第16話
「なんっなんあれ⁉︎ 本当になんなん⁉︎ めっちゃ怖いんだけど、恐怖の大魔王か何かなの⁉︎」
かわいそうに怖かったのだろう、目からは涙が溢れさせながらマオは騒ぐ。
「えと、なんつーか……あれがこいつの姉貴だな」
「姉って‼︎? 勇者の姉ってあんなのになるの!? もう潜在魔力量とか嵐みたいなんじゃけど‼︎ ちょっと漏れ出してる魔力だけでも妾と同じくらいとか化け物か‼︎」
魔王に化け物呼ばわりされる僕の姉とは……。
「えと、僕からすると魔力だけならマオと同じぐらいに感じるんだけど……魔王から見ても異常なの?」
「異常とかそう言う次元じゃないわ‼︎? お主が言う魔力量はあやつの体に収まらないで漏れ出してる分の魔力の話じゃろう‼︎? って言うか魔力が漏れ出すとか言う時点で妾も何言ってるかわからないけれど、ともかくなんであの女人の形保ってられるの‼︎? 何食ったらあんなもんが生まれるのじゃ‼︎? 毎日妖精の踊り食いでもしとるんか!?」
「ははは……あいつならやりそう」
「殴るぞフレン……別に特別なことはしてないよ? 毎日牛乳三杯は飲んでるけれど」
「その牛乳って、グラガンナとか牛魔王とかの乳じゃないだろうの?」
「到って普通の牛乳だと思うけど……僕も飲んでるし」
「むぐぐ、だとしたらなんで……」
「多分、姉ちゃんは生まれつき【改造】っていう特別なスキルを持ってて、その力で自分のことを改造して強くしてるんだと思う」
「改造? 確かレベルアップとは違うアプローチで己を強化できるとかいう超貴重なスキルじゃったか? たしかにそれなら……いやそれでも限度ってもんがあるじゃろう。妾あんなのに冤罪で命狙われてんの? うそ、妾の人生詰みすぎ?」
愕然とした表情でその場で膝をつくマオ。
そんなマオの肩をフレンはそっと叩いた。
「まぁ諦めろってマオ、アンネのことは深く考えても頭痛くなるだけだからよ。 唯一の救いは、アンネはユウのこと以外なんも頭にないってことだ。むしろ今日ユウに出会えたのがお前にとっては一番の幸運だったってことだな」
「……むぐぐ、勇者に出会えて幸運って魔王の妾からするとなんとも複雑な心境じゃが、まぁたしかに金髪の言う通りじゃな」
「……いや、そんな大袈裟な」
「いやいや、出会い頭に喉元に刀つきつけられとるんじゃからな‼︎? 大体妾は……わぎゃん‼︎?」
不意に、日が落ちて薄暗くなった路地裏から現れた人影にマオはぶつかり尻餅をつく。
「……結構いい音したけれど大丈夫?」
「壁から溝にクラスチェンジしちまったんじゃねえか?」
「うぅ……お鼻打ったけれど大丈夫……あとフレン、貴様はあとでグーで殴る」
「‼︎……」
ぶつかった女性は一瞬マオへと振り返るが、急いでいるのか足早に街へと走り去っていった。
暗がりでよく見えなかったが、ボロボロの鎧を身に纏ったその男は獣人族だろうか?
その頭からは丸く曲がった巨大なツノが伸びており、フラフラとした足取りで夜の街に溶け込んでいく。
「ぶつかってきたくせに詫びの一つもなしかー‼︎ こんちくしょー‼︎」
マオはそう叫ぶ頃には女性の姿はもう街にはなく、マオの声は虚しく黄昏時の空に響く。
「ははは、災難だったな……ほら立てるか」
「む、ありがと。しかしドラゴンといい、こやつの姉といい、あの男といい……何で妾ばっかり」
「まぁまぁ、明日はきっといいことあるからそう気を落とすんじゃ……ってお前どうしたんだそれ!?」
同情するようにフレンはそういうと、マオを助け起こすとそう叫ぶ。
見れば、たしかにぶつかったマオの顔は、白い何かががべったりと付いていた。
「……ぬおお‼︎? な、なんじゃこりゃ‼︎?」
「なんかの液体……みたいだけど、あの人の服についてたみたいだね」
「うわ、よく見りゃ服までべったりだぞそれ……可哀想に」
「ぎゃああぁー‼︎? これ妾の大事な大事な一張羅なのに‼︎」
「まぁ丁度いいんじゃねえか? ボロっちかったし買い替えりゃ」
「そのお金がないからこれが一張羅なんじゃろうが‼︎」
「ペーパーナイフ買う前に服買えよ……」
「むきーー‼︎ おっしゃる通りすぎて何も言い返せない自分に腹立つー!」
ぎゃーぎゃーと口喧嘩をするフレンとマオ。
そんな二人を他所に僕はぽつりと疑問を口にこぼす。
「……あの人、なんであんなに急いでたんだろう?」
「さぁなぁ。ってかこの白いドロドロした液体がなんなのか、考えたくもねえよ。 んなことよりさっさと……」
【ぐるっるるるるる……】
帰ろうぜ……そう言おうとしたフレンの言葉を遮るように、男が逃げてきた路地裏の奥から獣の喉なりの様な音が響いた。
「へ?」
薄暗い路地の中……みればそこにはこちらを睨む二つの赤い瞳があり、白銀に光る鈍い牙が、殺意を隠すことなくこちらに向けている。
闇の中、勇者の剣が危機を知らせる様にうっすらと青白く光り輝く。
……それは、目前にいるそれがただの犬ではなく魔物であることを告げていた。
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