東の果てで、夏を知る
橘 紀里
Day 1. 黄昏
この国は、東の果てと呼ばれていたらしい。オズの魔法使いに出てくる魔女は北と南はいい魔女だけど、東と西は悪い魔女。指輪物語の
次々とネガティブな連想が浮かんでくるのは、きっとこの攻撃的な暑さのせいだ。リナはふうとため息をつきながら、自分が生まれた北欧の国を思い起こす。あちらは冬が圧倒的に長く夏は短い。暗くて寒い冬が終わり、短い夏がやってくると祭りが開かれる。皆が全力ではしゃいで踊り、可能な限り日の光を浴びて過ごすくらい夏を愛している。
けれど、リナにも半分その血が流れているはずの遥か南、東の果てのこの国の夏は、話には聞いていたけれど、彼女が知っているものとは全然違っていた。
もう日が暮れ始めているというのに、気温は一向に下がらず蒸し暑い。彼女は細い金糸のような髪をまとめ上げて首元を開けているが、風一つ吹かない今は、日陰にいてさえ汗が流れてくる。
「暑い!」
「そりゃあ夏だから暑いだろ」
ほんの少しだけ淡い、けれど彼女たちに比べれば、濃い色の髪と瞳を持つ少し歳の離れた兄は呆れたように笑う。久しぶりに会った彼は、画面を通して話していた時には気づかなかったけれど、また背が伸びていて、でも、明るくて太陽みたいな笑顔は全然変わらなかった。
「カイは何でこんなのに耐えられるの? これじゃあ外でダンスもお昼寝もできないじゃない」
「そういうのはもっと春とか秋とかにするんだよ。でもまあ去年より確かに暑い気がするなあ。無理せずホテルにいたらよかったのに」
そうだそうだ、と隣で彼女と同じような金色の頭を揺らしながら茶々を入れるのは双子の兄のレオだ。能天気なところは上の兄とよく似ている。
「それじゃ意味ないもの!」
ぷりぷりと頬を膨らませて言った彼女に、色は違えど雰囲気のよく似た兄たちは顔を見合わせてため息をついた。けれどレオがふと、彼女の肩越しに眉根を寄せて彼女の背の向こうを眺める。
それは何ということのない路地の突き当たりの壁だった。なのに、彼は淡い菫色の目を細めて、じいっとそこを見つめている。
ふぅっとその壁に何か黒い影が浮かび上がる。傾いた太陽の赤い色を吸い込むようにそれは濃さを増し、ゆらゆらと揺れているように見えた。よく見ようと目を凝らした瞬間、その影が振り向いた。
黒いだけのその人影が、確かにこちらを見ている。なぜかそう確信して、急にゾッと背筋が冷えた。目を逸らさなければ、と思うのに体が凍りついたように動かない。暑さではない別の何かで汗が流れて、体が震えそうになる。
「ああ、
すい、と彼女の両目を大きな手が塞いで、それでふっと体が軽くなる。彼女の肩を抱いてくるりと向きを変えさせる。
「夕暮れ時はこの国では黄昏時——
ふっと笑った兄の顔はいつも通り屈託がなくて、冗談なのかどうかはよくわからなかった。
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