第42話

西門を抜け、待ち受けるレッドブルの前に僕たちは立つ。


街を包囲する魔物たちはこの辺りでは見ることのできないような上級の魔物や魔族。


外に出た瞬間、そんな魔物たちの殺意が一斉に僕たちに向けられ、思わず身震いをしてしまう。


「……なんて数だよ。こんなのが街に雪崩れ込んだら、ひとたまりもねぇぞ」


恐怖に染まったフレンの言葉。


いつもならマオが「弱音を吐くでないたわけ」とでも言ってフレンを叱りつける所だが。


今回ばかりはマオも沈黙でフレンの言葉に同意をした。


「逃げずにノコノコ出てきたのは褒めてやるがよぉ勇者様。 あのイカれた女の姿が見えねえな? まさか、尻尾巻いて逃げ出したのか?」


威厳を保った声でこちらに声をかけるレッドブル。


ブラックマーケットの時には気づかなかったが……その言葉の重みは息をするだけでも胸が締め付けられるようで、僕は震えそうになる足を一度叩いてレッドブルを睨みつける。


「こっちにも色々と事情があってね……残念だけど姉ちゃんはここにはいない」


「なんだと? ちっ。あの野郎、話が違うじゃねえか」


「……あの野郎?」


ふと気になる言葉をレッドブルは呟く。

まだ仲間がいると言うことだろうか?


「まぁいいか……てめぇをバラして晒しておきゃ、向こうから勝手にやってくんだろ」


「威勢がいいのは構わんが……貴様アンネにボコボコにされた事をもう忘れたか? 見たところ、魔力量が増えているわけでも、何かが変わったようにも見えんが……よもや仲間を引き連れた程度で勝てると本気で思っておるのか?」


煽るようにマオはレッドブルにそう言うが、対するレッドブルは余裕の表情を見せながら不敵に笑う。


「言ってろ……どちらにせよ今から死ぬテメェらには関係のねえ話だからな‼︎」


 自信たっぷりと言った様子のレッドブル。

 どうやらハッタリではなさそうな雰囲気だ。


「気をつけろユウ。なにか隠し玉があるようじゃぞ」


 警戒するように促すマオではあるが。

 そもそも、姉ちゃんがいない僕達に隠し球を使わせるほどの戦いになるかどうかも微妙だが。


 取り敢えずマオの言葉に頷いておく。


 と、レッドブルはこちらを指差し。



「勇者たちだけなら恐るこたぁねえ! やっちまえ‼︎ 野郎共‼︎」



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」」」」


レッドブルは魔物の大群に向かって僕たちへの突撃命令を出すと、大歓声にも似た声をあげて、魔物たちの一団が一斉に僕達へと迫り来る。


相手は獲物を前にお預けを食らっていた魔物たちなだけあって、歓喜と狂気にまみれた声が一斉に僕たちにむかって降り注ぐ。


だが。


「へへ、たまにはアンネの過保護も役に立つもんだなぁ‼︎ ユウ‼︎」


フレンはそう叫ぶと、魔力の込められた銃……姉ちゃん特性護衛砲を手に取りその魔弾を放つ。


同時に放たれた魔弾は魔物の大群に向かって拡散し。


【──────────‼︎‼︎‼︎】


巨大な火柱が上がり、連鎖爆発を起こすように正面に広がる魔物たちを一斉に焼き尽くす。


「な、何だと!?」


だが、焼き尽くすと言っても倒すことができたのは正面から迫ってきた一団のみだ。


いかに姉ちゃんの魔法が収められているとはいえ、全滅をさせることはできない。


「ちぃっ‼︎ 惑わされるな‼︎ たかが魔道具の攻撃だ、すぐには新しい魔法は放てねぇ‼︎」


そしてそのことをレッドブルもすぐに看破したのか、乱れた隊列を立て直すように檄を飛ばしている。


乱れた隊列が元通りになるまで一分もかからないだろう。


だが。


それは、マオが召喚の魔法を唱え終えるまでには十分な時間であった。


「我が命我が魂の一部を貪り、この世に新たなる生を受けよ‼︎ 多重召喚‼︎」


詠唱が終わり、マオは仕上げとばかりに大地を踏み締めると、魔法陣が辺り一体に展開される。


それは、レッドブルも行使していたのと同じ魔王の力。


展開されるのは同じく魔物を呼び出す召喚の魔法陣……だが、レッドブルと違ったのはその魔法陣が五つ同時に展開されたと言うことだ。


【我が召喚の命に従い姿を表すがよい‼︎ 我が同胞……ええぇい‼︎ こうなりゃやけくそじゃ‼︎ ファブニール‼︎ ヘカトンケイル‼︎ パズス‼︎ ククルカン‼︎ マザーハーロットオオオォ‼︎】


絶叫をするようにマオは強大な魔力を注ぎ込み、やがてその魔法陣から巨大な魔物が召喚される。


マオの呼びかけによって現れたのは最上位……神とすら称された魔物たちであり。

上位魔族たちで構成される魔物たちも、その異常なる力を持つ面々の登場に、戻りかけていた隊列がまたも崩れ始める。


もちろん……魔物を従えるスキル「魔王特権」は使えないが。


殺意を向ける大群と、大した力を持たない三人組……。


 どちらを獲物として捉えるか、その答えは明確であった。


「うううぅ、狼狽えるな‼︎ たかだかでかいだけの魔物‼︎ 我ら魔王軍の敵ではなひゅっぎゃあああああ‼︎?」


大隊を率いていた魔物が、ヘカトンケイルの無数の腕に掴まれ引きちぎられ、それを機に瓦解するように次々に魔物達によって魔王軍は壊滅させられていく。


 その光景にレッドブルは僕たちの予想通りの選択肢を取る。


「ちぃ!? だが、どれだけ強力な魔物を呼び出そうと、この俺の魔王特権があれば!!」


 そう、呼び出した魔物を魔王特権のスキルにより強制的に従えさせると言う強硬手段。


 だが、それをさせないために。


「させるかぁ!!」


 僕はフレンにかけてもらった隠遁の魔術を解き、レッドブルの前に躍り出し、左腕を獣人化させる。


「んなっ!?」


獣人ビースト左腕レフト


 相手は、姉ちゃんの魔法にも耐えうる強靭な魔物。


 勇者の剣では刃が立たないだろう。


 だが、それが同じかつての魔王軍幹部の力ならどうだ!!


「ぐっ!? なにいいいい!?」


斬、と言う音が響き渡り、レッドブルの胸に爪痕が残り、血が噴出する。


 不意打ちに怯んだのか、魔王特権のスキルは中断され、驚愕に目を見開きながらこちらを凝視するレッドブル。


 完全に油断をしていたのだろう。


 不意打ちに怯んだレッドブルの動きが完全に止まる。


 それはまたとない好機であった。


 僕はすかさず、フレンの考えた策を実行に移す。


「悪いけど、冤罪をかけさせてもらうよ!」


「ぬぁ!? なにを!?」


 僕の言葉にレッドブルは危機を察知したのか迎撃をしようとツノを突き出してくるが、僕はそのツノを回避し、レッドブルの懐にファブニールから手に入れた龍の鱗を忍ばせる。


 そう、僕の剣は今、龍相手にだけ強大な力を発揮するが。


「!! うまく行った!」

 

 龍以外にダメージが与えられないわけではない。


 相手が龍に連なるものを持ってさえいれば、この剣は容赦なく牙を剥くのだ。


「しまっ!!? その剣は勇者の!? 油断した!!」


 フレンが思いついた策ではあり、本当にその通りになるかを試す時間はなかったが、レッドブルの衣服の中に滑り込ませた龍の鱗に反応し、勇者の剣が光を放ち、夜に染まった世界を照らす。


 これが、フレンの考えた必殺技、冤罪剣である。


「お前は、僕を舐めすぎだレッドブル!!!姉ちゃんは確かにすごいさ! だけど、勇者に選ばれたのはこの僕だ! 起きろバルムンク!!!」


「ぬあああぁ!? や、やめろおおおぉ!!?」


 「冤罪剣!破局訪ニーべれし龍への手向け《ルング》!!」

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