第18話修練場への誘い

「今日は一日大変だったなぁ」


白い湯気の立ち込める浴場にて、僕の言葉が一つ反響をする。

ダンジョン攻略に魔王との遭遇、そしてドラゴン退治に狼退治……一日があっという間に過ぎてしまったために実感はなかったが、改めて言葉にすると相当な大冒険であり、体はその事実を認識すると途端に鉛のように重くなるのを感じ。

 

浴槽いっぱいに溜まったお湯は、そんな僕の体を誘うように白い湯気を出して誘惑をする。


当然その誘惑を断る理由はなく、僕は体を沈める。


 風呂、それは孤独にして私服の時間。

 風呂、それは心と体を洗う回帰の時間。

 風呂、そしてそれは時に糸を閃(ユリーリカ)きと発展を与える叡智の空間。


 ゆえに、僕は風呂が好きだ。


 気前よく溢れ出るお湯が、いっせいに床を叩く音はなんとも言えない爽快感。

 そして体を包み込む温かな感触は、日頃の疲れが染み出し落ちていくかのよう。


「あーーーーーーー」


 思わず声が漏れる。

 

 四六時中べったりな姉ちゃんも、最近は風呂に入って来ることもなくなった。

 

 それゆえに今は風呂とは僕にとっては数少ない、心休まる時間なのである。


 ……はずなのだが。


「ユウ君ユウ君‼︎ お姉ちゃんいいこと思いついちゃった‼︎」


「っきゃあああああ‼︎」


 突然の姉の襲来に、僕は思わず高い声で悲鳴を上げ慌てて僕は湯船に体を隠す。


「あのねあのね‼︎? ユウ君もそろそろ新しいスキルとか覚えていい頃合いかなって思ってね、お姉ちゃん考えたの‼︎」


「わわわわ、わかったから‼︎? あとで話はいくらでも聞いてあげるから早くでていってよ姉ちゃん‼︎」


「?? なにを慌てているのユウ君? あ、さてはきちんと体洗ってないのがバレると思ったんだね? しょうがないなぁ、昔みたいにまたきれいきれいしてあげるから、ちょっと待っててね……よいしょっと」


「ちゃんと洗ってるわ‼︎? そしてなぜ脱ぎ始める‼︎?」


「ふふふ、恥ずかしがらなくていいんだよユウ君。そりゃあユウ君だってまだまだ子供だもの、寂しくなる時あるよねぇ? 大丈夫、お姉ちゃんがちゃーんときれいにしてあげるから。

お姉ちゃんこの前ね、商店街でトロトロ石鹸とかいう珍しい石鹸買って来たんだけど、試しに使ってみて……」


「いぃかげんにしろこのバカ姉えぇ‼︎」



「うぅ……くすん、くすん、ユウ君、足痺れたよぉ」


 夜もとっぷり吹けた家の中に、正座をしてすすりなく姉ちゃんの声が部屋に響く。

 

「だめ、しっかり反省させないと姉ちゃんまたやらかすだろ」


「うえええぇ〜、もうしないから許してよ〜」


手には、「私は弟のお風呂を襲撃しました」という木製のプレートをもった姉。

側から見ればやりすぎな折檻に見えるだろう光景だが、このプレートが存在しているのは姉ちゃんが僕の風呂を襲撃したのは今回が初めてではない……むしろ常習犯なのだ。

 

「ったく、最近は突撃してこないと思って油断してたらこれだよ……お風呂の扉内側から鍵かけられるようにしたほうがいいかな?」


「いやいやー、そんなことしても無駄だよユウ君! 私最近鍵開けのスキルも習得したから、鍵開けにはそこそこ自信があってね、ちょっとやそっとの鍵じゃ……」


「ね え ち ゃ ん ?」


「ごめんなさいもうしません‼︎」


「はぁ……それで? なにを思いついたの、スキルがなんとかって言ってたけれど」


「よくぞ聞いてくれました! ユウ君、最近なかなか強くなれないって焦ってたでしょ?」


 ぎくっ。


「……な、なんでそれを?」


「弟のことだもの、そりゃわかるよ! それでね、お姉ちゃんも少し反省したの。たしかに危ないことをユウ君にさせたくはないけれども、勇者である以上危険が降りかかることは避けられないんだって……昨日ユウ君が狼に襲われた時に特にそう思ったわ」


「ね、姉ちゃん、なんでそれを?」


「言ったでしょ? この町でならなにが起こっても大丈夫だって。あれは比喩じゃなくて、この街に住んでる生物全部と私視界を共有できるから。町中ならどこにいようとユウ君を見守ってあげられるんだ‼︎」


「それって……監視なんじゃ」


 僕のプライバシーとはいったい……。


「まぁそのおかげで襲われてることには気づいたんだけれど、野良狼程度の強さだったから転移魔法までは使わなかったの。ユウ君なら楽勝かなって思ったんだけれど……ユウ君苦戦してたよね?」


 悲しそうな表情。それは紛れもなく僕が姉ちゃんの想像よりも弱かったということをまざまざと思い知らされる。

 あれだけ過保護な姉ちゃんが大丈夫と思うぐらいだ……あの狼は、やっぱり相当弱い魔物だったのだろう。

 ぐうの音も出ず、僕は思わず項垂れてしまう。


「うぅ……すごい強く感じたんだけれど、やっぱり弱かったん……だよね?」


「強い魔物だったら、死体でも発見された時点で大騒ぎになるはずだよ? そんな騒ぎ聞こえる?」


「……聞こえない」


 いくら夕暮れで人通りが少なかったと言えども、夜になればあそこは酒場として多くの店が活動を始める歓楽街だ。

 

 そんな場所で強大な魔物が発見されたとなれば……以前のオーガ騒ぎのように警報が鳴り、ほかに魔物が入り込んでいないかを調べるために自警団や冒険者が出動することになるはず……それがないということはつまり。


「そ、大した魔物じゃなかったってこと。 それなのに、危うくやられそうになってるんだもの。お姉ちゃん心臓が止まるかと思ったよ……本当、怖かったんだからね」


 最後にそうこぼすと、姉ちゃんは唇をグッと噛む……もしかしたら、今日珍しくお風呂に突撃をしてきたのは。僕に目立った怪我がないか確かめるためだったのかもしれない。


 明るく、お調子者のふりをして隠してはいるが……本当の姉ちゃんは泣き虫で極度の怖がりなのを忘れていた。


「ご、ごめんなさい」


 思わず謝ると、姉ちゃんは優しく微笑んで僕の頭を撫でた。


「ううん、ごめんね。お姉ちゃんも悪かったの……ユウ君を危険な目に合わせたくないなら、改造だけじゃなくてユウ君自身も強くしてあげなきゃいけなかったんだよね。今回のことも私の責任……だから今度、スキルを習得しに修練場へ一緒に行こうと思って……スキルの習得なら安全にユウ君も強くなれるから」


「修練場?」


「うん、冒険者用の修練場。【剣術】とか【窃盗】みたいな強化スキルや魔法を冒険者同士教え合う交流広場なんだけど一般開放もされてるから普通の人もいっぱいいるよ。イメージはスキルのフリーマーケットって感じかな。売る側は自分のスキルや魔法を売ってお金をもらう。買う側はスキルを習得できる、まさにウインウインの関係なんだよ」


「そんな場所があるんだ」


「うん、基本的にスキルっていうのはレベルアップで自然に身につくものなんだけれど、誰かに教わることでもスキルは習得できるんだ。訓練が必要な分時間はかかるけれど、本来だったらレベルアップしても覚えられないはずだったスキルを職業関係なく習得できるから、すっごい便利なんだよ」


 あぁなるほど……賢者である姉ちゃんが剣術使ったりゴーレム錬成したりっていうのはそういうことか。


「確かに便利ではあるけれど……借金まみれの僕たちにスキル買う余裕なんてあるの?」


「そこは心配ないよ。希少スキルとか、職業限定のスキルとかはもちろん高額取引がされるけれど、基本的なスキルとかお金にならなそうなスキルとかは無料提供してくれる人が毎回一定数いるの。退役軍人とか、膝に矢を受けた冒険者とか、ボランティアでやってくれる人もいるんだけれど、冒険者支援の一環として無料提供の場合には国から補助金が出るから、基本的なスキルだと補助金の方が高かったりする分、結構無料提供のスキルも多いんだよ……行って損はしないと思うんだけれど、どうかなユウ君?」


 なるほど……たしかにスキルを提供し合う場が広まれば冒険者や軍の質の向上に繋がるし、傷病により戦場に立てなくなった人材の有効的な活用にもなるということか。


「……そうだね、行ってみよう」


「いやったーユウ君とお出かけだー‼︎ この前は邪魔が入っちゃったから、今回は気合いれて準備しないと〜」


 嬉しそうに飛び跳ねる姉ちゃん……訓練に行くというのにまるでデートにでも行くかのような喜びように僕は一つため息を漏らし……ふと思う。

 

「そういえばさっき姉ちゃん魔法もおぼえられるって言ってたけれど」


「おぉ!? ユウ君、魔法に興味津々かな!? いいよぉいいよぉ、なんでもお姉ちゃん教えてあげるよ‼︎ なに覚えたい? 核撃魔法? 時空魔法? 小惑星落とし?」


「……そんな超魔法、覚えられないってわかってて言ってるだろ姉ちゃん」


「そんなことないよー、ユウ君でも、10年くらいかければこの中の一つくらいは」


「はい却下……」


「ちぇー……じゃあなにが覚えたいのユウ君は?」


「いや、僕じゃなくてさ……その修練場に友達も誘えればなって思ってさ」


「お友達?」

 

 首を傾げる姉ちゃんに僕は口元を緩めるのであった。


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