第二話:婚約破棄②

 殿下がお供二人に指示を出すと、勢いよくこちらに向かってきた。フィルミーヌ様を押さえつけるつもりか? 私が黙ってそんなことさせると思うか? 私はフィルミーヌ様とお供の間に割り込み、イザベルに指示を飛ばす。

 

「イザベラ! フィルミーヌ様をお守りして!」

 

「!!!」

 

 イザベラがフィルミーヌ様の前に立ったのを確認して、私はお供二人と対峙する。先に迫ってきたのはお供その一、ディアマンテ。剣聖の弟子。

 

「フィルミーヌ様に手を出すことの意味をご理解した上での行動ですか?」

 

 少々腹が立っている私はディアマンテに彼以上の殺気をぶつけて威圧する。

 

「くっ、王家を敵に回すつもりか?」

 

「何言ってるんですか? 真偽も確かめずに殿下独断による一方的な断罪で公爵家のご令嬢と婚約破棄など”王家”が認めませんよ。とはいえ、多数のご子息、ご令嬢がいる場での発言ともなると醜聞も避けられないでしょう。恐らくあなたたちの望みどおりに婚約破棄の流れになるとは思いますが、少なくとも王家から公爵家に対して謝罪及び賠償は避けられないでしょうね」

 

 まるぐりっとのことばによるはかいこうせん

 

 きゅうしょに あたった! こうかは ばつぐんだ!

 

 ディアマンテがたじろぐ中、殿下のお供その二であるロイスが割り込んで来た。

 

「チッ、ディアマンテの馬鹿が! 番犬の戯言にいちいち反応しやがって。」


「あらあら、あなたもディアマンテ君も四カ月前に私に一度ボコボコにされた事をもう忘れたのですか? 木剣で頭叩き過ぎたかしら?」


「貴様! イチイチ過去の話を引っ張り出しやがって。四カ月前とは違うという事を今ここで教えてやる」


 ロイスって確か勇者の弟子って話だっけ? あまりこの二人の事詳しく知らないのよね。実は四カ月前に二人共、王国武術大会に参加した際にボコボコにしたんだけど、それ以外にあまり接点がなかったから。

 

 ちなみに私は二人をボコった後にメデリック公爵家騎士団長ジェラール様にボコられたけどね。うん、いい思い出だったわ。

 

 そもそも勇者ってなんだろう? 『勇気ある者』って聞いたことあるけど、それって職業なの? 剣聖以上に意味不明なんだけど…… 称号なの? 兎にも角にもフィルミーヌ様の邪魔をするなら私の敵だ!

 

『魔力展開』

 

 魔法を扱う上で基礎でもあり最も重要とされる魔力の制御。その魔力を体に流れる血液の様に全身に魔力を流すことで身体能力が強化されるんだけど、私はこれを『魔力展開』と呼んでいる。ここで間違ってはいけないのが全身に流す魔力量。体が一度に受け付けられる魔力量には許容範囲があり、それ以上を流し込むと体に支障をきたしてしまう。少量の許容範囲オーバーであれば筋肉痛程度で済むけど、大量の許容範囲オーバーを行うと最悪なケースは全身が爆散することもあるらしい……。これを鍛えるには主に二パターンあり、一つ目は身体能力を上げること。二つ目は常に魔力を体に展開し続けて慣らすこと。

 

 私はこれを覚えてから約三年間毎日続けてきたのだ。魔力の制御において学園で私の右に出るものはいない。

 

 ロイスは帯剣していた木刀を右手に持ち、袈裟斬りしてきたところを私は華麗に躱して空いた脇腹に拳を叩き込み、ロイスが下がったところに蹴りを入れるが木刀で防がれてしまった。しかし、拳のダメージがあるのか脇腹を抑えている。

 

 てきの ろいすは たおれた…ようなもの!

 

「まったく、二人共だらしないね」


 大物ぶって階段からゆっくり降りてきたのはジェイ。賢者の弟子という仰々しい肩書を名乗っているが要するに宮廷魔導士長の弟子ってだけ。

 

「物理では犬に一歩遅れを取っているようだが、魔法ではどうかな? 君はたしか攻撃魔法が苦手だったはずだ」


 お察しの通り、私は攻撃魔法、回復魔法が苦手なのだ。とはいえ使えないわけではない。ただ、そっちに魔力を使うくらいなら物理を補う方に使った方が効率がいいだけなのだ。

 

 そして、魔法全般はイザベラの得意分野だったりする。私たちはそれぞれ、武のマルグリット、魔のイザベラで学園のツートップを誇っている。麗しの公爵令嬢フィルミーヌ様の取り巻きたるもの当然です。

 

「躾の時間だよ、番犬。さあ、食らうといい」


 私が普段、誰を模擬魔法戦の相手にしてると思ってるの? あなたの目の上のたん瘤であるイザベラだよ? ジェイはイザベラに比べて魔力の練りが甘い。だから魔法の発動まで時間がかかる。私ならジェイの魔法発動前に接近して捕まえられる。案の定、簡単に接近した私は左手で杖を抑えて右手でジェイの顔面を捉えた。

 

「はい、捕まえた」


 私はジェイの顔面を右手で掴むと高く持ち上げて右手に力を込める。

 

「あががががががががっ」

 

「マルグリット! おやめなさい!」

 

 フィルミーヌ様の一喝によりパブロフの犬が如く動きを止めてしまう。どうやら私の体はフィルミーヌ様に叱咤されることを喜びとしているかもしれない……。

 

 私は掴んでいたジェイを投げ飛ばした。尻餅をついたジェイは忌々し気にこちらを見ている。

 

「殿下の仰りたいこと、理解いたしました。誤解も多々ありますが、婚約破棄については前向きに検討させていただきます。今は感情だけで話をしても解決しないかと思いますので、一旦実家に戻り、改めて本件に関する釈明の場を設けさせてください。」

 

「フン! まあ、いいだろう。さっさと行け!」


 フンフン煩いんだよ、アンタ! 鼻息荒立てないと会話もできんのか!


「失礼いたしますわ。イザベラ、マルグリット、行きましょう」


「はい、フィルミーヌ様」


「!!!」


「あぁ、一つ言い忘れていたがな……」


 この王子、いちいち言い方が癇に障るんだよね。


「貴様らの両親に頼ろうとしても無駄だぞ? メデリック公爵、コンパネーズ伯爵、グラヴェロット子爵にも話は既に通っており家に帰ることは許されないだったな。」


「「「???」」」

 

 脳みそが今の発言を理解しきれていないのだけど、言葉通りに解釈するのであれば私たちの両親は殿下側についているってこと? 私たちを追い出すことに賛成しているってこと? 正直に言って信じられない。娘の私が言うのもなんだけど、めちゃくちゃ娘を溺愛する親バカなのだ。次期当主である兄も迷惑なほどのシスコンだと知っている。

 

 当時体の弱かった私は社交界などほとんど経験していなかったのだが、両親が少しくらいは経験した方が…… ということで、お兄様と一緒に侯爵家のお茶会に参加したことがある。そこでクソガ…もといそこの三男坊に目をつけられてしまい、私の容姿にケチをつけてきたのだがそれを見たお兄様が… ってこんな状況で昔語りしてる場合じゃない!

 

 それにメデリック公爵家にしても同じくらい溺愛されているのは私たちも遊びに行った時に目の当たりにしている。殿下の言う事は嘘の可能性が高いけど万が一、万が一にでも殿下の言うとりの状況を見てしまったらきっと私は立ち直れない……。 ということもあるから慎重に考えないと……。

 

「貴様らの行き先は国外しかない」

 

 なんで嬉しそうなの、コイツ。あー、ぶん殴りたい。その鼻っ面にぐーを叩き込んで差し上げたい。これでもかというほどぶち込んだ後に階段落下型スープレックス決めてガッツポーズを取りたい衝動に駆られる。

 

「マルグリット、おやめなさい。『え?なんで心が読んでるんですか?』みたいな顔してもダメよ? フフッ、あなた、わかりやすいもの。真偽の程はわからないけど、一旦、隣国に身を寄せてからそれぞれの家に手紙を出して状況を確認してみましょう。それでいいかしら?」

 

 フィルミーヌ様は私たちだけに聞こえるような小さな声で語りかけてくるんだけど、そのぷるるんとした唇を吐息がかかるほど私の耳に近づけて頂いても私は一向に構わないというか、むしろお願いしますというか!!

 

「そうですね。隣国と言えば魔導王国パラスゼクル。せっかくなので新しい魔道具のウィンドウショッピングでもしましょう。」


「観光に行くのではないのだけれど……。」







 

 私たちは味方がいない失意のどん底の中……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣国への観光に胸を膨らませていた!!

 

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