第八十六話:マルグリットさんのお悩みコーナー

 あれから三日が経過した。

 

 目が覚めたらまだ日が昇る前だった。

 

 普段であれば日が昇ってからナナが起こしに来るまで寝てるのに、ここ最近はその前に起きてしまう。

 

 つまりは寝不足だ……。

 

 理由は簡単…… そう、三日前に私は彼の言葉に……

 

 

「なんであんな事言っちゃったんだろう……」

 

 

 

 

『貴方が好きです。僕の婚約者になって頂けませんか』



『……へぁっ!?』



 私は彼の言葉の意味を頭で整理している。正直に言うと頭が真っ白になって整理の前段階って感じ。

 

 部屋の中でしばらく静寂が続くとイグニスフィールが全身をぷるぷる震わせて目に涙を溜めて口を開いた。

 

 

『ぐすっ…… や、やっぱり僕じゃダメなんですか……』


『そ、そ、そうではなくて…… 突然の申し出に驚いてしまいまして…… あの…… 私の聞き間違いかもしれないので、確認させてほしいのですけど……』

 

『は、はいっ! なんでも聞いてください』


『私…… もしかして…… 今…… ぷ、ぷ、ぷ、プロポーズ…… されました?』

 

 イグニスフィールは顔全体を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 少ししてからチラッと顔を上げて首を縦に振る。

 

 

 

 ……え

 

 

 

 …………本当に

 

 

 

 ………………どうしよう

 

 

 

 ……………………………やばい

 

 

 

 ………………………………………本音を言うと

 

 

 

 …………………………………………………素直に嬉しい

 

 

 いや、ついさっきまであんなに敵意剥き出しだったのに何手のひら返してるの? って自分でも思う訳よ。

 

 でもね…… 私は元の時間軸で過ごした十八年に時間逆行した約三年含めて異性に口説かれた経験無い非モテな訳です(クララは同性なので除く)。

 

 ラブロマンス小説を読んで「私には縁が無いけどね」とか思いつつ「こんな事あったらいいな~」なんて妄想に浸ってしまう程。

 

 そんな私が…… もちろん彼の発言から察するに吊り橋効果みたいなものはあると思う。

 

 それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。男性に告白されるのは乙女にとって夢の一つでもある訳だし……。

 

『理由はもう一つあって……』

 

『もうひとつ?』


『僕達…… 出会ったのってあの時が初めてですよね? どこかで過去に会ったことありませんよね?』

 

 ない…… ある訳がない。それに…… 少なくとも私は自領とコンテスティ領以外に足を運んだことが無い。

 

 まさかとは思うけど…… もしかして私にそっくりな人と間違われている説あるかも?

 

 それで喜んで違いましたーなんて言われたら完全な道化なんだけど……。

 

 そう思ったら一瞬で冷めて来た…… 本来は私じゃない人を探していたのに私をその人と間違っている可能性が出て来た。

 

 きっと私は無意識的に表情に出て来たのか、イグニスフィールは「ハッ!」とした顔で言い訳を口にし出した。

 

『ちっ、違うんです! 決して似ている人と間違えたとかではないんです!』

 

 何、この男…… イザベラみたいに人の顔色から心読む系スキルの持ち主なの? うーん、私って隠し事下手くそなんだろうか。

 

『では言い訳を聞きましょうか』


 立場逆転!!

 

『あの…… 正直に言うと、自分でも不思議な感覚だったんです。グラヴェロット領に来たのも初めてですし、マルグリット嬢と出会ったのも初めてのはずなんです…… でも…… なんででしょう、貴方を目にした時に「やっと再会できた・・・・・・・・」って本能的に理解したというか……』

 

 …………。

 

 一時期お母さまが王都に行っていたから見間違えてるんじゃないかしら……。

 

『イグニスフィール様は王都に良くいかれてますよね。私の母が一時期、ご友人を尋ねに王都に行っていた時期もありますから見間違えでは……』


『確かにマルグリット嬢とアニエス様はそっくりですが、お二人を間違える程、鈍くはありませんよ』

 

 彼の真剣な表情を見るとやはり間違いではないっぽいけど…… ちょっと分からない。

 

『あの…… それで…… 答えを頂きたいのですが……』


 ハッ! すっかり私も横道にそれ過ぎて本題を忘れていた。

 

 まずは冷静になるのよ、マルグリット。

 

 少し会話してて頭が冷えて来たから丁度いいわ。

 

 将来、敵になる男と婚約するとか普通は考えられないから受けるべきではないのかもしれないけど、ハッキリ言って現時点で断れるだけの理由がない。

 

 突き放すのは簡単なのよ。「貴方は好みじゃない」とか「性格が合わなそう」とかで無理矢理断る事は平民であれば容易だと思う。

 

 貴族はそう簡単にはいかない。お互いのプライドもあるし、何より一方的な理由ではお家同士の問題に発展しかねない。

 

 元々の関係性が薄いのであれば、合理的観点から婚姻関係を結ぶほどのメリットを見出せないとして断る事はできる。

 

 今回のケースでそれを当てはめると、グラヴェロット家とフレイムロード家は元々良好の関係である以上、両家に亀裂が走る可能性が高い。

 

 しかも相手は国家の中枢を担う大貴族…… 現時点で敵に回すわけには行かない。

 

 なら彼の婚約者になった場合は…… 私が王子側の人間になってしまう……。

 

 フィルミーヌ様とイザベラを敵に回してしまうかもしれない。

 

 そんな事気にしないでイグニスフィールは王子側、私はフィルミーヌ様側に着いたとしたら?

 

 下手するとお互いスパイ容疑でも掛けられて、守るべきはずのフィルミーヌ様とイザベラから敵視されて…… 私は生きる意味を見いだせなくなってしまうかもしれない……。

 

 グラヴェロット家とフレイムロード家の関係が良好なまま、違和感なくフィルミーヌ様とイザベラの隣にいる方法……。

 

 

 

 それは……

 

 

 

 決めた。

 

 

 

『イグニスフィール様……』

 

 

 

『はっ、はいっ!』




『条件を付けさせて欲しいのです』




『条件……?』




『はい、そんな難しい話ではありません。一つ目は、いずれ通うであろうエゼルカーナ魔法騎士学院の卒業までは仮の婚約として頂きたいのです。二つ目は、貴方が私以外の女性を見初める事があれば、その時点で私達の関係は終了とさせて頂きたいのです』


 イグニスフィールは目をぱちぱちさせて私の発言内容を理解しようとしているけど、いまいちわかっていないみたい。


『な、なんでそんな条件を……』


『簡単です、私達はまだ七歳…… これからより多くの人と出会う事になるでしょう。その間に私以上に貴方に相応しいご令嬢が現れる可能性もあります。その時、そちらのご令嬢を選ばれた場合に私と正式な婚約関係を結んでしまっていると破棄する場合にイグニスフィール様に不都合が生じるでしょう』


『ぼっ、僕が貴方以外の女性を選ぶと思っているんですか?』


『人の心はうつろいやすいもの…… ですがそれは貴方が悪いとかそういう話ではありません。そういう運命だったと思うべきなのです』



 そう…… 運命。貴方は元々私じゃない人と婚約していたのよ。

 

 だから貴方が彼女を選んでも仕方のない事だし、きっとそうなる。

 

 仮の婚約としておけば破棄も難しいものではないし、相手は貴方の叔父の娘……。

 

 フレイムロード家の事情もあるでしょうし、貴方が彼女の事をどこまで想っていたのか分からないけど、恐らくそちらが最優先されると思う。


『では学院卒業時のタイミングで貴方への想いをもう一度口にすれば結婚して頂けますか。僕はそんな不誠実な人間ではない事を証明して見せます』

 

 それと…… 私にはもう一つメリットがある。

 

 貴方は王子の側近でもある。そちらの情報を入手が容易になるという事。

 

 

『はい…… エゼルカーナ魔法騎士学院の卒業時点で、それでも私を選んで頂けるのであれば、喜んで貴方の妻となりましょう』

 

 

 だから貴方が私を最終的に選ばなかったとしても私にはデメリットはない。

 

 そもそも、この話は貴方が私を選ぶ事は万が一にも無いという前提なのだから……。

 

 

『ほ、本当ですか! やった! やったぁぁぁっ! あの……さ…… これからは仮とは言え婚約者になった訳だし、マルグリットって呼んでいいかな?』



 そんなに嬉しい? 私だってそりゃあ嬉しかったわよ。何しろ告白されたのなんて初めてだったし。

 

 ドキッとさせられたし、あぁ……これが小説で妄想していた女の子が憧れるワンシーンなんだなって思ってうるっと来たし。

 

 

 だけど、私はこれからこの手を血に染める事になる。いつか貴方の伸ばした手を振りほどかなければいけない日が来るの。

 

 

『はい、構いませんよ。改めて婚約者としてよろしくお願いいたします…… イグニスフィール様』

 

 

 だからお願い……

 

 

『これから皆に報告しないとね、えへへ…… なんか照れくさいね』

 

 

 …………やめてよ!

 

 

『あ、あとは未来のお義父様とお義母様にも改めてご挨拶しないといけないよね』

 

  

 そんな嬉しそうに喜ばないでよ!

 

 

『それとマルグリットにも僕の実家に来て欲しいな、皆にも紹介したいし』

 

 

 その笑顔を私に向けないで!

 

 

『僕が君以外の女性を選ぶなんて絶対にありえないからね』

 

 

 私は…… 貴方を…… 利用しようとしているのよ……。

 

 

『こんな可愛らしい女性が僕のお嫁さんになるなんて…… 僕は世界一の幸せ者だな』

 

 

 私には、貴方のその笑顔が…… まぶしくて…… とても辛い……。

 

 

 

 

 

 

 私って実はこんな弱かったんだなあ…… 殴られる方がよっぽど楽な事ってあるのね。

 

 

 こんな思いをするのなら…… あの時、割って入らなければよかった。

 

 

 貴方が馬車から顔を出す前に立ち去ればよかった。

 

 

 貴方の笑顔なんて知りたくなかった。

 

 

 お願いだから…… 私の心に入ってこないで。

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