ノワール・ルージュ2 (新大陸編)

花屋敷

ラエ

第1話

 草原の向こうから走ってくる二人の人影が要塞の城壁から見ている見張り役の目に入ってきた。


「斥候役のシーフが帰ってきたぞ」


 その声を聞いた門にいた者が手を上げて応えてから頑丈な鉄の扉を左右に開ける。すぐに二人のシーフが門の中、要塞に入ってきた。シーフは隠密行動に特化しているジョブだ。攻撃力は戦士らの前衛よりは落ちるが音を立てずに移動するスキルがあり、短時間なら姿も隠すことができる。


 ただ武器は短剣しか持てないというハンデがあった。音もなく近寄って背後から攻撃するのがシーフの攻撃方法だ。


 左右に開いていた扉が閉まると同時に階段の上から5人の男女が降りてきた。先頭に立っている片手剣を持っている女性は戦士だ。高級そうな皮の戦闘着を身につけている。すらっとした美人で背中の途中まである長い黒髪を頭の後ろで括って背中に流していた。


「ご苦労様。で、どうだった?」


 走り詰めで戻ってきて要塞の地面にしゃがみ込んで荒い息をしているシーフの二人の前にその5人が立つと、先頭で降りてきた戦士の女性が聞いた。


「この先の森を抜けた先にある草原に獣人達の拠点ができていました。拠点はほとんど完成しています。外から見た限りでも70から80体の魔獣は確認できました。おそらく全体だとその倍はいるのではないかと」


 はぁはぁと息を乱しているシーフの男が言った。そしてもう一人のシーフが続けた。


「あと指揮を取っているのはAクラスの様です。周囲よりも一回り大きいサイズでしたので。遠目でも3体確認できました」


 隣にいる最初に報告をしたシーフも大きく頷いている。


 二人の報告を聞いて唸り声を出す女性の戦士。


「厄介ね」


 その女性と一緒に階段を降りてきた大柄の体躯で左手に盾、右手に剣を持っている男が女の言葉に頷いて言った。


「どう考えてもこの要塞、そして俺達の街への攻撃用の拠点だろう。しかしそれにしてもマリアンヌよ、前回よりも数が多いな。しかもAクラスが最低でも3体。BとCは拠点の中にもいるだろうし全部で150から200体だろう?きついな」


「かと言ってここから逃げ出すわけにはいかないでしょ?ジャン。逃げたら彼らは間違いなくモレスビーの街を襲うわ」


 マリアンヌと呼ばれた戦闘服の女性が隣で立っているジャンと言う男に顔を向けて言った。


「相当厳しい戦いになるだろう」


 ジャンの隣に立っている別の男が言う。彼の格好はローブに杖という魔道士風だ。


「聞いていたよりもずっと多いけど嘆いても仕方ないわ。ここラエの要塞に籠って倒すしかないわね」


 マリアンヌが言うとそれしかないなと頷く二人の男。その背後には僧侶の女性と斧を背負っている戦士が立っている。


「ここにいるAクラスは俺達のパーティだけだ。俺達が相手のAクラス3体の相手をせざるを得ないだろう」


 戦士の男が言った。


「ブルーの言う通り。トロルの相手は私たちで。それ以外はBとCの人たちに任せましょう。私たちはまっすぐに3体のトロルに向かいましょう」


 その場で方針が決まるとマリアンヌは要塞に詰めている50人の仲間達を集めて状況と戦法を説明する。



 今から数日前、モレスビー所属の冒険者のパーティが郊外でクエストをこなしている時に獣人の集団が固まっているのを見つけ街に帰ってギルドに報告した。


 ギルドとしてはこれを防衛クエストと認定し直ちに高ランク、Aクラスのマリアンヌをリーダーとするパーティをリーダにしてギルド所属の冒険者の半数近くをこの砦に派遣することにした。


 数ヶ月に1度獣人が集団で人間の街を襲ってくる。その場合にはターゲットになっている街では冒険者達を集めて都市防衛クエストとして対処するのが当たり前になっていた。


 Aクラスのパーティは各都市に1つしかいない高レベルのパーティでこのモレスビーではリーダーのマリアンヌ率いる”ボルケーノ”が唯一のAクラスパーティだ。


 この防衛クエストが発令されるとその街で一番ランクの高い冒険者達のパーティをリーダーとして防衛戦を行うことになっていた。


 ラエの要塞はモレスビーから徒歩で2日程の距離にある。以前は国の軍隊が使用していた要塞だ。軍隊がここから撤退したあとは冒険者がそのまま要塞として利用しているが普段は人が住んでいない。普段は冒険者が遠出をした時の安全な野営の場所として利用されている。そうして防衛戦の時にはここが前線基地となって獣人の攻撃を受ける最前線の場所になっていた。


 今このラエの要塞には50人程の冒険者が詰めていた。

 Aクラスのマリアンヌのパーティ以外にはBクラスパーティが6組、そしてCクラスのパーティが3組だ。事前の情報ではBクラスの獣人が50名ほど固まっているという情報であったのでギルドとしては今要塞に派遣している50名で十分に対応可能だろうという判断を下す。



 中にいる50名ほどの冒険者はボルケーノのリーダーであるマリアンヌの元に集まってきた。


「報告ではAクラスのトロルが3体、これは遠目に見えた数で実際はこれよりも増える可能性もあるらしいわ。Aクラス以上の獣人には私たちボルケーノが対応するのでみんなはBクラス以下をお願い。狩人と魔道士は城壁の上から遠隔で。前衛は門から出て戦闘をお願い。僧侶は前衛を背後からフォロー。地上での戦闘は門の前の広場でね。何かあったらすぐに要塞の中に戻って来られる場所で戦闘して」


 マリアンヌの言葉にわかったと頷く他の冒険者達。敵の方が数も多くまた同じランクの敵がいる場合には1パーティで1体の敵をするので精一杯だ。


 今回は敵の数の方が多い。となると要塞の城門を背後にして近づいてくる敵を倒していく戦い方が地上部隊としては最も安全なやりかたになる。地上で敵を引きつけながら要塞の塀の上から遠隔部隊が弓矢や魔法で敵を倒していくという作戦を理解したメンバーは薬品や武器の点検など思い思いに準備を開始した。


 要塞の上には常時4人が見張りに立って獣人のいる方向を中心に監視を続ける。



 そうして戦闘の準備をして丸2日が経った。未だ獣人の軍勢が森を抜けてこの要塞を目指して進軍してこない。


「どうしたのかしら?」


 夕刻、見張りが立っている城壁の塀の上に立ち森の方に顔を向けたままマリアンヌが言った。


「もっと数を増やしてるのかもしれないぜ?それなら相当厄介だ」


 ボルケーノのナイトのジャンがマリアンヌの言葉に答えて言った。


「100体でも厳しいのにそれ以上になると応援がないとなれば地上部隊を外に出せないわね。外での戦闘は危険すぎる」


「これ以上増えたら全員外に出ず要塞に篭って塀の上から魔法と弓でちまちまと倒すしかないかもしれないぞ」


 ジャンの言葉にマリアンヌがどうしようかと思案している時、見張り役をしている狩人の一人が声を上げた。


「獣人が進軍してくるはず森の方角から人間が二人こちらに向かって来ています」


 その声で塀にいた全員が森の方に顔を向ける。しばらくすると草原に赤と黒のローブを着た冒険者風の男が二人この要塞を目指して歩いてくるのが見えてきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る