第十話:訓練開始?

「お嬢様、朝ですよぉ~」


 普段は私よりナナの方が起床が早いので、私が寝ている最中にカーテンを開けて私を起こしにくるのが日課。

 

 なんだけども、あまりの眩しさに脳が理解しても体が拒絶反応を起こしてしまう。

 

「あっ、あと五分だけだから、カーテン閉めて! じゃないと、灰になっちゃう、灰に~、お願い~」


 私が我儘を言うと大体ナナはほっぺたをぷくーっと膨らませて小言を言ってくるのだが、その光景を見たいと思いつつもあまりの眠さに目が開けられないので脳内で補完することにしよう。

 

「もう~、人間は灰になんてなりません! この三日間寝っぱなしだったんですから、今日は早起きしてください」


 そうだ、私は今日から訓練をしなければならないんだ。しかし、訓練するのに早起きしなければならないのは理由にはならない。私の屁理屈に立ち向かるかね? ナナ君。

 

「むぅ、お嬢様はまた変なこと考えてますね? お嬢様は頭で考えてることが顔に出やすいので言われずとも察しはつきます」


 マルグリットの弱点その一。考えていることが顔に出やすい。フィルミーヌ様にもイザベラにもよく言われていた気がする。イザベラの場合は言葉ではなく表情で問いかけてくる。

 

 それにしてもやるではないか、ナナ君。流石は私の専属メイド。私は観念して起きることにしたが、やっぱり身体が拒絶してしまう。要は目がまだ開かない。

 

「ナナ、ナナ、起きるから腕引っ張って。目がまだ開かないから」


「しょうがないですねぇ、ではいきますよぉ! さん、にぃ、いち、はいっ!」


 腕を伸ばしてナナに掴んで貰ってベッドから降りる私。その勢いのまま、ナナに抱き着いて首筋があるであろう場所に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。

 

「ひゃぅ! だっ、だめですよぉ~、嗅いじゃダメです~、お嬢様~」


「よいではないかぁ~、よいではないかぁ~」


「そんな、おじさんみたいな言い方やめてくださぁ~い」


 やっば! めちゃくちゃいい匂いするんだけど? 一生嗅いでいられます、マジで!


「さて、ナナの匂いも満喫したし、朝ご飯を食べに行きましょう」


「満喫しないでくださ~い」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「朝ご飯も食べたし、目も覚めたことだし、そろそろ屋敷の裏にある森にでも行こうかな」


 本当は実践感覚を取り戻したいから魔獣が生息する『アリリアス大森林』に行きたいんだけど、まずはこの身体は戦うための下地が全くなってないから、この身体を鍛えなきゃいけない。

 

 屋敷の裏にある森は魔獣が出ないながらも起伏のある坂道やちょっとした崖もあるし、体幹を鍛えるにはもってこいなんだよね。というわけでナナに見つからないうちにさっさと着替えないと。病み上がりで裏の森に行くって言ったら何をいわれるか想像がつくので……。


 私がルンルン気分で部屋で動きやすい服装に着替えている最中に、気を抜き過ぎてお目付け役が忍び寄っていることに気づいていなかったのでした。

 

「よし、着替え終わったし、頑張るぞ~」


 意気揚々と部屋を出るとちょうど”待ってました!”と言わんばかりに私のお目付け役と出くわしてしまったのです。

 

「お嬢様? そんな動きやすそうな服装でどちらに行かれるおつもりですか?」


 い、嫌な予感がする。ナナから妙な圧を感じるんだけど……

 

「い、いいお天気でしょ? 裏の森でも散策しようかなって」


 うっ! ナナが頬を膨らましている。地雷を踏んだかもしれない。

 

「三日前に倒れられたばっかりなのに、体調が良くなったとはいえ、ぶり返したらどうするんですか! お屋敷のお庭でもいいじゃないですか!」


 怒った顔もかわいいよ、ナナ! しかし、私は屈するわけにはいかない。

 

「し、森林浴がいいんだって。心身共にリフレッシュできるから病み上がりにもいいって聞いたよ!」


 ナナが疑いのジト目で私の言葉の真偽を図ろうとしている。ナナ、そんなすぐに主を疑うだなんて私は悲しいよ。

 

「わかりました……。 でも条件があります。ナナもついていきます。これは絶対条件ですぅ」


 やむをえまい。どうにかしてナナを引き離す事を考えないと。

 

「いいよ。ナナが着替えるまで待つから玄関に集合しよう」


「はいですぅ」


 私は玄関まで歩きつつ、対ナナ用の作戦を考えていた。

 

 鬼ごっこだと…… ナナの前で走らないといけないから病み上がりはダメって言われるのが目に見えてるのよね。

 

 かくれんぼなら走らなくても遊べるからナナもきっと納得してくれるはず。

 

 しかし、実態はナナが数を数えている間に魔力展開で一気にぶっちぎっちゃう計画なのよね。

 

 そして、ナナが私を探している間に訓練を行うという…… フフフ、我ながら天才だわ

 

 何かのミステリー書籍で『見た目は子供、頭脳は大人』ってフレーズがあったけどまんま私の事ね!

 

「お嬢様~、お待たせしましたぁ~」


 メイド服じゃないナナも新鮮で可愛いわ。


「じゃあ、行きましょうか。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「んー、森の中は気持ちいいわね~」


「たまにはこういうのもいいですねぇ~」


 木々の匂いなんか落ち着くのよね。ついつい気持ちよくてのびしちゃう。

 

 おっと、いけない。あまりの気持ちよさに本題である『訓練するためにナナをかくれんぼで誤魔化す大作戦』を忘れるところだったわ。

 

 どのタイミングで切り出すとしようかしら。

 

 そういえば、森の真ん中には湖があったわね。休んでるフリをして、その場でさも思いついたかのように『ナナ~、今閃いちゃったんだけど~』的な感じで提案する。

 

 これだ!やっぱり頭脳が大人は一味違うわ~。

 

「ナナ、森の中央にある湖で少し休憩しましょう」

 

「いいですね~、ナナも賛成です。のんびりしましょう」


 森を散策しているときに木漏れ日の中を歩いていくって神秘的な感じがして私はとても好きなのよね~。

 

 ダメ、ダメよ。心動かされてはダメよ、マルグリット。森に入った時から戦いは既に始まっているという事ね。

 

 そうこうしている内に湖についちゃったわ。

 

 あら、結構人がいるのね。のんびりしちゃう前にナナに切り出さないと。

 

「ナナ、せっかくだから遊ばない?」

 

「何をするんですかぁ?」


 ちょっと考えたフリをしてさっきまで練っていた構想をナナにぶつける。

 

「”かくれんぼ”なんてどうかしら?」


「ムッ、お嬢様! 何か企んでませんか? ナナは急にピーンと来たんですけどぉ!」


 やばい、ナナがリスの如く頬を膨らまし始めちゃった。ナナの直感鋭すぎない?

 

「そ、そんなことないわよ。せっかくいい天気だし、この感じだと休んでいる間に寝ちゃいそうだし、勿体なくない?」


「ムー、たしかにまた寝ちゃうのはよくないですね。散々寝てましたし」


 なんか微妙にトゲがあるわね。この三日間ほとんど寝ていてナナの相手が出来なかったから拗ねてるのかしら?

 

 訓練が終わったらたくさん可愛がってあげないと。

 

「じゃあ、ナナが鬼ね。私は隠れてくるから~」


「はいですぅ~」


 よし、いくわよっ

 

『魔力展開』


 私は肉体の限界まで魔力を引き上げ身体強化して一気に木々の間を通り抜けていく。

 

 ここで大切なのはブレーキはかけない事。

 

 猛スピードで木々を避けるための瞬発力、不規則に生えている木を視認して見切る為の判断力。崖を昇り降りする全身運動。

 

 そして、目測を誤ってしまうと……

 

「ハッ、回避しきれない!」


 無理に回避をしようと身体をよじったら、ちょうどお腹に木が激突してしまった。

 

「ッ!!!」


 お、おなかっ、くっ、くるしっ。地獄の苦しみがあああ。

 

 私は昨日の食事どころか内臓が口から飛び出るんじゃないかという衝撃を受けて恐る恐る自分のお腹を確認するが、なんともなかった。魔力展開してなかったら確実に内臓破裂してるわ。

 

 そういえばかつて読んだ書籍の中に『顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを!』というフレーズがあったのを思い出したけどボディも相当にキツイです。

 

 出来れば、顔とボディー以外でお願いします。

 

「あ、お嬢様~、ようやく見つけましたよぉ~。あれ? ドロだらけじゃないですかぁ、お嬢様~?」

 

「あ、あー! ナナが来るまで暇だったから土いじりしてたのよね」


 ボディーをやられて悶絶してましたなんて言えるわけがない。ナナはジト目で私の一挙手一投足に不自然な点がないか探りを入れている。逃げ切れるか? ナナの直感は探知魔法よりも鋭いのだ!

 

「ムッ、ムムムッ…… まあ、いいですぅ。危ない事は避けてくださいねぇ」


 ヨシッ! 勝った! ナナの尋問から逃げ切った。

 

 しばらくはこの生活が続く感じかしら。

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