行ける。

 

 永遠の寝所エターナルコフィンの入り方もそこならきっとわかるはず。

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