第三話:国外追放①

 私たちは馬車に乗り隣国を目指していた。王都から七日程かかる距離でそろそろ道程の半分に差し掛かるころ。


 やることもなくて窓の外を眺めていた。


「天気は悪く雨が降っており、まるで私たちの心模様を表しているようだった。」


「マルグリット? あなた、突然何を言い出してるの?」


 はっ、つい心の声が!

 

 フィルミーヌ様は綺麗な姿勢のまま、ジト目でこちらを見つめてくるが、これはこれでご褒美だと思っている。


「あなた、本当にこの三年間で性格がガラッと変わったわよね。初めて会った時は周りがたてる音にすぐ反応してビクビクする子犬みたいだったのにね」


「!!!」


 言い方の違いはあれども、やっぱり私の犬扱いは変わらないんだ……。

 

 イザベラは何かを思い出したかのように口元をにんまりさせながら首を縦に振っている。出会った当初の私を思い出しているのだろうか。そんなにニンマリする程に何を思い出しているんだ? 君は!

 

 フィルミーヌ様は口を押えながら思い出し笑いをしている。可愛すぎか、やっぱりあの王子にこの人は勿体なさすぎる。

 

 まあ、学園に入る前の性格を思い出したら自分でもびっくりするくらい今と性格が百八十度変わっているという自覚はありますがね。

 

 そう、きっかけとなったのは一年生の頃……


「ぽわんぽわんぽわん」


「マルグリット?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 これは私がフィルミーヌ様、イザベラと行動を共にするようになった直後辺りの話。



「あれ、今何時だっけ?」


 昔から体が弱く、外にあまり出ない私は本の虫だったので実家にいた時からお父様の書斎から本を引っ張り出しては読み耽っていた。

 

 それは学園に入ってからもあまり変わっておらず、暇を見つけては図書室に籠って本を読んでいた。

 

 あまり周りに馴染めなくて不憫に思ってくれたのか、最近仲良くして頂いているフィルミーヌ様からお茶に誘われていたので、時間まで本でも読んでいたところ読みすぎてしまったのか時間がギリギリになってしまっていた。


「じ、時間!時間ががが! お、お、お、遅れちゃったら、ど、ど、ど、どうしよう!! と、とにかく急がないと!」


 私は慌てて図書館を出る。学園のルール上走ってはいけないと言われていることは知っているが、フィルミーヌ様を待たせてしまう方が大問題だと思っていたので人目につかないところは体力の続く限り走る。教師を見かけたら早歩きでごまかす。そうして待ち合わせ場所付近に差し掛かったところ男女の声が聞こえてきた。


「そう言わずに、上級貴族同士の交流は必要ではありませんか?」


「学園にいる間は上級も下級も貴族も平民も関係ありません。わたくしは、先約がありますとお伝えしたはずです。」


 この声はフィルミーヌ様? よかった、間に合ったんだ。でも声にちょっと落ち着きがない。どうしたんだろう?


「あなたにいつも付きまとっている伯爵家と子爵家の令嬢ですよね。であれば、侯爵家である私の方を優先するべきかと」


「わたくしの大切な友人に対して、そのような失礼な物言いはやめて頂けませんか? わたくしが彼女らをお誘いしてたのです。わたくしにとっては最優先事項といってもいい大切な時間なのです。ご理解いただけませんか?」


 フィルミーヌ様の後ろに立っていたイザベラさんもすごい形相で男の人を睨んでる。こ、怖いからできればその顔をやめてほしいです。


 正直まだ人と会話も難しいのに、会話の最中に割って入るのが本当に無理なんだけど、フィルミーヌ様がすごい嫌そうというか困っているみたいだからなんとか勇気を出さないと。


「あ、あの…… フィルミーヌ様?」


「あら、マルグリットさん。お待たせしてごめんなさいね。すぐお茶の準備にしますね。ではサイモン様、失礼いたします。」

 

 割り込んできた私の声に不快感を示したサイモン?という人が私を睨みつけてくる。

 

「ん?なんだ、君は?ここは子供の来る場所ではないぞ。」

 

 ひえええええ、すごい睨まれてる。わ、わたしはちょっと発育が遅めかもしれないけど、これでも十六歳なんですって言いたいけど顔が怖くて言葉が出ない。ていうか制服着てるんだからわかってくださーい。

 

「マルグリットさんはれっきとした私たちと同じ十六歳ですよ。見た目だけで女性を判断しようなど失礼ですよ。謝ってください」


 フィルミーヌ様が困ってらっしゃるし、怒ってらっしゃる。わ、わ、わ、わたしのせいだー。どどどどどどうしよう。

 

「はぁ…… いいかい、小さなレディ。私たちはこれから国の未来を考えた話し合いをしなければならないんだ。だからおままごとは他でやりたまえ」


 サイモン?は呆れた表情でフィルミーヌ様の腕をつかもうとする。婚約者がいる女性に対する扱いじゃない。と、と、と、止めないと


 私は腕を広げてフィルミーヌ様を庇う様にサイモン?とフィルミーヌ様の間に割り込む。

 

「め、め、め、迷惑です。フィ、フィルミーヌ様には、そ、その…… こ、婚約者がい、い、いらっしゃるんですよ。か、か、か、関係ない男性がさ、触ろうとしないで、く、く、ください」


 言っちゃったー、もう取り返しがつかなーい。サイモン?が怒りのオークの様な表情をしているー! ていうか本で見たオークそのものだー

 

「こ、このクソガキ」


 あー、わたし死んだかも…… さようなら、お父さま、お母さま、お兄さま、先立つ不孝をお許し……

 

「何を騒いでいる!」


 ハッ、先生の声?

 

「あ、あ、あ、あの! こ、こ、このオーク……じゃなくてさ、サイモン?様がフィ、フィルミーヌ様に手を出そうと」


 フィルミーヌ様は私の言葉を一言一句きっちり聞いていたみたいで『オーク』という単語に反応して口に手を当てて声を殺して笑っている。

 

 イザベラさんも笑いを堪える為か壁に頭を打ち付けている。令嬢のすることじゃないよ、それ。

 

 完全に失敗した。オーク(多分)を見てみると顔を真っ赤にして私を睨んでいる。先生がいなかったら、ここでオーク(候補)に絞殺されていたに違いない。

 

 先生は状況を理解したのか、ため息をついてサイモン?を『コイツ、またかよ!』みたいな表情で見ながら呆れている。

 

「サイモン君? 君はこっちに来て私の仕事を手伝いたまえ」


「なっ、先生!違うんです、これは」


 オーク(ほぼ確定)は動揺しながら先生に言い訳をしようとするが先生が制止する。


「二度は言わん、早くしたまえ」


「クッ」


 オーク(確定済)は忌々しそうに先生についていく際に私の横を通り過ぎると私だけに聞こえるように小さな声で話しかけてきた。

 

「覚えておけ」


 ひえええええ、私やばいのに目をつけられちゃったかも…… ど、ど、ど、ど、どうしよう。や、や、やっぱりグラヴェロット領にか、帰るしかあああああ

 

「フフフッ、あなた、面白いのね。人前で笑ってしまうなんて淑女としては反省しないといけないわね」


 イザベラさんはフィルミーヌ様の肩に手をおいて『今のは仕方ない』とでも言いたそうに満面の笑みで頷いている。


「私の前に立ってくれた時、とってもかっこよくて素敵だったわ。騎士様かと思ってしまったもの」


 き、騎士? わ、わたしが? で、でもわ、わたしにとってはボッチから救ってくれたフィルミーヌ様こそが私の騎士様だから……

 

 そんなわたしでもフィルミーヌ様のお役に立てるのであれば騎士になりたい。お役に立ちたい。か、変わりたい

 

 違う、変わらないといけないんだ。わたしがフィルミーヌ様の本当の騎士になるために!

 

 この日を境に私は体を鍛え始めたのだ。願いを現実にするために

 

 

………

……



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「戻りました。」


「どこから?」


 フィルミーヌ様は不思議そうな顔をして私を見ている。私の事を見つめたまま時が止まってしまえばいいのに。と、思ったことは一度や二度はありません。

 

 しかし、このままではいけない。妄想から戻りましたなんて恥ずかしくて言えない。一旦無理やりにでも話をそらさないと。


「パラスゼクルについたら、生活費をまずは稼がないといけませんね」


 私は国を渡った後の事を考えなければならない。フィルミーヌ様に不自由な生活などさせられない。可能な限りお金を稼いで、できる限り良い宿泊施設にお連れしないといけない。

 

 そして、ここで間違えてはいけないのが、泊まる部屋は一部屋。ベッドは二つの部屋。何故って? 一つはイザベラに使用してもらって、もう一つは「フィルミーヌ様を(ベッドの中まで)お守りしないといけませんから」とかいいつつ一緒のベッドに入っちゃう的な?

 

 フフッ、フフフッ、かんっぺきね!なーてんいう考えをしていたらイザベラに肩を叩かれた。

 

「ん? どうしたの? イザベラ?」


 イザベラは諭すような顔をして首を左右に振り、私に訴えかけるのだ。『黙っておくから考えを改めなさい』とでも言いたげだ。私の心を読まないで貰えますか?


「せめて実家によって自分のお金でも持ってこれればよかったんだけど、取りに行くこともできない状態だし。」


「大丈夫ですよ。私は冒険者登録をしてますから、すぐにギルドに向かって終わりそうな依頼を受けて、先ずは生活費をサクッと稼ぎましょう」


「あなたばかりに苦労をかけてごめんなさい。足を引っ張ってしまうわね。こういう時に何もできないなんて本当に情けない。」


 フィルミーヌ様は申し訳なさそうにしているが、とんでもない。あなたの為に働くことこそわが喜び。

 

 番犬たる私にお任せくださいと言おうか迷ったが、自ら犬呼ばわりとは負けた気がするので言わないでおこう。


「あれ、そういえば急に暗くなってきましたね。」


「そうね。今は森の中だから星の光も届かないし余計に暗く感じてしまうのかもしれないわね」


 不気味だ。嫌な予感がする。はっ、これはフラグか!


 そんなたわいもない話としょうもない考えををしていたところ、急に馬車が止まってしまった。

 

「「キャッ!」」


「!!!???」


 御者に文句のひとつでも言ってやろうと窓を開けてみたら御者台に誰もいない。

 

 どうして? 森のど真ん中で? 嫌な予感がすると思い、周りを探ってみるとやっぱりだ。人の気配はする。

 

 でも、これは…… 思ったより人数が多い…… とかいうレベルじゃない。


 木の陰から現れたのはどう見ても見た目も服装も汚らしい盗賊といえばいいのか。


 今目に見える範囲だけでも五十人はいる。気配自体はもっとある。

 

 リーダー格であろう赤い服を着た盗賊が前に出てきた。不気味にうすら笑いをうかべながら呟いた。

 

 

「荷物はいらねえから、命だけおいてけ」

 


あ! やせいの とうぞくがたくさん とびだしてきた!








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