第15話魔王と姉ちゃん
「おおお、おいユウどう言う事だよ!? 帰ってくるのは三日後じゃなかったのか?」
「そそそ、そんなこと言われたって僕にも分からないよ!? なんでこんな早く……」
「運が良かったよ〜、街に向かう途中で偶然侵攻中の魔王軍さんと出会しちゃってね〜、
命見逃す代わりに兵糧とお金を分けて貰ったのー、根こそぎ!」
「朗らかに言ってるけど、それってつまり魔王軍を見かけたから強襲して兵糧とお金を奪い取って来たってことだよね‼︎?」
「んふふー、そうとも言うかなぁ〜? まぁ何にせよ、これでしばらくは生活には困らないよ‼︎」
たしかに困らないけど、何というタイミングで出会してくれてるんだ魔王軍……。
「おいおいおいまずいって、この場所にこいつの存在はまじでやばい組み合わせだって‼︎? おい貧乳、絶対に余計なこというんじゃねえぞ!?」
「なんじゃ? おまえの姉かユウ……ふふん、であれば恩人の姉にビシッと魔王流の挨拶をじゃな……」
「いやいやいや、そういうのやめろマジで、ここら一帯が焦土と化すから、本当に洒落にならないんだってば‼︎?」
「あらあらー? よく見たらフレン君も一緒だったんだ〜、ごめんね〜お邪魔しちゃったかな?」
「い、いやぁ別に……問題ないぜ? そ、それよりもアンネはまた美人になった?」
「ふ、ふえぇ‼︎ び、美人って……もーフレン君はお上手なんだからー」
フレンの軽口に顔を赤らめてはにかむ姉ちゃん。
どさくさに紛れて口説きやがって、フレンめ、あとでしばく。
「ってあら? その子は初めて見る子だね? 新しいお友達かな?」
「あ、え、えーと。うん、ちょっと街で友達になって、散らかしちゃってごめんね姉ちゃん」
「ううん、いいんだよいいんだよ! ユウ君に女の子の友達ができてお姉ちゃん嬉しい! こんにちはお嬢さん、私ユウ君の姉のアンネっていうの、よろしくね?」
にこりと笑顔を振りまく姉ちゃん、その姿に魔王は不敵に笑うと。
「ふっ、妾を前に怖気付かぬその度胸! 不敬であるがさすが勇者の姉と言ったところか。しかーし、我が名を聞いて恐れ敬ったり、ちょっぴり尊敬したりするが良い‼︎」
「わーーバカ‼ 」
「どうもはじめまして!妾こそ深淵の覇者にしてこの世全ての魔を従えし魔王……ってふぇ?」
刹那……家の空間を突き破るように数本の刃が現れ魔王の眼前で止まる。
喉元数センチ……状況が理解できないとばかりにポカンとする魔王の首筋に、姉ちゃんは抜き放った仕込み杖の刃先をそっと添える。
「……魔王なの?」
超恐い。
瞳孔開いてるのに口元だけ笑ってる所とか本当に怖い。
「ま、まおう…………ごっこをさっきまで弟さんと楽しんでました。 ま、マオでーす」
咄嗟に誤魔化す魔王の瞳は今にも泣きそうで。
その体は、捨てられた子犬のようにプルプルと震えていたのであった。
◇
「へー、マオちゃんは召喚師見習いなんだー! すごいねぇ、私も召喚術に挑戦したことはあるんだけど、何故だかみんな呼び出してもうまくいかないんだよねぇ。前に神をも殺すって噂のガタノゾーアを格好いいから召喚してみた時もね、すっかり怯えて動かなくなっちゃって。 気のちっちゃい魔物しか呼べないの。難しいよねぇ、召喚術」
多分それ、気が小さいんじゃなくて姉ちゃんに怯えてただけだと思う。
と言いたかったが僕はそっと口を閉じてお菓子を口に運ぶ。
その後なんとか姉ちゃんをごまかした僕たちは、姉ちゃんが買ってきたお土産の菓子をみんなで食べながら団欒をしていた。
隣の国の最高級のお菓子らしいのだが、当然のことながら味などするはずもない。
「あ、紅茶のむ? 魔王軍からいいお茶もらったの‼︎ いつもはユウ君が淹れてくれるんだけれど、たまにはお姉ちゃんが……」
「あ、その、えと……こ、これ以上はお、おきぢゅかいにゃくなのじゃ」
すっかり先程の出来事から萎縮してしまったのか、魔王もといマオは姉ちゃんが喋るたびにふるふると震えながら声を漏らす。
「なんだか家族が増えたみたいでお姉ちゃん嬉しいなぁ……みんなでここで一緒に暮らせたらなぁ、賑やかでとっても楽しくなりそう‼︎」
「死刑囚の気分が味わえそう……」
聞こえないほどの小声でぽつりとフレンは呟いた。
「それだけは……いや、わ、妾も帰る家があるので‼︎?」
「あははは、やだなーマオちゃん、冗談だよー」
楽しそうに笑う姉ちゃんに、真っ青な表情で愛想笑いを作る三人という異様な光景。
そろそろマオも限界のようであり、フレンの貼り付けたような笑顔も剥がれかけている。
『ゴーン、ゴーン』
と、そんな僕たちの状況を見兼ねたかのように、家にかけてあった柱時計が鐘をならし、六時を告げる。
外を見ると空には赤と青の入り混じったかのような黄昏時が訪れており、外には帰路につく人影がちらほらと目にとまる。
「あら、もうこんな時間……」
姉ちゃんから溢れた言葉は何の変哲もない切りとって貼り付けたかのような定型文。
この言葉にこれほど感謝することは今後もう二度とないだろう。
……ないと信じたい。
「ね、姉ちゃんお茶はもういいよ。 そろそろマオも帰らなきゃいけない時間だし……町まで送って行きたいんだけれどいいかな?」
「そうね、もうこんな時間だからお見送りは必要よね。 でもユウ君一人で大丈夫? お姉ちゃんも一緒に行こうか?」
「まだ明るいから大丈夫だよ、フレンもいるし」
「そっか、まぁ何かあってもこの街の範囲内なら大丈夫だし……フレン君、ユウ君をよろしくね?」
「あ、ああ……それじゃどうも名残惜しいけど、お邪魔しました」
ギクシャクとした笑顔を作るフレンは、名残惜しいなんて口では言うくせにすでに荷物をまとめて玄関前にいた。
「いえいえー、じゃあまたね、フレン君、マオちゃん。またユウ君と遊んであげてね?」
喉元に刃を突きつけたことなどもはや忘れてしまったとばかりに笑顔を振りまく姉ちゃん。
僕たちはそんな笑顔を背に、足早に家を出て離れた場所にある広場まで出る……。
と。
「なんっっっっっじゃありゃああああああ‼︎?」
緊張の糸が解れたかのように、広場の真ん中でマオが叫んだ。
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