第八十五話:少年の想い

 ナナの失言…… いえ、私の嘘から始まったアリバイ作りは一瞬で脆くも崩れ去った。

 

 どうやら私に知能犯の才能は皆無らしい……。『ミステリーを読めばなんとかなるっしょ』という頭の悪い発想は今日限りで止めにします。

 

 ナナは状況が理解できていないようで事実を語った事によりイグニスフィールはニッコニッコで不気味過ぎる……。

 

「ナナ…… と言ったね。ありがとう、君のおかげで解決したよ」


「え……? あ、はい…… どう…… いたしまして?」


 ナナは何故お礼を言われたのか全く理解できていない。


 いえ、まだよ…… まだ終わっていないわ。

 

「そ、そういえば今日は街に本を見に行ったんでしたわ。私はあのお店の常連でして、つい自分の部屋の様に居着いてしまうんでしたわ」

 

 私とイグニスフィールの攻防を理解していないナナは私が必死になっている理由が分かっていないようで、普通に事実を突っ込んでくる。

 

「書店に行かれていたのは昨日でしたよね? 今日は森に行かれていたのではありませんか? 妙に獣臭かったのと泥まみれで帰ってこられましたよね。しかも玄関から来ると奥様と旦那様にバレるから窓経由で直接お部屋に入ってこられて――」

 

 そこまで言わんでもいいのでは? と思う程に最早止めようのないナナによる某週刊誌並みの暴露情報に私の表情は間違いなく引きつっていたと思う。

 

 その話で確信に至ったのであろうイグニスフィールは勝者の余裕からか「申し開きがあるのであれば、最後までお聞きしますけど」等と宣っている。

 

 

 引っ叩きたい、この笑顔……。

 

 

 まさか背後の味方から刺されるような事態になるとは…… まあ、私もナナに口止めしていなかったこともあるから強く言えないのだけれど……。

 

 仕方ないか……。

 

「ナナ、申し訳ないけどお菓子の追加を持って来て貰えるかしら」


「かしこまりましたぁ」

 

 まずはナナを遠ざける。その間にイグニスフィールの真意を問いただす。

 

 その前にイグニスフィールが反応する。

 

「こちらも退席させた方が都合が良いですか?」


 護衛の人をチラ見して、二人で会話したいという事かしら? でも護衛の人には既に見られてるし……。

 

「いえ、あの場にいたのであれば隠す必要もありませんから」


「わかりました」


「では早速本題に入りましょう。あの場にいたのは確かに私です…… が、私を探している理由はなんですか? 領内で起きる事故を未然に防ぐのも領主家としての責務ですから、礼なら不要です」


「…………貴方は最初から私が宰相の息子であると知っていましたか?」


「馬車の中におられる時は存じ上げませんでしたが、その後にお名前を聞いて……」


「…………そうですか」


 一体何を聞きたいのかさっぱりわからない。

 

 まあ、私としては魔獣と戦っている場面を忘れて欲しいから頭でもかち割って素人的対症療法をしたいところなのよね。

 

 万が一、雑談で口を滑らせでもしたらイグニスフィールからお父さまの耳に入った後にお母さまに絶対に行く。

 

 『ンマー、マルグリットちゃん! 魔獣と戦うなんてママは許しませんよ。荒事はパパと領軍に任せて、貴方は貴族令嬢としての務めを果たしなさい』

 

 とか言われそう……。

 

 私が強くなることは将来的にフィルミーヌ様をお救いするに必要な事ではあるんだけど、『十年後に私達死ぬので、強くなる必要があるんです』なんて誰が信じると思う?

 

 『マルグリットちゃんが現実と夢の区別がつかなくなっちゃったわー』なんて狂人として病院に担ぎ込まれるのがオチだわ。

 

 そりゃあ、お母さまの言う通り、ある程度貴族令嬢として振る舞い、知人を作って情報を入手する事も必要なのもわかる。

 

 前回は気が付いた時には既に断罪の場にいた訳だし、今回はその前に”いつ”、”誰が”、”誰に対して”、”何の為に”、”何をするのか”をしっかり把握する必要がある。

 

 『いつ』の期限は学園卒業パーティまで。つまりは十八歳なので、残りは約十年。

 

 『誰が』は言うまでもなく私達を断罪するために結託した王子と教団だわ。ただ、関係者は他にもいるはずで、私達を手にかけた赤狼の牙を含めた実働部隊等の関係者情報も必要ね。

 

 『誰に対して』は言うまでもなく、フィルミーヌ様とイザベラ。ペトラの話で候補にはイザベラも上がっていたから彼女も一緒に狙われたと考えるのが妥当。

 

 『何の為に』は今持っている情報を元に推測するのであれば、クララを聖女として、王子の新たな婚約者として担ぎ上げる為にフィルミーヌ様とイザベラの二人が邪魔になった……。けど、今回クララの拉致を防いだ事により彼女が聖女になる事は無くなったはず。けど…… 教団からしたら操り人形としての聖女が欲しいはず。ということは、クララじゃない別の誰かが聖女として担ぎ上げられる可能性もあるから、教団の動きはきっちり把握しておかないといけない。

 

 『何をするのか』はもちろん王子側からしたら邪魔者である二人の殺害。これを防ぐ事こそ私が何においても最優先とするミッション!

 

 教団の情報…… 信徒でない私は教団内部の情報を入手できないから可能であるとすれば、結託する王子側から情報を吸い上げる事かしら……。

 

 そんな事を考えていたら若干俯き気味のイグニスフィールから話しかけられて我に返った。

 

「マルグリット嬢…… やはり貴方は今まで出会ってきたご令嬢達とは違うのですね」

 

「…………そう…… でしょうか、他の方達とは比較した事がありませんので分かりかねますが……」

 

 他のご令嬢ねえ…… 学園時代に出会ったご令嬢たちは自分達が優秀だと思い込んで他者を見下す人が多い。

 

 足の引っ張り合い、貶し合い、子息の取り合いなどと近寄りたくない人が多かった。

 

 その中でも、やっぱりあの二人は別格だけどね。

 

「えっと…… その……」


 イグニスフィールは言葉に詰まり始めた。何を言うつもりなのかしら……。

 

 護衛の人に「お願い」と言うと、彼らは部屋から退席しようとしている。

 

 事情が良く呑み込めないまま護衛の人が部屋を出る前に話しかけられた。

 

「お嬢さ…… いえ、マルグリット様。若は勘違いされやすいんですが、誠実で、誰に対してもお優しくて、少々臆病な所もありますがいざという時は困難に立ち向かう勇気もお持ちです。そんな若をよろしくお願いします」

 

 なんの話をしているの…… 若をよろしくって……。頭の中身が整理できていない私は頷く事しか出来なかった。

 

「……は、はい」

 

 護衛の人達が部屋を出てゆっくりとドアを閉める。

 

 

 これで部屋の中にいるのは私達二人だけとなった。

 

 

 

 

 

 少しの間、部屋の中は静寂に包まれる。

 

 

 

 

 

「……っ……!」


 勢いよく顔を上げ、私を見つめる彼は唇をプルプル震わせて頬は紅潮して目尻にうっすら浮かべている涙が部屋の光で反射して輝いてるように見えた。

 

 その男性とは思えない程の色気のある表情に私はドキッとしてしまった。 

 

 

 

「――貴方が助けに入って来てくれた時の凛々しい横顔と戦う姿に心を奪われてしまいました。初めてなんです…… このキモチは…… つまり、貴方に一目惚れしたんだと思います」




 彼の表情に気を取られて、発した言葉を理解するのに時間を要してしまった。


 何…… 貴方は一体何を言っているの。


 その言葉の意味を理解した瞬間に彼は次の言葉を発していた。





「貴方が好きです。僕の婚約者になって頂けませんか」





「……へぁっ!?」

 

 

 

 マルグリットはこんらんしている!

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